傷だらけの三人
どうにかしてあげたいと思う事は、いけない事なんだろうか? いや、きっと違うよ⋯⋯父様や母様のお話みたいに、誰も悲しまない素敵な物語にしたいんだ。
僕は甘いのかな? 確かにそのままこの魔物を倒す方が楽だと思う。でも父様と母様の物語に、悲しいお話は一つもないんだよ。
僕は理想を追い求めたい⋯⋯ヨコチンさんだって助けたい⋯⋯
「アーク」
「ビビ⋯⋯」
「アークは間違って無い。何も遠慮するな」
「⋯⋯うん。ありがとう」
ビビが微笑み、僕の背中を優しく叩く。
僕はしたいようにすればいい。
ふと、三人の気配が近づいて来る事に気がついた。でも皆ヨコチンさんから目を離さないね。
ヨコチンさんに意識を集中したまま、横目で気配の方向を見る。
その瞬間、ヨコチンさんが“縮地”で天井へ移動した。
「“超重踵落とし”!」
魔物の巨大な体で使われる強力なスキルは危険だ。
「散開!」
ドルトー二さんが指示を出す。それを聞いてバックステップをすると、また空中でヨコチンさんの姿が消えた。
二段跳びスキルと縮地を同時に使ったんだ。狙いは⋯⋯?
「ゼファルさん!」
「クソ!」
蹴られたダメージの残るゼファルさんに、背中からヨコチンさんが襲いかかる。
速い!
繰り出された拳を回避するために、ゼファルさんが慌てて大ジャンプをした。それを追うように伸ばされた手が、ゼファルさんのつま先を掴んで握り潰す。
「があああ! 離せ!」
掴んだ足を引っ張って、思い切り岩の地面へ叩き付けた。
衝撃で地面が割れ、ゼファルさんの手から槍が零れ落ちる。
ゼファルさんは意識を失ったみたいだ。それを見てヨコチンさんが獰猛に笑う。
だけど動きが止まった!
僕はノーム様の力を使い、石柱を伸ばしてヨコチンさんの足を絡めとる。
「“牙王会心撃”!」
「“ディメンションソード”!」
“牙王会心撃”は斧の上級スキル⋯⋯ガジモンさんの振り下ろした斧が、ヨコチンさんの頭に半分以上食い込んだ。
間髪入れずにアウグシィスさんが剣の上級スキルを放つ。
その剣は虹色の光を帯び、ゼファルさんを掴んだ腕を肘の辺りから両断した。
皆はヨコチンさんを倒す事に躊躇が無いらしい。
ヨコチンさんは頭を割られながら、ガジモンさんにカウンターでフックを入れる。
ガジモンさんは片腕で頭をガードしたけど、横回転しながら壁に激突した。
「ぐぅ⋯⋯今ので⋯⋯まだ仕留められんか?」
「迷宮の力が流れ込んでるからな。頭の半分じゃかすり傷なんだろう」
ドルトー二さんがガジモンさんを助け起こす。僕はゼファルさんにヒールをかけながら、ヨコチンさんから距離を置いた。
「いでええ! いでえよおお! 腕がああ! 頭がああ!」
「ヨコチンさん! 正気に戻って下さい!」
僕の言葉に反応したのか、赤く染まった目でギロりと睨まれる。
「き、ききき貴様、貴様ァ、アーク! クソ餓鬼! お、お、お前を倒す、倒す倒す倒す⋯⋯こ⋯⋯す⋯⋯ころ⋯⋯殺す⋯⋯殺す殺す殺す殺す殺すぅぅ! ひひゃ、ひひゃひゃひゃひゃひゃ!」
「アーク! 奴はもう正気には戻れないんだ!」
ドルトー二さんの言葉が聞こえた。確かにヨコチンさんは正気じゃない⋯⋯
ヨコチンさんの傷口から、黒いドロドロした物が溢れ出した。
それは瞬く間に腕を再生させて、割れた頭の傷を塞ぐ。
「な、なんて再生力だ⋯⋯」
意識を取り戻したゼファルさんが、上半身を起こして完全回復ポーションを飲み干す。
ドルトー二さんとアウグシィスさんが、ヨコチンさんを左右から挟んで時間を稼いでいた。
僕はガジモンさんにもヒールをかける。
「あ、兄貴ー!!」
そんな時、一人の女性が走り込んで来た。
あの人は誰だろう? その背後には、ターバンの男性が仮面の男性を背負っている。
必死な形相で、傷だらけの体を引きずって来たみたいだよ。
「も、元に戻ってくれ⋯⋯兄貴⋯⋯兄貴!!」
「それ以上近づくな!」
フラフラとした足取りで、激しい戦闘をするヨコチンさん達の輪に入れば死んでしまう。
ガジモンさんは女性の前に割り込んで、通さないように立ち塞がった。
「⋯⋯お前はあれのパーティーメンバーだな。残念だが、こいつはもう助からない」
「転位所のジジイ! 勝手な事言うな! 私達の兄貴は絶対に死なない! わ、私達を置いて死んだりするもんか!」
「兄貴を殺さないで⋯⋯くれ⋯⋯頼む⋯⋯頼むよ」
「ならん! あれを放っておく事は出来ない! ⋯⋯見たくないなら、目を閉じているんだな」
ヨコチンさんのパーティーメンバーの人なんだ⋯⋯女の人も、男の人も辛そうな顔だ。
「どうか! どうかお願いします! 兄貴を見逃してくれるなら、この命を好きにしてくれて構わない! だから」
「駄目だ! 町に被害が出る可能性を野放しにしておく事は出来ない!」
「⋯⋯なら⋯⋯」
女の人が剣を抜いた。今にも倒れそうなのに、それをガジモンさんへ向ける。
本気の殺気を放っていた。ターバンの人も剣を抜き、仮面の人が背中から降りる。
「本気か?」
ガジモンさんが三人へ殺気を叩き返した。どう足掻いたとしても、この三人にガジモンさんが倒せるとは思えない。
「お前達を倒せば⋯⋯兄貴は死なずに済む⋯⋯だから、殺してでも⋯⋯」
「あれを生きていると言えるのか? 正気すら失っているだろう」
「それでも!!」
女の人が涙を流し始めた。
「⋯⋯それでも⋯⋯生きていて欲しいんだよ⋯⋯」
「俺達には⋯⋯あの人しかいねーんだ⋯⋯あの人だけが、俺達の支えになってくれたんだ⋯⋯」
「だから絶対に助けるんだ! 兄貴を殺させてなるもんか!」
「⋯⋯そうか」
ガジモンさんは斧を三人へ向ける。
そんなの嫌だ⋯⋯僕はそんなの見たくないよ。
「ガジモンさん、僕からもお願いします。倒すより助ける方が難しい事もわかります⋯⋯ですが、僕は聞いてからじゃないと納得出来ません!」
「アーク⋯⋯」
僕は三人を背中に庇う。こんなに必死な人達を、見捨てる事なんて出来る訳が無い。ガジモンさんに斬らせるのも嫌なんだよ。
ビビが僕の横に並んだ。
「無理なんだアーク⋯⋯正気に戻すには──」




