御祝いと町の人々 続
「お前を倒して俺は更に有名になる。いや〜⋯⋯こんな餓鬼がアークだとはな。ついてるぜ! カッカッカッカ! ついでに女もいただいてやる! 感謝するんだな!」
ニヤニヤするヨコチンさんが、勝手にテーブルの上の料理を手掴みで食べた。
あ、あれはビビの鳥肉⋯⋯あらら⋯⋯
その瞬間、ビビから怖いくらい濃密な殺気が放たれる。
音楽がピタリと止まり、踊り子さんは顔を青ざめた。
これは駄目。
僕がビビの頭にチョップを落とすと、溢れ出た殺気が急速に小さくなる。
「アーク?」
ビビが捨てられた猫のような顔で僕を見つめてくる。
でも駄目です。人様に迷惑をかけちゃいけないんだから。
「駄目だよビビ。皆困っちゃうじゃん。二階で激しくぶつかり合ってた気配も、さっきから動きが止まっちゃってるよ?」
「⋯⋯あ⋯⋯ごめん」
「うん。ビビがこんな場所で本気を出したら⋯⋯」
酒場にいる人間全員が、顔にびっしりと脂汗をかいている。それはティーナも同じで、とても青い顔になってしまった。
「ヨコチンさん? 大丈夫ですか?」
「⋯⋯」
ヨコチンさんも大量の汗をかいて、過呼吸を起こして蹲っていた。
ビビから殺気を直接叩き込まれた本人だからね⋯⋯
「ふ、ふざけやがって!」
顔に怒りを貼り付けて、ヨコチンさんが立ち上がった。
近くで棒立ちになっていた店員さんから、配膳中だったエールを奪って一気に飲み干す。
飲み干したグラスをテーブルに乱暴に置いたので、ビシリと縦に亀裂が入った。
あれはもう使えなそう。でもノーム様の力があれば⋯⋯
入った亀裂が時間を巻き戻すように再生した。ノーム様は大地の化身だから、契約者の僕だってこれくらいの事は出来るんだよ。
さてと、どうしようかな⋯⋯
「ヨコチンさんは僕と何で戦いたいんですか?」
今ヨコチンさんはビビを睨みつけている。ビビは涼しい顔で追加を注文していた。
まるで相手にもされてない事で、更に怒りのボルテージが上がっているよ⋯⋯僕の事なんて完全に無視だもんね。
「よ、ヨコチンさんは有名だが、流石に止めた方が良いだべよ⋯⋯」
「ああ!?」
「わ、わだすは止めたかんな? もう知らねーべ⋯⋯」
顔を真っ赤にさせたヨコチンさんが、ティーナに向かって牙を剥く。
ティーナにはまだヨコチンさんの威圧感が厳しいみたいだね⋯⋯手荒な真似はしたくないけど、そろそろ周りの迷惑になりそうだ。
僕が座っていた椅子を引こうとした時、さっきの執事服っぽい人が現れる。
「すいませんがお客様」
「今度はなんだ!?」
店の奥から冒険者さんがゾロゾロと出てきた。全員が完全武装をしていて、きっとこのお店が雇った用心棒的な人達だと思う。
「これ以上騒がれるようでしたら、店としても対処せざるを得ません。その場合は冒険者ギルドへも被害を届け出るつもりですが、如何致しますか?」
「⋯⋯ちっ! 冷めちまったよ」
のしのしと歩くようにヨコチンさんが酒場を出て行く。流石に冒険者ギルドへ問題を報告されるのはまずいよね。
きっとヨコチンさんなら用心棒達を蹴散らせるだろうけど、そんな事をすれば指名手配されてしまう。
「覚えとけよ⋯⋯」
「⋯⋯」
ヨコチンさんがそんな言葉を残して行く⋯⋯僕だけ最後に睨まれちゃったよ。結局戦闘にはならなかったけど、あれ絶対後で何かやってきそうだなぁ。喧嘩とか好きじゃないのに⋯⋯
ふう⋯⋯
「ありがとうございました」
「いえいえ。目立つ場所にいるのですから、ああいった事もあるでしょう」
おじさんはニコリと笑って奥へ戻って行った。
余裕のある人だなぁ⋯⋯力の使い方って色々あるんだね。
「あの人は裏の世界の人間だべ」
「え? 裏の世界?」
「んだべ。こういうお店を経営するには、そういう繋がりが必要なんだべよ」
え〜っと、その裏の世界の人間って何? もしかして⋯⋯あの人は店の裏に住んでるのかな?
ビビが僕の頭を撫でてくる。ふむ⋯⋯僕の考えは当たっているらしい。
ずっと店の裏に住むなんて可哀想な人だね。そういう繋がりって、お客さんと友達になるって事なんだ。
なら友達になってって言ってくれれば良かったのにね。
「それにしても⋯⋯」
「来るだろうか」
ヨコチンさんがこれで手を引くとは思えないよね。絶対どこかでまた絡んで来ると思う。
「すまなかった⋯⋯あいつの言動には本当に腹が立──」
「チキンだよね?」
「それにあの舐め腐った態度を見てたら──」
「チキンで怒ってたよね?」
「あの顔が──」
「だからチキンだよね? チキン取られたからでしょ?」
「⋯⋯アークが馬鹿にされて嫌だったんだ」
「えへへ。知ってる」
ビビの頭を撫でる。沢山撫でていたら徐々に機嫌が良くなってきた。
青いドレスに合う綺麗な銀髪は、いつ触ってもサラサラで気持ちいい。
酒場もさっきの賑やかな雰囲気を取り戻し、お酒に酔った人達が騒ぎ始める。
「こんばんは」
「あ、アウグシィスさん、サウマーレさん、ルルエラさん。お久しぶりです」
「こんばんは」
「こ、こんばんはアーク君⋯⋯」
「久しぶり。ちょっと良いかい?」
「はい」
あのトラップ事件は直ぐに転移所へ報告され、新しく入る人に注意をしてくれるらしい。
あれからなかなか会う事もなかったけど、御祝いの言葉とお菓子詰め合わせらしい物をいただきました。
「ありがとうございます。アウグシィスさん」
「いや、あの時は世話になった。ルルエラがこうして生きているのは、アーク君達のお陰だよ」
「ルルエラさんが助かって良かったです」
三人には椅子に座ってもらい、一緒にお酒を飲んだんだ。僕はオレンジジュースだけどね。
ルルエラさんはあの時混乱していたらしく、変な事ばかりしてごめんなさいだって。
あまり気にしてないけど、ルルエラさんにとっては大事件らしいんだ。
「一応情報はもらってるんだけど、生の声を聞きたくてね」
「だと思いました」
アウグシィスさんが、ただ御祝いを言いに来た訳じゃないのはわかってたんだ。
三十五階層のボスの事だよね。種類やどんな攻撃をしてきたかなどを丁寧に教えてあげた。
僕は三十五階層を突破した事で、ガジモンさんから報奨金も貰ったんだ。
これが馬鹿に出来ない金額で、ランキングに夢を見る人の気持ちがわかった気がした。
三十五階層のボスはデカい多頭のムカデだった。普通に倒しやすい敵ではあるけど、様々な魔法攻撃には注意が必要だ。
最前線に挑む人達が集まって来て、僕達のテーブルの周りは大賑わいになっていく。
後続の人がなるべく安全に着いて来れるように、僕はなるべくわかりやすく説明をしたんだ。
誰にも死んで欲しくないし、これが仲間ってやつなんだと思う。
本当に楽しかったんだ。もう楽しくて楽しくて⋯⋯
帰る頃、僕達三人はマイ滑車を手にしていた⋯⋯あれ?
遂に手に入れてしまった⋯⋯_(›´ω`‹ 」∠)_




