キメラ研究所の暴走事件
朝の訓練をしていると、心が安らぐのを感じるんだ。毎日の厳しい訓練で、体は疲れているのにね⋯⋯変な気持ちだよ。
きっと毎朝訓練をしているせいで、やらないと落ち着かない体になっちゃっているんだと思う。
倒れるまでダッシュ二十本の後に、座禅を組んで精神統一をした。落ちてきた木の葉に優しく手刀を振るうと、綺麗に真ん中から真っ二つになる。
同じことを父様がやれば、後ろの大木も真っ二つだっただろうな。
体術は結構得意なんだと思う。それに好きなんだよね。体のキレが良くなっていく実感が出来て面白いの。
でも魔物に何処まで通用するかはわからないんだ。想像したりするだけで、まだ戦った事がないんだよ。
魔物と戦うには、もっと基礎を鍛えてからで良いと思う。
深呼吸をしてから、魔力を人差し指と中指に集めていく。魔力操作で過剰に集められた魔力を、大きな岩に向かって解き放つ。
「“ファイアバレット”!」
──パーン!
軽い音を響かせて、“ファイアバレット”は霧散した。威力は岩に多少の焦げ跡が残る程度⋯⋯うん、まだまだ弱い。初級の火魔法レベル1で贅沢は言えないか。
ベスちゃんから教えてもらったんだけど、上位の冒険者は全員ステータスが軽く四桁を超えてるらしい。どうしてそんなに強いのか聞いてみたら、魂魄レベルを上げたからなんだって。
魂魄レベルというものは、上げれば上げるだけ体が強化されるらしいんだ。
でも魂魄のレベルをいくら上げても、スキルが覚えやすくなったりはしないんだってさ。結局のところ、基礎訓練を続ける事が何より大事なんだって。
だからこの訓練は絶対に無駄にならない。父様と母様に追いつくためにも、将来の夢のためにも頑張るぞ!
魂魄レベルは魔物を倒すと少しずつ上がるって聞いたよ。最初のうちは上がりやすいけど、途中からどんどん上がりにくくなるらしい。
強くなるために魂魄レベルを上げても、それだけではすぐ壁にぶち当たる。それこそよくてもCランク止まりなんだそうだ。
大事なのはスキル。それを駆使して更に上のランクの魔物を倒し、人間の限界を超えた先に見えるのが上位冒険者⋯⋯なのかな?
*
冒険者ギルドは今日も凄く大勢の人で溢れている。こんなに沢山の登録希望者さん⋯⋯
うん、やばいね⋯⋯初日はいつもと違う感じでワクワクしたけど、二日目はウンザリ感があるかも⋯⋯少し日をずらしたりしてくれても良いのになぁ。
人混みに隠れながら歩いて行くと、ベスちゃんに見つからずにギルドの中へ入れたよ。でもいなきゃいないで寂しいな。
混雑してるけど、ミルクさんだけはいつも通りだ。とりあえず頭を下げておく。
依頼の掲示板には、試験官のヘルプ要員募集の張り紙があった。昨日やったので要領はわかっている。
危険の少ない町の中で受けれるDランク依頼は嬉しいよね。
ミラさんの所に顔を出すと、頭をわしゃわしゃ撫でられた。ヘルプ要員募集の依頼を受けて、直ぐに訓練場へ移動する。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。今日も受けてくれたのか」
「町の中で受けれるDランク依頼は逃せませんから。それに昨日経験してますし、問題は無いかと思いました。今日も宜しくお願い致します」
「おう! よろしく頼むぜ。これも数日の辛抱だな」
交代要員の依頼を受けたと言うと、キジャさんが喜んでくれた。
キジャさんもこの状況は早く何とかしたいよね。
交代が無ければ仕事も無い。最初のうちは暇なので、ゆっくりと眺めていようと思ってたんだ。
けど──
「た、大変だー!」
一人の白衣の男性が訓練場に駆け込んで来る。かなり焦っているみたいに見えるよ。
顔には土汚れが付着していて、白衣の一箇所が黒焦げになっている。
その人は人混みを蹴散らしながら、キジャさんに掴みかからん勢いで迫って来た。
「キジャギルドマスター!」
「お前は研究所の⋯⋯また面倒事か?」
「大変なんだ! やばさで言ったら軽い災害レベルさ! た、助けて欲しい!」
「いいから落ち着け! 今度は何があった?」
白衣の男性は僕のお茶をひったくって飲み干した。
僕は唖然とそれを見ている。お砂糖沢山入れちゃったんだけど大丈夫かな?
「すまない。いただいてしまった⋯⋯うぇ、甘⋯⋯」
「いえ⋯⋯」
白衣の男性は深呼吸をして、キジャさんに事情を説明する。
僕もいるんだけど聞いちゃって大丈夫かな?
「で?」
「貴族からの依頼で、人型のキメラゴーレムを組み立ててるのは知ってるだろ?」
「知ってる⋯⋯てか、は!? おいおいまじか⋯⋯全自動で国を守れるってキャッチフレーズの小型の戦闘兵器だろ?」
「そうだ。貴重な珍しいミスリルスライムとレアなリビングアーマーを掛け合わせてある。他にも色々掛け合わせているんだが、それは国の極秘情報になる⋯⋯すまない」
「はぁ。全く⋯⋯詳細はいい。続きを話せ」
「制御するための魔法陣に問題があったようで、全ての魔導兵が暴走した! その数三十五体! 領主様にも他の連絡員が走っている。キメラ研究所は今頃火の海だろう⋯⋯町に出ないように食い止めているが⋯⋯くそっ! 何人生きているかわからない」
キジャさんはすぐに立ち上がった。とても大変な事態だよ。
人が死んでるかもしれない⋯⋯そんな危ない戦闘兵器が町に溢れちゃったら、被害が大変な事になりそう。
町にはギブがいるんだ! 教会があるんだ! 僕の大事な人達がこの町には沢山いる。絶対に守らなきゃ!
「全員聞けー! 試験は即座に中止! これより緊急依頼を出す! 登録希望者は解散! Eランク以上の冒険者は会議室に集まれ!」
キジャさんの顔がいつもと違う。冒険者さん達の行動は迅速だった。
戸惑う登録希望者を無視して、全員が二階へ駆け上がる。勿論僕も着いて行くよ。
会議室に入るのは初めてだな。中は広いホールになっていた。机や椅子は無く、全員がキジャさんの目の前に並んでいる。
僕は身長が低いので、一番前に並ばせてもらった。いつの間にかベスちゃんもいたんだ。ベスちゃんも身長が低いから前にいるんだね。
「今回はいつもと勝手が違う。町の外じゃねえ! 町の中だ! 魔物の脅威度はD〜Cくらいだと思う。人型の魔導兵、それが三十五体だ! 場所はキメラ研究所とその付近! E、Dランクは住民の避難誘導。C、Bランクはキメラ研究所に突撃する」
「お、俺が案内するよ!」
白衣の男性が手を上げる。キジャさんは少し悩んでいる様子。危険な場所に非戦闘員を連れて行くのは危ないからね。でも背に腹はかえられないと判断したのか、熟考のすえ力強く頷いた。
「わかった。だが無理はするなよ。よし! 時間がねえ。魔導兵に弱点はあるか?」
「弱点⋯⋯弱点か⋯⋯ん、ああ! ある! 首だ! 首の後ろ側に小さいが隙間がある。そこから武器を刺し込めば、いくら奴らでも機能を停止するはずだ!」
「人型って言ってたが、見た目はどんなだ?」
会議室には黒板があった。そこにサラサラと簡単に絵を描いていく。
「見た目はフルプレートの騎士そのものだ。全身はミスリルで薄青い銀色の体をしている。傷つけてもすぐに再生するから、腕や足を潰しても意味は無い。魔法は効果が薄いので攻撃する時は物理で攻めてくれ。頭の中には制御用の魔法陣があるんだ。首を切断するか頭を潰す必要がある。動きは時間が経つ毎に最適化されていく」
白衣の男性は説明しながらも焦っているのがわかった。確かにそれはとんでもない兵器だよね⋯⋯再生するミスリルの体なんて悪夢だよ。
キジャさんは地図を大きく広げ、赤ペンで丸を書いた。
「町の兵士とは現場で合流する。EランクとDランクも避難誘導だからって気を抜くんじゃねえぞ! Cランク、Bランク、先輩の仕事を見せてやれ! まずは研究員の救出だ!」
「「「「「「はい!」」」」」」
「被害の程度がわからねえ! 俺も直接指揮をする! さあ行くぞ!」
緊急依頼は初めての経験だ。緊張するのは仕方ないよね。急に肩に手を置かれ、体がビクッと反応する。振り返るとベスちゃんが僕の頭をぽんぽんと叩いた。
「緊張し過ぎるのも良くない。だが気は抜くなよ。ギルドからポーションを受け取っておけ。なに、後ろに敵は通さんさ」
「はい。もう大丈夫です。僕も冒険者ですから! 死んじゃ駄目ですよ? ベスちゃん」
「くく、はっはっはっ! 私の心配をするのは十年早い」
確かにそうだね。ベスちゃんのお陰で体の緊張が解れた気がするよ。
よし! 気持ちを切り替えるぞ!
「Eランク冒険者アーク、この依頼、完璧に役目を果たして参ります」
「ああ、頑張ろうな」
*
全員で走って現場に急行した。僕も足が速いと思っていたけど、結構全力で走らされたよ。
「酷いな」
誰が言ったかわからない。でもその気持ちはわかった。キメラ研究所には炎の柱が立ち昇り、火の手が周りの住宅にまで伸びている。
「“アンチフレイム”」
エルフのお姉さんが使った魔法が、僕達全員を包んでいく。初めてギルドに来た時に、入り口ですれ違ったエルフさんだ。
「熱にしか効果がありません」
「助かる。全員自分の仕事はわかっているな! 行動開始!」
「「「「「おー!」」」」」
*
近隣住民に避難を呼びかける。火の手が回りそうな場所を最優先に駆け回った。
E、Dランクの冒険者は、全部合わせて二十人くらいいる。きっと登録繁忙期のお陰かな? 試験官や列の整理などで、沢山の冒険者がギルドに残っていたからね。これだけ人数を確保出来て良かったと思うよ。
皆がいるってのは心強いね。
「キメラ研究所で火災が発生しました! ここは危険です! 避難をお願いします!」
家の中にまだ人がいるのかわからないけど、眠っていたら大変だ。一応パニックにならないように、言葉を選んで声を上げる。
僕と同じように、全員で一軒ずつ回った。地道だけど大事なお仕事だよね。
──ドドーン!
研究所から爆発音が聞こえてきた。
戦闘の音なのか何かが引火した音なのか⋯⋯遅れて衝撃波が襲ってくる。凄い迫力があるなぁ。
「おい! 何があったのか知ってるのか?」
避難誘導中に、突然声をかけられた。格好は一般人だよね? 何故まだこんな所にいるのだろう?
「避難して下さい! 僕は冒険者です!」
「は? いったい何を言ってんだ? 冒険者ごっこかよ。はっはっは」
ああ! もう! 身長が欲しい! 問答してる余裕なんか無いってのに!
僕はカードを取り出すと、すぐに男性に見せる。
「今は緊急依頼の真っ最中です」
「うぇえ! マジで冒険者かよ! でもよ。火事っつってもここまで火は来ないだろ?」
「何があるかわかりません。危険なので避難を⋯⋯」
「ここは道の真ん中だ。何かが倒れてくる心配もねえ。問題無いだろ?」
そうか⋯⋯この人は野次馬だ。騒ぎがあるから見に来ただけの人なんだ。
「駄目です! 避難を⋯⋯」
「おい。どうした? 何があった?」
「火事だとよ」
「なんだなんだ?」
「火事? やだわぁ」
どんどん人が集まって来る。なんでわかってくれなの? もしかしたら魔導兵が外に出てる可能性だってあるのに!
「本当に危ないのですよ! 早く避難して下さい! お願いします!」
僕は全力で頭を下げる。他の場所でも似たような事態になってるっぽい。
「ここまでは平気だろ?」
「何があったのか教えなさいよ」
「いいだろう? なあ」
「気になって仕事になんねーよ」
僕が真剣に頼んでも、この人達の好奇心の前には関係ないんだね⋯⋯さて困った。どうするかなー。
「こらー! 早く避難しろー!」
がしゃがしゃと音を鳴らしながら、年老いた感じがする兵士が駆け寄って来た。
皺の深い顔に、白い眉毛と髭。意志の強そうな目がヘルメットから覗いている。
「今は危ないんじゃ! さっさと避難せんか!」
「いや、でもよう。これはいったい何があったってんだよ」
「説明する必要の無いことじゃ! たたっ斬られたいか馬鹿者!」
このじいちゃん兵士は本気だ。その突き刺さるかのような眼光に狼狽えて、野次馬達は息を呑んで後退る。
「うぅ、わ⋯⋯わかった! 避難するよ」
「さっさとせい馬鹿者らめが!!」
じいちゃん兵士は挙句の果てに住民の尻を蹴る。なんてパワフルなんだろう。
兵士が到着したということは、もしかしたら父様もいるかもしれない。
キョロキョロ見回してみたけど、父様の姿は無いみたいだね。残念⋯⋯
冒険者よりも、町中では兵士の言葉の方が重く感じられるようで、野次馬はどんどんその数を減らしていく。これならもう安心かな。気配察知で建物の中も確認しよう。
他に出来る事が無いかと思い、キメラ研究所に足を向けた。
──ガシリ。
あ、あれ? 肩がビクとも動かないぞ?
「待てい童! 何処へ行く気じゃ!」
あら? またじいちゃん兵士だ。僕の肩を掴み、これ以上進まないようにしているらしい。
「まだ何か出来る事がある筈です。手伝いに行かないと」
「志は立派じゃ。じゃがまだ早い! 早く避難するんじゃ! ここは危険なんじゃよ!」
いや、わかってるよ? 僕だって冒険者⋯⋯ああ、このじいちゃん兵士も僕が冒険者だってわからなかったんだね。
「ぎゃああああ!!」
説明しようと口を開きかけた瞬間、少し離れた場所から悲鳴が聞こえてきた。
それがかなり大きな声だったので、近くにいた冒険者や兵士皆がその場所を見る。
「あれが⋯⋯」
魔導兵。
ギルドで聞いた説明通りの姿をしている。見ただけでわかるよ⋯⋯あれは強い。それが二体もいた。それに黒いのが一体? 魔導兵って全部薄青い銀色じゃなかったの?
これはまずい事態ではないだろうか? 合計三体の魔導兵を相手に、ほぼ下級冒険者と兵士しかいないのだから。
さっきの大きな悲鳴の主は、僕と同じ低ランクの冒険者だったみたい。背中をバッサリと斬り裂かれていて、鎧の隙間から血が溢れている。
直ぐに自力でポーションを飲んで距離を取ったから、命に別状は無いと思う。でもかなり痛そうだな⋯⋯意識はしっかりしているみたい。
この三体はここで食い止めなきなならないんだ。後ろへ通せば町もギブ達も皆が危険だ!
一度深呼吸をしよう。ここは絶対に通さないんだからね! 絶対に負けるわけにはいかないよ!




