ティーナの夢
朝になると、ビビは急いで帰っていった。
きつく縛り過ぎたかもしれんと、不吉な言葉を残して⋯⋯
ビビ何をしてきたんだろう?
僕は自分の宿を飛び出して、早速ティーナの宿に向かったんだ。
まだ外は暗くて、もしかしたら迷惑になるかもって少し考えました。すこ〜しだけね?
ティーナとガジモンさんが泊まっている宿は、普通よりもランクの高そう。
大通りに面した三階建てで、商人さんが利用しそうなイメージかな。
ふむふむ⋯⋯空いてれば僕もこっちでも良かったかも。
宿の入り口の大扉を開くと、正面には大きなカウンターがある。
中は明かりは落ちていて、薄暗くて静かだった。
ティーナは二階っぽいな。この階段から上がって行けば──
「ちょ、部外者が勝手に入っちゃ駄目でしょ?」
「あ、ごめんなさい」
宿のお姉さんに見つかっちゃったよ⋯⋯隠れていた訳じゃないんだけど。
「すいません。ティーナに会いに来たのですが」
「こんな朝っぱらから通せる訳ないじゃないの⋯⋯お客様にもお伺いを立てなくちゃいけないのよ?」
僕は銀貨を一枚取り出した。
「すいません。ティーナに会いに来たのですが」
「え? ちょ、だから駄目だって⋯⋯」
僕は大銀貨を一枚取り出した。
「すいません。ティーナに会いに来ました!」
「え? あ、ん〜⋯⋯や、やっぱり駄目よ! これでもうちの宿は、安心安全を第一にお客様に提供するのが誇りなのよ!?」
僕は金貨を三枚取り出した。
「ティーナに会いに──」
「こっちよ! 着いてらっしゃい!」
良かったぁ。これが交渉ってやつだよね?
マスターキーを持ったお姉さんが、良い笑顔で手招きしてくる。僕はその後ろを着いて行きながら、この宿は今後利用しない事に決めました。
「ありがとうお姉さん」
「も、問題だけは起こさないでよね?」
「うん。友達だから大丈夫」
「そ、そう。それなら良かったわ。貴方の分の朝食は必要かしら?」
「じゃあお願い致します」
鍵を開けてもらい、ティーナの部屋に入れてもらう。ガジモンさんは隣の部屋かな?
ティーナはまだぐっすりと眠ってるみたい。ちょっと早く来すぎたかな? ちょっとだけね?
「ティーナ〜起きてティーナ〜」
ゆっさゆっさと体を揺さぶる。ミラさん程じゃないけど、ティーナも起きるまでに時間がかかるんだ。
「うぅ⋯⋯」
「ティーナ〜⋯⋯そんなんじゃ朝日見逃しちゃうよ?」
「⋯⋯朝日と競走さしてどうするべ? ふわぁあ⋯⋯おはようアーク⋯⋯」
「ティーナと遊べるのが今日で最後になるかもだから⋯⋯ビビもよろしくだってさ」
「今日で⋯⋯最後?」
「あ、いや⋯⋯」
そうだよね⋯⋯いきなり最後って言われても、ティーナには理解が出来ないよ⋯⋯
ティーナは上半身を起こすと、寝ぼけた顔で欠伸をする。
ベッドに身を乗り出す僕を見て、頭をわしゃわしゃと撫でてきた。
「えへへ。何する? 遊びに行く? 訓練する? 遊びに行く? 訓練?」
「二度寝の選択肢はねーだべか?」
「ナイナイ。ナイよぉ〜。僕を寝かしつけたいならジャンガ⋯⋯zzZ」
*
チュンチュンと、雀の囀りが聞こえてくる。
ここはどこ? 何も見えない⋯⋯
柔らかくて温かい何かに、顔がすっぽり覆われているらしい。
いや⋯⋯うん、わかってる。僕はティーナに寝かしつけられたんだ。
しかし、どうやって? 謎は深まるばかり⋯⋯僕を寝かしつけるなんて、ティーナはいったい何者なんだろう。
「あん⋯⋯んん⋯⋯はぁ⋯⋯ふぅ⋯⋯」
ティーナの声が聞こえてきた?
「アーク⋯⋯あぅ⋯⋯そこは触っちゃ駄目だべ⋯⋯」
「? おはようティーナ」
柔らかいからついモミモミしてたんだけど、顔を真っ赤にしたティーナが身を捩った。
「遊びに行く? 訓練する?」
「朝食にしようさアーク⋯⋯あん⋯⋯もう。メッ、だべよ」
鼻の頭を突っつかれた。何がいけなかったのかな? もにゅもにゅ⋯⋯
「ん⋯⋯もう⋯⋯」
んー、そう言えばお腹空いたかも? 外はすっかり日が出ているね。
朝食を食べてから、僕はティーナとディナートロスを見て回る。
飢えたアークが通りますぅ。オレンジは全部買いますよ。
「わだす、将来は魔導飛行艇を作ってみてーべよ。空を飛ぶ船って凄くねーべか?」
「かっこいいね! 僕も欲しいなぁ」
「だけんど、それには沢山のお金がかかるだ。お金を儲けるために、次はじいちゃとラパスの迷宮に行くつもりだべ」
ラパスの迷宮? ラパスって国は聞いた事無いけど、この時代にはあるのかもしれないね。
「アークとビビは来ねーべか?」
「⋯⋯うん」
「そっがあ」
着いて行けたらって思っちゃった⋯⋯僕にビビ達とティーナ。五人で迷宮に入ったら楽しそうだよね。
ビビが手加減無しに魔物を蹂躙して、それを見たティーナがドン引きする。ライムお姉ちゃんが魔物に啖呵を切って、逆に返り討ちにあったり⋯⋯ラズちゃんは好き勝手に動きそうな気がするんだ。
想像するととても面白そう。
「ねえティーナ」
「なんだべ?」
「あ、やっぱり何でもない⋯⋯」
「⋯⋯」
時間が過ぎるのは早かった。どうして楽しい時間はあっという間なのかな? 気がつけばすっかり日が落ちてるんだよ⋯⋯
夜の公園で、ティーナと最後のお話をする。
どうやらこの時代には、魔導飛行艇ってまだ無いみたいだよ。
「ほえぇ⋯⋯プロペラだべか⋯⋯アークは面白い事をいっぱい考えつくだなぁ」
僕の見た事がある魔導飛行艇は一つだけど、参考までに少し話をしておいた。
ティーナはメモを取りながら、完成予定の絵を描いていく。
絵っていうか設計図みたいな? きっとティーナならいつか魔導飛行艇を作れるかもしれないね。
「ティーナ、いつか僕の船を作ってね」
「アークは気がはえーべ。まだまだ先になるだべ」
僕はノームの力で丈夫なテーブルを作る。首を傾げていたティーナの前に、ディナートロスの金貨を取り出した。
「なっ!!!」
ティーナは驚いてガバッと立ち上がる。迷宮の奥には金貨の山があったんだけど、ティーナはそれを見ていないからね。
「金貨十万枚。これくらいなら収納袋に入るかな?」
「こ、こんな大金⋯⋯見た事ねー⋯⋯」
僕の時代の魔導飛行艇でも、あのサイズで最低金貨五千枚って言ってたと思う。
ティーナが一から魔導飛行艇の研究をするのならば、多分この額でも足りないと思うんだ。
迷宮で見つけた金貨のほんの一部だけど、受け取ってくれたら嬉しいなぁ。
ティーナが俯くと、啜り泣くような声が聞こえてきた。
「え? どうしたの? 何で泣くの?」
僕はティーナを喜ばせたかったのに⋯⋯
慌てていると、ティーナがゆっくりと顔を上げた。
「⋯⋯だっで、魔導飛行艇の話を馬鹿にしねーで聞いてくれたがら⋯⋯」
「⋯⋯馬鹿にする訳ないよ?」
馬鹿にする訳は無いけど、そっか⋯⋯この時代には無い物だから、周りから理解されなかったのかも⋯⋯だからティーナは、今まで僕とビビに夢の話をしなかったのかな?
「アークだけだべ⋯⋯わだす⋯⋯絶対に魔導飛行艇さ完成させるべ! もっど沢山勉強さして、まずは立派な魔導具職人になるべ。そしたらこのお金使って、すっごい船さこさえるべよ」
「うん。きっとティーナなら出来るよ」
メガネを外して、ティーナの涙を拭ってあげる。
*
宿へ戻り、お風呂へ入ってさっぱりとした。
今日は楽しかったなぁ⋯⋯ティーナの夢が叶いますように。
ティーナとガジモンさんは、あと二日でディナートロスから旅立つって言ってたんだ。
僕がベッドに横になると、ビビがベランダからひょっこり顔を出す。
「今日も来てくれたんだね。向こうは大丈夫?」
「ああ、もっときつく縛⋯⋯寝かしつけても平気そうだった」
「ラズちゃんもライムお姉ちゃんも寝るの早いね」
「それよりも、明日は城へ行くんだろ? 準備は大丈夫なのか?」
ビビがパジャマに着替え、昨日と同じようにベッドに入って来る。
そうなんだよね⋯⋯明日はお城に行かなきゃいけないんだ。
貴族様と会うのは緊張するなぁ。勇者様達にも会えるかもしれないね。




