初めての死闘(前編)
*前編、後編に分ける事にしました。
肌を焼くような暑さの中、全員が集中力を高めていた。
焦げ臭い匂いが充満しているよ⋯⋯皆どんな事にでも対応出来るように、互いが距離を取り散開している。
この場所は広場になっていて戦いやすいとは思うんだ。でもいきなり連携なんて出来ないよね⋯⋯個々に自分が出来る事をするのが一番だと思うんだ。
魔導兵はきっと強い⋯⋯これから厳しい戦いになる。そんな予感が胸を過ぎる。そして、僕の視界は何かに遮られた。
「じいちゃん兵士さん?」
「童! 早よ逃げよ!」
「危ないよ兵士さん! 僕は大丈夫だから! 僕から離れて!」
「くぅ⋯⋯自分の身が危ないと言うのに、他人を想いやれるとは⋯⋯」
「そうゆーのじゃないからー!」
じいちゃん兵士は僕を背に庇っている。こんな状態じゃ冒険者カードも見せられない。
「じいちゃん! 僕は冒険者だよ! 戦えるから!」
「儂だって戦えるわ! じいちゃん扱いするな!」
「子供扱いしないでよ!」
「ぐぬぬぬ! 逃げろと言うとろうに!」
じいちゃん兵士がこちらに振り向いた瞬間だった。魔導兵が隙を見せた僕達に、魔力を込めた指を二本向けてくる。
「ガガガ“フレイムランス”⋯⋯」
まずい! 火炎魔法まで使えるの!?
「じいちゃん! 危ない!」
僕は瞬間的に魔力を解放した。じいちゃん兵士の胴部分の甲冑を掴み、射線から外れるように押し飛ばす。
乱暴にしてごめんね。
迫るフレイムランスに息を飲みながら、二段跳びでそれを大きく躱した。
──ズドォォオン!!
背後にあった家にフレイムランスが突っ込んだ。僕はそれを逆さまになった視点で確認する。
今の魔法の一撃で、二階建ての民家が吹き飛んだんだ⋯⋯高熱の火炎が撒き散らされて、僕はその威力に寒いものを感じた。
怖い⋯⋯あれが僕に当たったら?
そんな不安を振り払うように、僕はギュッと目を閉じて頭を振った。
危なかった⋯⋯消火してあげたいけど、そんな暇も魔力もない。それは戦いの後で考える事だよね。
冒険者が十人、魔導兵に向かって走り出した。きっと接近戦を得意とする人達だね。魔導兵も肩に佩剣していた剣を引き抜き、威嚇するように持ち上げた。
「すまんかった! 助かったわい!」
じいちゃん兵士がよろよろと立ち上がる。
「強引に押してすいませんでした。アレ、どうにかしなきゃいけないですね」
「わかっとる! 儂はタイナーじゃ。童の名は?」
「僕はEランク冒険者のアークです。油断大敵ですよ?」
「凄まじい子じゃの⋯⋯返す言葉も無いわい。この町の冒険者か?」
「はい。依頼で来ました」
「普通なら信じぬとこじゃ」
僕もバススさんから借りた剣を抜いた。ここで長話をしている場合じゃない。それはじいちゃん兵士にも伝わったようで、同じく魔導兵を睨みつける。
「この町を荒らす奴は許さんわい! 成敗してくれる!」
きっと研究所の中で戦ってるキジャさん達が、終われば直ぐに駆けつけてくれる筈だよね。それまで僕達はしっかり足止めするんだ!
このタイナーさんはヨボヨボだけど、意思が強そうな目をしている。
父様の剣が無いのが不安だけど、僕も頑張って戦おう。
僕はスキルの隠密を使い、出来る限り気配を消した。兵士も十人くらい駆けつけていて、魔導兵達に斬り掛かっている。タイナーさんもその中へ加わっていった。
禍々(まがまが)しい威圧を放つ三体の魔導兵は、こちらの多勢に分断されてバラけさせられていた。
戦闘がかなり激しい⋯⋯無闇に突っ込んだら簡単に死んじゃうかも。
ランクは僕と変わらないけど、流石に先輩冒険者さん達だ。即興でも力を合わせながら、声を出して注意を呼びかけている。
黒い魔導兵は未知の存在。なんの情報も無い⋯⋯聞いていた弱点が通じるかわからないんだ。それなら確実に普通の魔導兵から倒すべきだよね。
冒険者の背中を盾に使い、死角から気づかれないように近づいて行く。僕が今からする事は、皆と同じように正面から戦うことでは無い筈なんだ。
「ガガガ“サイクロンブレード”⋯⋯」
「ぐあっ!」
「がああ!」
「くぅっ!」
また中級魔法だ! さっきは火炎、今度は全方位の暴風魔法! こちらの魔法は効かないのに反則だよ!
近距離にいた冒険者さんは深手を負った。胸や腹、腕などが切り裂かれる。幸い即死の冒険者はいない。すぐさま軽傷だった冒険者が前に出ると、危ない状態だった人達が自力で後退した。直ぐにポーションを飲んでいるけど、顔色が悪そうに見える。
「くそっ! さっきより強くなってやがる!」
「動きが速い!」
「ちきしょう!」
「このままじゃ⋯⋯」
「諦めんな! きっとマスター達が来てくれるさ!」
「くっそおおおお!」
冒険者さん達が言うように、魔導兵の動きが急に良くなってきた。まるでスキルのレベルが上がったかのようだね⋯⋯力で冒険者さんの剣を弾き返す。
強い! こっちの剣もちゃんと当たってるのに、ミスリルの体が硬すぎて苦戦している。これじゃ急所なんて狙えないよ!
僕の存在はまだ気が付かれていないと思うんだ。こっそり動いているから他の冒険者さん達にも見えていない。
きっと倒せるタイミングはそう何度も無いよね。冒険者さん達の体力も心配だよ。
「かかった! うおおお! “アースファングトラップ”!」
広場に敷き詰められたブロックを押し退けて、金属で造られたような狼が這い出してくる。魔導兵の立つ地面が少し崩れ、いきなりの事にバランスを崩していた。鋼鉄の狼が魔導兵の両脚に深く齧り付くき、唸り声を上げながら左右から引っ張る。
あれは直ぐ抜け出せない⋯⋯チャンスだ! この瞬間しかない!
僕は隠れ蓑にしていた冒険者さんの背から飛び出して、一気に魔導兵の首元へ背後から迫った。
ここに弱点があるって言ってたんだ! だけど⋯⋯弱点が⋯⋯無い? あの白衣のおじさんは確かにあるって言っていたんだ! 小さいけど弱点があるって⋯⋯
僕は一瞬のうちに頭が真っ白になる。何が起こったのかわからない。
しかし次の瞬間、魔導兵が狼に気を取られて下を向いてしまった。そのお陰で首元に僅かな隙間が見えたんだ。
「ここだああ!」
──ドスッ!
僕の剣が魔導兵の弱点に突き刺さった。それを見て安堵しかけてしまったけど、よろめきながらもまだ動いている気がする。
咄嗟に魔力を解放した。もう隠れる必要が無くなったからね。
溢れ出した青い魔力をコントロールして、右足だけに集中する。今からするのは“二段跳び”スキル応用編だ。空中に作った一瞬の足場を踏みしめて、全力の岩砕脚を放った。僕が出せる全力の力を、剣の柄へと叩きつける。
──ターン!
それは呆気ない音を響かせて、硬い魔導兵の首が高く宙を舞った。
「何だ!」
「え? 何がおこった?」
驚愕の表情で目を見開く冒険者さん達。残念ながら、借りた剣は無理な衝撃に粉々になってしまった。
だけどやった! 一体倒せたよ!
「アークだ!」
「おおお!!! ナイスだアーク!」
「すげぇ! すげぇぞ! アーク!」
「助かったぜぇ」
冒険者さん達の言葉を受け取りながら、僕は自分の体から溢れる力に困惑していた。
「こ、これは?」
「お? アークは初めてか!? それもある意味すげえ⋯⋯それは魂魄レベルが上がった証拠だよ。俺達もな」
なるほど! これが弱い人間に神様が与えてくれた恩恵。スキルとはまた違う奇跡なんだね。
これならきっと戦える。力が漲ってくるのがわかるよ。
「アーク、これ使え」
冒険者さんが予備の剣を渡してくれた。本当に良いのかな? バススさんの剣は粉々だし、借りれるなら借りたいんだけど。
「でも良いの?」
「ああ。それは予備武器だからな」
「ありがとうございます」
「ありがとうは俺達の言葉だぜ! 他の奴らも助けてやろう!」
「はい!」
良かった。僕も皆の役に立ててるよ。次の魔導兵を何とかしなきゃね。
戦力を二手に分けて、僕はもう一体いる普通の魔導兵の方へ向かって走った。その魔導兵が倒せれば、全員で黒い魔導兵と戦う事が出来る。
「おい! いきなりどうした!?」
「やべえ! 皆気をつけろ!!」
焦る叫び声に何事かと振り返れば、僕の向かう先へ黒い魔導兵が走ってくる。さっきまで戦ってた冒険者さんや兵士さんすらも無視する勢いだ。
何故僕の向かう方へ? ⋯⋯いや、違う! 僕へ向かって来てるんだ!
「ガガガ⋯⋯ギーガガ“プロミネンスウォール”⋯⋯」
「ッ!!」
──ゴゴゴアアァァアア!!!
とんでもなく激しい炎が吹き出した。地面から吹き上がったソレは、わけのわからない程の熱量を放っている。
「ぎゃぁああ!!」
「離れろ! 死ぬぞ!!」
あれは、火系の上位⋯⋯獄炎魔法だ! まずい!
炎の壁が皆を遮り、僕だけが取り残されてしまった。逃げ道は無いらしい⋯⋯直接炎に触れていないのに、全身を炙られているようだ。




