ラズちゃんのユニークスキル
ビビの表情が凍りつき、背後から薄ら笑いが聞こえてきた。僕の胸の真ん中から、血に濡れた指が四本生えている。
どうして? どうしてなの⋯⋯ラズちゃん⋯⋯
「クケケ、ヤッタ、ユダンシタ、チビニンゲン」
「お前!」
ビビが怒りの表情になって、僕の背後に蹴りを放った。
衝撃音が聞こえると同時に、胸から勢い良く手が引き抜かれる。
「うぐ⋯⋯」
感じた事の無い痛みだった。傷口から大量の血が噴き出して、地面が真っ赤に染まっていく。
体に力が入らない⋯⋯どうしてこんな事に⋯⋯
「アーク! アーク! しっかりしろ! は、早く回復するんだ! さ、再生の方がいいか!」
力なく倒れた僕を、ビビが直ぐに抱き起こした。珍しく取り乱す程に、僕の傷は深刻らしい⋯⋯
喉から血がせり上がってきて、耐えきれずに吐き出す。なんとかしなくちゃと思うけど、思考が上手くまとまらないよ。
焼けるような胸の痛みに、呼吸をするのも難しい⋯⋯
「早く傷を治せ! ポーションを取り出すんだ!」
「⋯⋯ヒー⋯⋯ル⋯⋯、、?」
僕の震える手を、ビビが代わりに持ち上げて傷口へ持っていく。胸の傷を治そうとしたのに、何の変化も起こらなかった。
指先に魔力が集まる感じが無い⋯⋯魔法も発動してくれないし、再生スキルも反応が無い⋯⋯
「どうしたアーク! 早く治さなければ死んでしまうだろ! アーク!」
「クケケケケ⋯⋯ギャハハハハハ」
ラズちゃんの大笑いが聞こえてきたけど、ビビは僕だけを見ていた。
血晶魔法で赤い包帯のような物を作り、ライトメイルを剥がして服を捲りあげる。
「ムダダ、ムダ、クケケケ。シンゾウ、ツラヌイタ、モウ、シヌ」
「アーク! 再生はどうした!」
「ギャハハハハハハ! スキル、イッテイジカン、ムコウカ、コノサキュバスノ、ユニークスキル」
「⋯⋯」
⋯⋯そうか⋯⋯だからなんだ⋯⋯だから、体が思うように動かない⋯⋯
無限収納も今は使えない、魔法も使えない⋯⋯再生も使えないんだ⋯⋯
「アーク⋯⋯」
「⋯⋯」
ビビが僕の胸に包帯を巻きながら涙を流し始めた。
そんな事をしたって無駄なんだ。僕にだってわかる⋯⋯どんどん体温が無くなっていくんだから。
「駄目だアーク⋯⋯こんな所で⋯⋯死なないでくれ⋯⋯」
「⋯⋯」
ビビの名前を呼ぼうとした⋯⋯でも、声が上手く出てこない。
涙を流しながら、ビビは僕の体を抱きしめる。
「血が止まらない! どうしたら良い! 私にはアークを癒す術がない⋯⋯」
ビビを⋯⋯一人にしないって⋯⋯約束したんだよ⋯⋯ビビは寂しがり屋なんだ。僕がずっと一緒にいてあげないといけない⋯⋯
心臓が潰されたとしても、僕は死ぬ訳にはいかないんだよ。
気持ちではそう思っているのに、体が動いてくれない。
動いてよ。僕の体⋯⋯
「ツギハ、オマエダ。ケケケケケ⋯⋯」
「⋯⋯」
ビビはずっと僕の事を見つめていた。
捨てられた猫のように、去る飼い主を見送るように⋯⋯
僕はそんなビビに無責任な事を言わなきゃいけないのかな。幸せになってねって⋯⋯
嫌だ。嫌だ⋯⋯どうしたらそんな事が言えるの。
悔しい⋯⋯僕はビビともっと生きたかった。
僕の目からも、温かな涙が零れ落ちた。ビビの輪郭がぼやけて良く見えない。これが最後になるのなら、もっとちゃんと見ておきたいのに。
意識が遠ざかっていくみたいだ。
まだ⋯⋯ま⋯⋯だ⋯⋯駄目⋯⋯し⋯⋯っかり⋯⋯と⋯⋯
「殺せ⋯⋯」
ビビがそう小さく呟く。
その言葉を聞いて、途切れかけていた意識が繋ぎ止められる。
ビビは、何を言ってるの?
「ミズカラ、シヲ、エラブカ」
「⋯⋯アークのいない世界に、生きる意味など無い」
「クケケケケ。ナラ、スグ、コロス。メイキュウノ、ヨウブンニ、ナレ」
ビビがラズちゃんに蹴られて、激しく遠くまで弾き飛ばされた。
僕は氷の地面を転がって、仰向けの状態で制止する。
ビビの馬鹿⋯⋯そんな事言わないでよ。
その時、初めてラズちゃんの顔が見れたんだ。
ラズちゃんは辛そうな顔をしていた。目から涙を流しながら、歯を食いしばっている。
さっきラズちゃんは言ってたよね⋯⋯このサキュバスのユニークスキルはって⋯⋯それを言うなら私のユニークスキルは、でしょ。
誰かが、間違いなくラズちゃんを操っている。きっとその正体は、言うまでもなくダンジョンマスターだね。
──コトリ⋯⋯
僕の胸ポケットから、万年筆が転がり出てきた。
忘れていたよ⋯⋯大切な預かり物なのに、真ん中から傷がついている。
やっぱり魔力を放って⋯⋯あれ?
「⋯⋯」
万年筆が光り輝くと、緑色の髪の少女が現れた。
そんな状況じゃないと知りながらも、いきなりの事に驚愕する。
「さっぶ! 何じゃここは! ハルキバル! ハルキバルーー!!」
少女は十歳くらいに見える。口に手を当てて、大声で叫び声を上げた。
髪の毛はショートでふんわりと巻かれていて、緑色のドレスと長い杖を持っている。
気品さの中にお転婆そうなところが、イグラムで会ったレイナを思い出させた。
そんな彼女の頭には、六本の短く小さな角が生えている。
「のわ! 何じゃお主! 死にかけではないか!」
そんな事を言いながら、彼女はオーバーに上半身を仰け反らせた。
「人間? 違うな、人間なら即死な傷だろう。精霊が混じっているのかの?」
「⋯⋯」
変な喋り方⋯⋯そう言いたかったけど、言葉は出てきてはくれなかった。
「なあなあ。妾の実験体にならんかえ?」




