軟禁されました⋯⋯
『アーク。国ではお前の素性を改めさせてもらった。しかし、何一つ情報が集まらなかった。デナートロスへ来る前の事が、余の情報網を持ってしても何も掴めなかったのだ。わかった事と言えば、最近家具を買い漁った事、甘い物が好きな事、オレンジとチキンを根こそぎ買い占めた事⋯⋯銀髪のメイドも連れていたと聞いた。そんなに目立つ行動をして、それよりも前の情報が何一つとして集まらん。まるで、最近姿を現したかのようではないかね?』
それは⋯⋯その通りなんだ。僕はこの時代の人間じゃない。それを話したところで信じてもらえる訳も無いと思う。
どうにか誤魔化すしか⋯⋯うーん⋯⋯嘘の無い範囲で説明してみようかな。
「このデナートロス国へ来たのは最近になります。遥か北西の方角に、巨狼の住む草原がありまして⋯⋯僕ともう一人の仲間は、そちらからこの国の近くへと移住して来た次第です」
「⋯⋯あの何処までも草原の続く開拓困難な場所か。何故か作物を育てる事が出来ず、人の住みつけぬ魔所と言われているが⋯⋯」
王様が首を傾げたところで、一人の人物が歩き出した。
当然皆の視線を集めたその人は、不遜にも玉座の背もたれに手をかける。
「嘘は無いみたいだな⋯⋯だが何かを隠しているようだ」
「⋯⋯何かとは何だね?」
「お前、アークと言ったな」
「はい」
高圧的な態度で、その人は僕を見下ろしてくる。
少しクセのある短い黒髪で、黒い瞳の三白眼⋯⋯二十代後半くらいに見えるかな。
嘘は無いみたいだと言ったけど、この人は嘘を見破る能力でもあるのかもしれない。それと、多分勇者様だと思うんだよね。
手にじっとりと汗をかいているのがわかる。
慎重に話さなければいけないよ⋯⋯最悪全部話す事になるかもしれないけど⋯⋯
「お前は敵側の魔族と繋がっているのか? それともお前自信が魔族なのか?」
「⋯⋯僕は人間です。魔族ではありません。この国にとって、敵側となる魔族がどんな人達なのかわかりかねます。ですが、反逆を考えるような人物と面識はありませんので」
「⋯⋯嘘は無いか⋯⋯じゃあ次の質問だ。お前のメイドは吸血鬼だと知っているのか?」
⋯⋯僕はどこまで調べられているの?
勇者様の質問に、ざわめきが広がっていくのがわかった。街に魔物を入れるのは、テイマーなら有り得る事だ。
ただしそれは普通の魔物であって、人型になれる魔物は恐れられている。
でも、正直に言わなきゃ駄目⋯⋯だよね。下手な事を言えば、きっと僕はこの国の人達から危険視されてしまうと思う⋯⋯
「吸血鬼なのは知っています。僕の大切な仲間で、迷宮でも助けられました」
「もしそいつが問題を起こせば、お前は命で償う覚悟があるか?」
「勿論です」
「マジかよ⋯⋯本気で即答するのか」
勇者様は一歩後退る。呆れた顔と苦笑いを混ぜたような顔になる。
「それぐらいにしといてあげなよ。王様、長谷川」
「スカーレット⋯⋯だが⋯⋯」
赤い髪の女の人が、僕と王様達の間へ割り込んだ。それを見た黒髪の勇者様が、溜め息を吐いて頭を掻く。
「俺はどっちでもいい⋯⋯」
今度は灰色の髪の男性が、赤い髪の人の後ろから着いて来たみたい。この人達全員勇者様だ⋯⋯こんな場所じゃなければ、握手して欲しいと思う。
真子ちゃんは遠くで立ったまま、つまらなさそうにこちらを眺めていた。
うぅ⋯⋯勿論僕は、この国をどうこうしようとは思わない。危険人物じゃないとどうやって証明すれば良いのかな?
むむむむむ⋯⋯
「まあ良い。もてなしをさせてもらおうじゃないか。連れて行け」
王様が手を軽く振り下ろすと、僕の両側を金ピカの鎧姿の騎士様が囲んだ。
ちょっと強そうだなぁ⋯⋯がっちりと両脇を固められて、まるで罪人にでもなったかのような気分だよ。
黒髪の勇者様、灰色髪の勇者様、赤髪の勇者様、真子ちゃんがいる。
会話には入って来なかったけど、茶髪の男の勇者様もいたよ。
その人はずっとニコニコしていたんだ。何がそんなに面白かったのかわからない。
*
僕はお城の一室へ通されると、背後で鍵の閉まる音が聞こえてきた。
一応お客様待遇だと言わんばかりに豪華な部屋⋯⋯でも実際は罪人のように見張られているんだね。
「はぁ⋯⋯」
帰りたいなぁ。お金いらないから帰りたいよ。このまま何日か拘束されちゃったら、ティーナに別れの挨拶も出来ない。
部屋の外には、騎士様が二人立っているみたいだ。
大きな天蓋付きのベッド、ベランダ側は全面ガラス張りになっている。
ベランダには、隣の部屋へ行けないように衝立があった。
気軽に移れる感じじゃないけれど、空を飛べば一応逃げる事も出来そうだね。
ベランダから外を見てみると、華やかな貴族街が一望出来る。
冷たい風が気持ち良い⋯⋯ふぅ。
「「帰りたい──え?」」
誰かと声が重なった。下の方から聞こえてきた気がする。
身を乗り出して下を見てみると、上を見上げている緑色の髪の少女がいた。
「え? ライムお姉ちゃん? あ、違うか⋯⋯影武者さんだよね」
「!!? な、何故? 貴方は何者なのですか? 誰も知らない筈なのに⋯⋯」
「あ、ごめんなさい⋯⋯僕はアークだよ」
体を浮かせてゆっくりと降りて行く。
影武者さんは、本当にライムお姉ちゃんそっくりだった。
それにしても、影武者さんの方が気品がある気がする⋯⋯いや、ある!
ビビから聞いた話だと、本物の方は鳥さん達の手下になっているらしい。
何がどうしたらそうなるのか⋯⋯頭が痛いです⋯⋯
「と、飛んでる!? え? どうやってるのですか?」
「どうって何が?」
「私達の捕らえられている部屋は、飛行系の魔法や魔術は使えない筈なんです。それなのに⋯⋯」
「なるほど。すいません⋯⋯それは知らなかったです。やり直します⋯⋯」
「ちょっと待って下さいまし。やり直せば無かった事にはなりませんわ」
「えぇぇ⋯⋯」
僕は影武者さんにズボンの裾を摘まれる。
それも強引に力を入れて引っ張っている訳じゃなくて、本当に優しくお淑やかに⋯⋯
うん、もしこれが本物の方のライムお姉ちゃんなら、僕の足首をがっしり掴んで引っ張ったかもね。力の限り⋯⋯
あぁ、無かった事にしたかったけど、この小さな手を振り払う気にもならないよ。
僕がスルりと下のベランダに降り立つと、影武者さんは背後に花が咲くような優しい笑顔を浮かべた。
こ、これが本物のお姫様なんだよ! きっとあっちが影武者さんなんだ!




