変貌する格闘王
僕達の家は、ホロホロ達に完全に包囲されています。どの窓からも鳥さんの顔しか見えず、鍵を忘れると首が中に入っているんだ。
まるで⋯⋯そう。お金持ちの家にあるアレだね。剥製の頭部のやつ! 普通は鹿とかの首だと思うけど、ウチではこんなにでっかい鳥の剥製が! って⋯⋯駄目だよ動いちゃ⋯⋯も〜、動いたら剥製じゃないでしょ?
激しく抵抗されるんだけど、嘴を掴んでギューギューと押し出す。窓を閉めて鍵をかければ、流石の鳥さんも窓を壊してまで中に頭を突っ込んだりはしない。
前は何度か壊されたりしたんだけど、怒ったらわかってくれた。
鳥さん達は、『いややわ〜アークさんも怒る時は怒るのね〜』って顔をしてたね。
とりあえずベッドに戻り、眠るビビの顔を見る。
んー⋯⋯
下唇を引っ張ってみると、小さな牙が生えているのがわかった。
普段は人とあまり変わらないんだけど、血を吸う時にこれが伸びるんだよね。
ビビは見ていて飽きないよ。本当にお人形さんみたいだ。
今日は四十階層のボスを倒して、そのまま四十五階層まで攻略を進める予定なんだ。
そろそろ僕も迷宮限定の魔法スキルを覚える事が出来そうです。
迷宮魔法の取得条件は、千時間以上迷宮に潜る事。魔物を誰の助けも得ずに、一万体以上討伐する事。宝箱を百個以上開ける事。魂魄レベルが百以上である事。
この四つの条件をクリアしないと、迷宮魔法を覚える事は出来ない。
迷宮魔法を使える冒険者は、どのパーティーにも引っ張りだこらしい。
迷宮限定になるけれど、探索に便利な魔法が沢山使えるようになるからね。
セーフティーエリアの作成。日に一度しか使えないけど、階層移動が出来る魔法。迷宮内限定の収納魔法。かなり高精度な罠発見魔法。
すっごく便利な魔法なんだけど、迷宮魔法を使える人は皆強いらしい。取得条件があれだから、理由は納得出来る。
アウグシィスさんに聞いてみたら、迷宮魔法を使える人はパーティーには属したがらないらしい。変わり者が多いとも聞いたね⋯⋯
ビビを見ながら横になっていたら、段々瞼が重くなってきた。
ふわああ⋯⋯ちょびっと寝よ⋯⋯
*
三人称視点
黒い髑髏のガントレットを装備して、Cランクの魔物を蹂躙している男がいた。
ここは三十五階層で、土砂降りの雨が降る廃墟フィールドになっている。
「あの銀髪の女⋯⋯許さねえ⋯⋯」
彼の名はヨコチン。先日アーク達に絡み、見事何も出来ずに追い返された男だ。
冷たい雨に打たれながらも、当たり散らすかのように戦闘を続けていた。
彼には格闘王という二つ名があり、その実力も名に恥じぬものであった。
そんな彼を見つめる背中が三つ並んでいる。
名はレティス、ドージ、アルファロと言う。
レティスは左腕を失った女の子だ。歳はまだ十四歳だが、Cランク冒険者に匹敵する力を持っている。
この歳では珍しい天才と呼ばれる部類の人間だろう。そんな彼女は深い溜め息を吐いた。
「兄貴、荒れてんな⋯⋯この前帰って来てからずっとだぜ」
ドージがそんなヨコチンを見ながらレティスに話しかけた。レティスはその言葉に頷いて、もう一度深い溜め息を吐く。
彼等、彼女はヨコチンのパーティーメンバーだ。
冒険者パーティー“成り上がり”。二つ名持ちのAランク冒険者が率いるパーティー⋯⋯ドージもアルファロもレティス以上に実力がある。
ドージは二十代後半で、頭にターバンを巻いた浅黒い肌の男だ。孤児で生まれがどこかもわからず、小さな頃は物理耐性スキルが与えられる程の迫害を受けた。
アルファロは顔に仮面をつけた男で、中身は醜く奇形している。口からはヨダレが零れてしまい、右目は失明していた。
彼もその見た目から、迫害の対象となり親にも捨てられている。
このパーティーはそんな者の集まりで、故に深い絆によって結ばれていた。
ヨコチンも元孤児であり、同じ経験をした仲間にだけは優しい顔を持っている。
絶望に沈みかけた彼等を救ったのは、今八つ当たりで拳を振り回しているヨコチンだ。
中身は結構クズで勢いとノリで生きているような男だが、彼等にとっては大切な恩人であったのだ。
「また女にフラれたかねえ」
「ははは。兄貴は色々すっ飛ばすからなぁ」
アルファロとドージが笑い、レティスが不機嫌そうに頭を搔く。
「兄貴は私だけ抱いてくれりゃあ良いんだよ⋯⋯」
「レティスは大切にされてんだよ」
「そんな気遣いいらないよ」
「⋯⋯だってレティス、お前⋯⋯いや、何でもねえ」
「⋯⋯」
少しの短い沈黙が、土砂降りの雨に流される。
彼等はまだこの迷宮には来たばかりだ。Aランク冒険者の率いるパーティーと言う事で、転位所からは全ての転位陣を使わせてもらっている。
一層から上がって来た訳じゃなく、三十五階層から攻略を始めたばかりだ。
この迷宮には、冒険者ギルドから多額の報奨金がかけられていて、討伐すれば1000万ゴールドが支払われる事になっていた。
その金があれば、レティスの腕を治せるかもしれない。アルファロの奇形した顔も、どうにか出来るかもしれないと彼等は思っていた。
ヨコチンが魔物を倒し終わり、全員が一箇所に集合する。
普段は全員で相手にする魔物だが、今日はヨコチンが一人で倒したいと言っていた。
少しいつもと違うヨコチンに、三人は大人しく従う事にした訳だ。
「これくれーなら大丈夫だな。四十階層で暴れるとするか」
「兄貴、今日はやけに気合い入ってるね」
レティスが機嫌良さそうにする。ヨコチンの豪快な戦い方を見るのが、レティスの何よりの楽しみでもあったからだ。
「ああ、俺はまだまだ力が足りねーと理解しちまったからな⋯⋯」
「そんな事は無いさ。兄貴ならドラゴンスレイヤーにだってなれる」
ドージの言葉にヨコチン以外が頷いた。ヨコチンは更に深刻な顔をすると、剣呑な目を細めながら口を開く。
「⋯⋯そのドラゴンよりよっぽどやべえ奴が町にいた」
「町に⋯⋯」
「あれは化け物だな。手に入れてえ」
「それ程なのか?」
「ああ」
ドージが拳と拳を叩き合わせと、衝撃波で雨が吹き飛ばされる。
「現在トップの“アーク探検隊”。巫山戯た名のチームだと思ったが、ありゃあ別格だぜ」
「⋯⋯」
再び激しい雨が降ってくる。三人はヨコチンの言葉に息を呑んだ。
「まず銀髪の女⋯⋯あれは内包する魔力がとんでもねえ。その片鱗を浴びただけで、俺は膝を着いちまった⋯⋯それにリーダーのアークっつー餓鬼は、俺にはまるで底が見えなかったよ」
「そんな⋯⋯兄貴がそこまで言う程の相手なんですかい?」
ヨコチンがここまで言うのは珍しい。ドージが目を見開きながらそう聞くと、ヨコチンは口角を吊り上げて笑った。
「もう一人の巨乳はどうとでも出来そうだったがな。いつかひん剥いて舐め回してやる」
「⋯⋯兄貴の阿呆⋯⋯」
そんな下卑た笑いを浮かべるヨコチンに、レティスが不機嫌な顔をした。
ヨコチンが苦笑いでレティスの頭に手を置くと、レティスの機嫌が途端に元通りになる。
全員は直ぐに四十階層へ移動した。
四十階層では、上位ランカー達が魔物を狩って魂魄レベルを上げている。それから三十五階層のボスへ挑むのだろうが、ヨコチン達には興味が無かった。
目指すは迷宮の討伐と、莫大な金が目当てである。四十階層はまた洞窟タイプになっていて、様々な色の水晶が壁から生えて光っていた。
暫く探索を続けていると、アルファロが宝箱を発見する。
「でかしたアルファロ。さて、早速⋯⋯」
ドージがトラップの確認をしたが、別段危険そうなものは無かった。
ヨコチンが宝箱に手をかけて、ゆっくりと中身を確認した。
その時、宝箱から黒いオーラが解き放たれる。
「な、なんだ!?」
「あ、兄貴!!」
ヨコチンはその黒いオーラに呑み込まれ、苦しそうに顔を歪めている。
「ぐ⋯⋯がぁぁぁああ!!!」
「そんな! 兄貴!!」
「来るな!! ⋯⋯ぐぅ」
ヨコチンの体に変化が起き始める。
肌は黒色に変色し、体が一回り大きくなった。頭からは角が伸びて、肉食獣のような目に長い牙が生えてきた。
「いやー!!!」
「兄貴!」
「なんて事だ!」
ヨコチンは我を忘れているのか、近づいたアルファロを殴り飛ばした。
「ぐあ!」
「アルファロ!」
「だ、駄目だ! しっかりしてくれよ兄貴!!」
ふらふらと近づくレティス。
「駄目だレティス! 今兄貴に近づいたら!」
「ぐぐぅ⋯⋯グガアアア!!!」
ヨコチンの体から、とてつもなく激しい黒いオーラが放たれた。




