動き出すユシウス
*
三人称視点
靴音を反響させながら、二人の男が歩いていた。
その男とは、六本角の魔族とヴァンパイアロード⋯⋯ユシウスとレバンテスだ。
鍾乳洞の奥深くに、光の届かない小さな湖があった。
その湖の底に、体長五メートル程の白い何かが蠢いている。
「うん。そろそろ準備が整ったかな」
「⋯⋯またえげつないもんを作ったなぁ⋯⋯これ、もし魔族の国に放ったらどうなると思う?」
「ふふ。まともに戦ってもらえれば良いけど、逃げ回られたら⋯⋯そうだねぇ。半分は死ぬんじゃない?」
「うえ⋯⋯それでもそんなに死ぬのかよ。こいつ、もう元の面影がねーよ」
「君も強くしてあげようか?」
「やめてくれ」
冗談なのか本気なのかわからず、レバンテスはユシウスから一歩後退った。それを見てユシウスがニヤリと笑うが、それすらもレバンテスには判別がつかない。
ユシウスが左手に緑色の炎を灯すと、軽く放るように水面へ投げた。その炎は湖の上を滑るように移動して、底に沈んだ何かを照らし出す。
「短時間で改良したからねぇ。動き出せば三日で自然に死ぬだろうねぇ」
ユシウスは口角を邪悪に吊り上げる。
「まあ、だけど三日もあればな」
「目的は達成出来る筈だよねぇ⋯⋯」
「自然の力の使い方がわかったなら、元神獣様に喧嘩を売る必要は無いんじゃないか?」
「あれは危険だ」
少し緩かった雰囲気が、真面目なユシウスの声に塗り替えられる。
「必ずボク達の障害になるよ⋯⋯本当なら戦いたくない相手だけど、黒狐の能力は反則的過ぎる。出来れば殺したいけど、無理ならわかってるね?」
「勿論だ」
そんな二人へ近づく気配が四つあった。フードで顔を隠しているが、背格好から男だと判断出来る。
「来たね⋯⋯待ってたよ」
ユシウスの前でその四人組は傅き、一人だけが顔を上げた。
「ただいま参上仕りました。ユシウス閣下」
「うん。アルフレッドが消えちゃってね、ブロス君には早速やってもらいたい事があるんだよ」
「ハッ! なんなりと」
ユシウスは懐を漁ると、手の平サイズの四角い物を取り出した。
それはレバンテスにも馴染みのある物で、日持ちする携帯非常食と言われる物だ。
「何か食べ物を作って欲しいねぇ⋯⋯ボクもレバンテスも、壊滅的な不味い料理しか作れなくてねぇ」
「⋯⋯畏まりました。直ぐに用意させます」
ブロスと呼ばれた男が振り返り、他の三人が溶けるように姿を消した。
「アルフレッドがいないと、こんなに大変だとは思わなかったねぇ。本当、どこで何をしてるんだか⋯⋯」
「所詮は三本角だったって事だな」
ユシウスが携帯非常食を湖に投げ捨てると、触手のような物がそれを絡め取る。満足気な表情で、更に携帯非常食を投げ入れた。
「油断はしない事だね。腐っても元神獣様だ。簡単にはいかないと思った方が良いねぇ」
「その事なんだがな、ユシウス。そっちはお前に任せられねーか? 精霊の群れの中に、とびきり美味そうな人間が混じってたんだよ」
「⋯⋯人間が? 精霊界に?」
「ああ。背中に吸血鬼の女も背負ってたぜ。そっちも良い女だった。無視するには惜しくてな」
「つまり、レバンテスはそっちに行きたいって事かい?」
「ユシウスが良いって言うならな。無理にとは言わねーよ」
「ふむ⋯⋯」
ユシウスは数秒間目を閉じると、一度頷いてからレバンテスを見る。
「どちらにせよ、指揮を執れる者が必要だね。時間制限付きで許そう」
「流石ユシウス。話がわかるぜ」
*
side アーク
お饅頭、和菓子、フルーツゼリーの詰め合わせをいただきました。なんて良い人なんだろう⋯⋯きっと栞さんは神様なんだね。
何故かビビに優しい目を向けられながら頭を撫でられる。
ああ、こんなに綺麗な食べ物⋯⋯どれから食べようか迷っちゃうなぁ。食後にビビと一つずつ分けて食べよう。
縁側に座っていると、お土産とは別に白い小麦饅頭を持って来てくれた。
丸い蒸籠に入っていて、蒸したばかりなのか湯気が揺れている。そのお饅頭からは優しい甘い香りと、緑茶の爽やかで深みのある香りが混ざり合う。
良い匂い⋯⋯
一つ手に取り頬張ってみると、思ったよりも皮に弾力があった。
もちもちしてる! あ、中は栗餡みたい。ビビが食べてる小麦饅頭は、大粒の黒い煮豆が入っているみたいだなぁ。
ここは良い所だね。温泉もあるし、紅葉も綺麗だし、栞さんがお饅頭を持って来てくれるし膝枕もしてくれる。
時間の流れが緩やかに感じるよ。
ぽけ〜っと空を眺めていると、空から白馬が降りてきた。
「あ、やっと来た」
白馬の名はシャニガル。僕の部隊の一員だね。シャニガルの上にはボーネイトが跨っていて、後ろにはバブリンの変形した馬車が繋がれていた。
「アーク様ー。ビビさーん」
「ボーネイトー! こっちー!」
懐かしい気がしてちょっと嬉しい。
「栞さん。またね」
「はい。また来て下さいね」
「それじゃ」
栞さんに手を振って、中庭を走って行く。
「転ぶなよ。アーク」
「ティーナじゃないから大丈夫!」
ビビが歩いて僕の後ろにゆっくり着いて来る。懐かしいってだけで、どうしてこんなに嬉しいのかな?
シャニガルの前足に抱きついて、柔らかい毛皮に頬擦りする。
「アーク様」
「わ〜シャニガル、元気だった?」
「一日しか経っていませんから」
そっか。こっちではそうなんだね。でも僕にとっては濃密な時間だったんだよ。
色んな人に出会って、その分だけ別れもあって⋯⋯
「アーク様。また一段と強くなりました?」
シャニガルから降りたボーネイトが、爽やかにニコリと笑う。
「ボーネイトにはそう見える?」
「昨日とは全然違いますよ。どうしたらそんなに早く成長出来るのかな」
僕そんなに強くなったかな? もっともっと強くなりたいな。
ドラグスに戻ったら、耐性スキルを中心に鍛えよう。健康体のスキルを獲得して、上位人族の進化条件を満たしたい。
でも今半精霊になってるから、種族進化したらどうなっちゃうのかな?
それはなってみてから考えれば良い事だよね。
「アーク様、時間がある時に俺を鍛えてくれませんか?」
「え? 僕で良ければ」
「是非お願いします」
イフリンのやり方しか知らないけど、ボーネイトならいくら体を壊しても大丈夫そうだよね。
「じゃあそろそろ戻ろう。皆アーク様が帰るのを楽しみにしています」
「僕も楽しみだよ」
馬車の扉が自動で開く。バブリンだと知らなければびっくりするかもね。
一度中庭と建物全体を見渡して、ビビと馬車へと乗り込んだ。
おばあちゃんの作った小麦饅頭がめっちゃ好きです(ºωº э)З
田舎の味? みたいな安心感があります( ˇωˇ )




