逃亡失敗⋯⋯
皆で家の中に入ろうとした時に、ちょっとした一悶着があった。
当然のように着いて来ようとしたホロホロが、ドア枠に体が引っかかって泣きそうな顔になっていたんだ。
明らかに通れないんだから、そんな顔しても駄目だからね!
「クルルルルルウェ〜ィ⋯⋯」
「ホロホロは外に出て? そこにホロホロが挟まってたら、ライムお姉ちゃんが中に入れないでしょ?」
「ッ!!!」
僕がホロホロの体を外に押すと、出されてなるもんかと踏ん張り始める。
「ンン⋯⋯ギュルル⋯⋯ウェ⋯⋯」
「お と な し く〜⋯⋯出てええ〜⋯⋯んむぅ〜」
「ン ン ニュギュギュウェェェエエ工」
──スポーン。
良い音と共に、ホロホロの体がドア枠から抜けさっていった。
その勢いは激しく、後ろ向きにゴロゴロと二回転もしたんだ。
綺麗な後転だったなぁ⋯⋯僕も練習しよ。
そんな事があり、今やっとテーブルに着いたところです。
椅子を増やし、四人テーブルを七人で囲んでいる。
「アーク殿、重ねて感謝致します。儂の名はロディオ。姫様の側仕え筆頭を任ぜられておりますじゃ」
「ロディオさんですね。皆さんはこれからどうなさるのですか?」
「それは⋯⋯」
なんとなく聞いてみたんだけど、ロディオさんはいきなり言葉に詰まってしまった。
ライムお姉ちゃんは、さっきから借りてきた猫のように大人しくなったている。
「どうかされたのですか?」
「いえ⋯⋯お恥ずかしながら、これからの事はこれから考えていくつもりですじゃ。儂らはライムローゼ様を守るために、家を飛び出して来たところで──」
──バァン!
激しくテーブルを叩く音が聞こえ、体がビクッとなった。
何事かと思って見てみると、ライムお姉ちゃんが顔を真っ赤にしてロディオさんを睨んでいる。
「妾に構わず帰るのじゃ!」
「そのつもりはございません」
「其方等には家族だって居ろう!? 妾は大丈夫じゃ! 一人でも何とかしてみせる!」
え⋯⋯?
激しく感情を面に出すライムお姉ちゃんとは異なり、ロディオさんは実に涼やかな顔をしている。
ライムお姉ちゃん⋯⋯一人で何とかするってどういう事? そう言えば、ライムお姉ちゃんの兄君が穏健派だとか聞いたね。
もしかして、ライムお姉ちゃんの家庭事情って複雑だったりするのかな?
「姫様⋯⋯我々は帰りません」
「妾には帰る意味がない。其方等だけでも帰るのじゃ!」
「姫様が何と言おうと、我々使用人は姫様に着いて行きますぞ」
「ぐっ⋯⋯」
ライムお姉ちゃんは歯を食いしばると、出口の扉へ走り出した。しかし、そこにはホロホロが再び挟まっている。次は窓へ向かったけど、鳥さんの頭が突っ込まれていた。
勢いを削がれたライムお姉ちゃんは、再び元の席へと戻る。
「姫様が一人で生活出来る訳がないでしょう。我々がいないという事は、料理も洗濯も掃除も住む場所の確保も仕事もしなくてはなりません⋯⋯そんなに甘くはないですぞ?」
「だが、それでは其方等の生活が⋯⋯妾は強く生きると誓ったのじゃ!」
ライムお姉ちゃんがまた飛び出して行く。今度は閉まっていた窓を開けたんだけど、開き待ちしていた鳥さんの頭が突っ込まれて塞がれてしまった。
絶望感に打ちひしがれたような顔で、ライムお姉ちゃんはとぼとぼと寝室へ入って行く。
うーん⋯⋯どういう事なのかな? ライムお姉ちゃんは一人で生きていこうと思ってた? 僕には無理だなぁ⋯⋯ビビいないと寂しいし。
ロディオさんは困った顔をした後に、苦笑いへと変わった。
「姫様は、屋敷の中で孤立しておりました」
「? どうしてですか?」
「理由は二つありますじゃ。一つ、長男と次男が五本角として生まれてきた事。魔族にとって、角の数は力の差を意味すると言っても過言ではない。二つ、姫様が正妻の子でなく、身分の低い男爵家の三女であった事」
「⋯⋯?」
「はっはっはっ。アーク殿には難しかったですかな?」
むむ⋯⋯よくわからない。角の数が力の差? じゃあライムお姉ちゃんは強くなれるって事なんだね。
「旦那様の正妻は、王家の次女にあたります。名はクーディンターレ様。嫉妬に狂った彼女のせいで、家の中での姫様の扱いは酷いものでした。皆と一緒に食事をする事も許されず、住む場所も離れに移されてしまったのです」
「⋯⋯」
ロディオさんは紅茶を一口飲むと、小さく溜め息を吐いた。
「離れは使用人が住む場所よりも、大変粗末なものでした。それでも姫様は、お母様と一緒に生活出来るなら良いと笑っていたのです。しかし、それも長くは続きませんでした。姫様の母君、サリス様が病に倒れてしまったのです」
「そんな⋯⋯」
「姫様は本館の扉を叩いて、旦那様に助けてもらおうとしました。ですが、それは正妻のクーディンターレ様が許す筈もありません。姫様とサリス様は、本館に入ることを禁じられていたのです」
「⋯⋯」
「医者も呼ぶ事が出来ず、サリス様は瞬く間に衰弱して⋯⋯それで⋯⋯遥か高みへと行かれてしまわれましたのじゃ」
⋯⋯ライムお姉ちゃんがさっき帰る意味がないって言ってたのは、もう帰っても母様がいないからなんだね。
家に帰っても、また閉じ込められる日々に戻るだけ⋯⋯そんなの、僕だって絶対に嫌だよ。
「しかし、サリス様の死はあまりにも不可解だったのです。何の病気かもわからずに、眠るように息を引き取りました。不審に思った我々は、こっそり調べる事にしたのですが⋯⋯サリス様は⋯⋯いや、これ以上はやめておきましょう」
空気がどんよりとしてしまっていた。
どうせなら最後まで聞きたいけど、もし次があるのならばライムお姉ちゃんから直接聞こうと思う。
「私、ちょっと行って来るね」
「ラズちゃん?」
「元気にするのは得意なんだから」
「ありがとう」
ラズちゃんは笑顔で立ち上がると、ライムお姉ちゃんのいる寝室へと入って行った。
兎に角、僕がライムお姉ちゃんにしてあげられる事はあれしかない。
「魔族の国へ戻るんです?」
「暫くは人間に紛れ込もうかと思いますじゃ。魔力の質や、角を隠せる魔導具を使おうかと」
ロディオさんが、ポケットからブローチを取り出した。
見事な銀細工に見えるけど、これで魔物としての気配まで消せたりするのかな?
「それ、魔物が使っても大丈夫ですか?」
「問題は無いかと思います」
なるほど⋯⋯これを使えば、ビビが魅了を使う頻度が減りそうだと思う。苦にしてる様子はないけれど、きっと楽になると思うんだ。
「僕に少し売ってくれませんか?」
「いえ、差し上げましょう。姫様が世話になりましたからな」
「ありがとうございます!」
直ぐに受け取った僕は、ビビの左胸に付けてあげた。
「ありがとうアーク。似合うか?」
「うん。多分!」
「多分か⋯⋯」
「ビビの銀髪が綺麗だからかな? ブローチが全然目立たないんだ」
「そ、そうか⋯⋯」
ビビが小さく微笑んでくれた。確かに人間みたいな魔力になっているね。
*
その後、ロディオさん達は仲間を迎えに一度戻った。夜にはこっちにまた戻るらしいから、それまでにお別れ会をしなくちゃいけない。
ラズちゃんになんて言おうかな⋯⋯僕とビビが迷宮から連れ出したんだ⋯⋯それなのに、こんなに早く別れなきゃいけないなんて⋯⋯んー、、、困った。
「とりあえずどうする? 夕飯の準備か?」
キッチンで考えていたら、ビビが手伝いに来てくれたみたい。ぼーっとその顔を眺めていたら、だんだんとビビの顔が赤くなる。
「ビビ、今夜には戻らなきゃいけないらしい⋯⋯」
「そうなのか⋯⋯」
「ちゅーする?」
「い、いきなりだな!」
「しないの?」
「聞くな⋯⋯」
┃ω・๑)ジィー
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