四十六階層へ
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三人称視点
ガジモンは一階層の転移所へ戻り、まずは町で主要な人物達を急遽集める事にした。
職員達が町中を駆け回り、慌ただしく声を張り上げて回る。今転移所のグラウンドには、錚々たる顔ぶれが並んでいる。
踊り子の舞う酒場の店主。迷宮のドロップ品を売り捌く夫婦。宿泊施設を一括管理している男。様々な人達の協力があり、この町は維持されてきたのだ。
ダンジョンマスターがいなくなれば、数日で迷宮は消えて無くなる。
まだアークが攻略出来ると決まった訳では無いが、身支度を始める必要があるとガジモンは考えていた。
もし迷宮が攻略されるのであれば、冒険者ギルドにも連絡をして、人の移動も手伝ってもらわなきゃいけない。
「じいちゃ⋯⋯アークが最深部へ向かったってどうゆう事だべ!?」
「ティーナ⋯⋯落ち着──」
「落ち着ける訳がなか!! どうして止めてくれんかった!? もう会えなくなるかもしんねーべ!!?」
ティーナがガジモンの胸を叩く。アークとビビがどんなに強くとも、絶対生きて帰れる保証は無い。
アークとビビはティーナにとって、血を分けた妹弟のように想っていたのだ。
(今直ぐ二人を追いかけたいべ⋯⋯でも、わだす一人じゃどうにもなんね。今から行っても絶対に追いつけねーだべな⋯⋯わだすも着いていぎだがっただべよ⋯⋯)
「無事で⋯⋯無事で帰って来て欲しいだべよ⋯⋯」
ガジモンはそんなティーナの背中を撫でた。
「大丈夫だティーナ。アークは必ず成し遂げるだろう。本当に⋯⋯底の見えん子供だな」
アークがどんな人生を送ってきたのか。あの強さを手に入れるために、いったいどんな苦労をしてきたのか。ガジモンはアークの過ごした壮絶な環境を想像して、勝手に目頭に涙を溜める。
実際アークの過ごしてきた日々は、信じられない程に壮絶なものだ。それでも優しい沢山の大人がアークを支え、笑顔の耐えない日々であったのだが⋯⋯
ガジモンの頭の中では、アークは鬼のような人間に厳しく鞭を振るわれている姿だった。
(帰ったら⋯⋯もっと優しくしてやらのばな⋯⋯肉だ! 肉を用意せねば!)
ドルトーニ、アウグシィス、ゼファルも似たような感じだ。
アークは更に上を目指し続ける。今の強さでも、既にSランク冒険者を凌駕している事をアークは知らない。
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side アーク
盲点でした! それは凄〜く盲点んん!!
僕はテーブルと椅子を並べ、ランチに肉饅頭とオレンジジュースを取り出している。
現在四十五階層。ヨコチンさんに差をつけてボス部屋に入ったら、転移出来る時間に間に合わなかったみたいだよ。僕達がこの部屋から出るまでは、次の人は入って来れないんだ。
お陰で僕とビビは、これからゆっくり昼食が出来るんだよね。
ビビは辛口チキンカレースープと、鳥さん達の卵を混ぜた無発酵パンを出してあげた。
いつもは対面に座るのに、今日は僕の横で食べるみたいだ。
四十階層のボスは、通常よりも二回りくらい大きなワイバーンだった。体から鎌のような物が沢山生えていて、名ずけるならワイバーンデスサイズかな⋯⋯
本当に体が硬くて、削りきるのに一時間はかかった⋯⋯大変だったなぁ。でも精霊の力を使っちゃうと、その後がバテちゃうから温存だね。
「アーク。カレーに少し血が欲しいな」
「僕はソースか何かかな?」
ビビが僕の人差し指の先を少し切って、チキンカレーに血を垂らす。
あっという間で全然痛みを感じなかったよ。
勿体なさそうに僕の指を咥えるから、再生スキルは使わないであげた。
まあ、片手でも肉饅頭は食べれるから大丈夫さ。
アルフラの街で食べた肉饅頭なんだけど、沢山買っておいて良かったよ。
肉饅頭とかホットドッグとか、手軽に食べれる物って何でこんなに美味しいんだろう?
大きく口を開けてかぶりつく。ふっかふかの白い蒸したパンに、肉汁の滴る旨味たっぷりの具材⋯⋯
ほんのりと鼻を抜けるスパイシーな香りも良いなぁ。
「ヨコチンさんにも食べ物置いといてあげる? お腹空いてないかな?」
「私達がここを出れば、部屋の中は元の状態に戻る筈だ」
そう言えば、どのボス部屋に入っても戦闘した形跡が無いかも?
うん、そうだね⋯⋯ビビの言う通り、一回一回元に戻ってると考えれば納得出来るかな。
「じゃあ部屋を出た所に食べ物を置いてあげようか」
「食べてくれると良いな」
何故か頭を撫でられる⋯⋯大人のビビはやっぱり普段と違うよね。いつもなら、「無駄になると思うがな」って言いそう。
ん?
胸ポケットに入れていた万年筆が、今微かに揺れ動いたような気がした。
今のは何だったんだろう? ほんの少し魔力を感じるよ?
「どうかしたか?」
「ん〜⋯⋯ライムローゼ様の万年筆が動いた気がしたんだよね」
「ふむ。得体の知れない物だからな⋯⋯私が持ってようか?」
「大丈夫だと思う。ボスを倒したらハルキバルさんに報告する」
「そうしよう」
一息ついて、三十分だけ眠った。寝袋やベッドを出す訳にはいかないから、赤茶色の壁に寄りかかって目を閉じたんだ。
部屋を出ると、紫色の毒々しい壁があった。
魔物の体内を思わせるような嫌な感じだね⋯⋯岩と肉を混ぜて固めたような、そんな気さえするんだよ。
僕はこういうの苦手だな⋯⋯不気味で嫌なんだよ。
天井があるから高く飛ぶ事は出来ないけど、通路はそれなりの広さがあった。
ヨコチンさんに料理を置いて、急いで扉から離れる。
軽く飛びながら四十七階層の扉を探していると、この階層の魔物らしき者が現れた。
「ほえ⋯⋯」
「どうしたアーク!?」
え〜⋯⋯どうしたって何が〜?
なんか頭の中がふわふわするぅ⋯⋯なんでかなー?
「⋯⋯あれは⋯⋯ちっ、サキュバスだな⋯⋯厄介な⋯⋯」
「うぐぅ⋯⋯」
なんだかよくわからない⋯⋯わからないけど、あの魔物に抱き着きたいような気がするよ。
ビビが言うように警戒するべきなんだ。なのに⋯⋯なんで?
綺麗なピンク色の長い髪、お尻から生える悪魔のような尻尾、見た目は十七歳くらいに見えるけど、人間じゃないからわからないね。
体は凄く薄着で、顔は可愛らしい感じがする。
瞳はピンク色に輝いていて、吸い込まれてしまいそう⋯⋯
「レアモンスターか」
僕はビビに目隠しをされて抱き上げられた。
「⋯⋯ここは厄介な階層かもな⋯⋯サキュバスなんて滅多に見ない魔物だろう」
この階層からはAランクの魔物が混ざり始めるらしい。気配拡大感知を使うと、ちらほらそんな反応がある。
⋯⋯ビビに抱き上げられたからか、少し落ち着いてきた⋯⋯でもなんかソワソワするよ。
「クフフ⋯⋯貴女の魅了で相殺しているのね。随分と器用ですこと。美味しそうな坊やだわ⋯⋯吸血鬼の貴女は新人さんかしら?」
「さっきこの階層に来たばかりだ。ある意味新人だな」
「外から来たのね⋯⋯羨ましいわ。ねえ? その子供、ちょうだい?」
「アークは私のものだ」
「お願いよ⋯⋯初めて見た人間なの。乱暴にしないから⋯⋯」
ビビとサキュバスの会話が聞こえてくる。
目隠しをされているから表情まではわからないや。
「ちなみにサキュバスはお前以外にいるのか?」
「そんなに沢山いてたまるもんですか」
「⋯⋯そうか」
ビビが魔力を解放し⋯⋯しない? なんで?
多分倒すかどうかで迷っているのかも。会話も普通に出来て、好戦的な様子でもないからかな?
どうしたいの? ビビ。
好きなキャラを教えてくれると嬉しいです(´>∀<`)




