迷宮トラップ
気配の近ずいて来る方向に意識を向けながら、ビビに目配せする。ビビはそれを見て一度頷くと、体から白い煙が抜けていった。
「ん? 今のはなんだべ?」
「何でもないよ? ね、ビビ」
ビビは微笑みながら小さく頷いた。
今のビビは抜け殻になっていて、ただニコニコ頷くだけの人形なんだ。本体は周囲の警戒をしていて、ここにいるビビには意識が無い。
だから脇を擽ったり頬を抓ったりしても怒らないんだよ。
そうこうしている間に、数人の冒険者パーティーが近づいて来た。
彼らは全員、灰色のレインコートに灰色の防具をつけている。この街は灰色が多い⋯⋯僕達と同じように保護色にしているんだろうね。
後ろにパーティーメンバーを残し、背の高い男の人と細身の女の人が近づいて来る。
僕達を必要以上に警戒させないためだとは思うけど、そこまでして態々接触して来る理由ってなんだろう⋯⋯
「すまない! 我々は冒険者パーティー“人生は宴”。リーダーのアウグシィス!」
「私はサウマーレ!」
「急で申し訳な──え?」
「子供?」
アウグシィスさんとサウマーレさんか。僕達の顔を見て固まっているようだけど、レインコートで気が付かなかったのかもね。
「アーク隊長殿。“人生は宴”はランキング六位のパーティーだべ。悪い噂も聞かねーだ」
「ありがとうティーナ」
僕は二人の前に移動して、従者の礼をする。
「“アーク探検隊”というチームで活動をしております。僕はリーダーのアーク。後ろの二人がビビとティーナです」
「アーク探検隊だと!? 最近町で噂になっている子供達か!」
「金の六つ星⋯⋯!? ま、間違い無いわね⋯⋯」
「⋯⋯町に長居をしませんので、噂は存じ上げないのですが⋯⋯」
少しの沈黙の後に、リーダーのアウグシィスさんがハッと我に返った。
「すまない! どうか助力を願えないだろうか!」
二人が僕達に頭を下げる。何か緊急事態でも起こったのかな? どっちにしても、まずは話を聞かないと何も判断する事は出来ない。
これでも僕は隊長だからね! ふんす!
「お話を伺います。出来る事であるならば、僕達が力をお貸し致します」
「ありがとう! 話をする前にどこかの建物へ入ろう。地図を広げたい。着いて来てくれないか?」
「畏まりました」
僕はビビの抜け殻をおんぶした。全員が不思議そうにしていたけど、ニコニコしているビビに話しかける人はいなかった。
近くの民家へ入ると、残りのメンバーを紹介される。どこか焦った様子があるんだよね⋯⋯僕達がアーク探検隊だとわかると、文句を言ってくる人は誰もいなかった。
「この地図を見てくれ」
アウグシィスさんはテーブルを用意して、その上に大きな地図を広げる。
僕が書いた地図よりもよっぽど正確で細かいね⋯⋯Aランク冒険者さんは経験が違うと思う。
「俺達はこの場所で、巨大な長爪熊と戦闘をしていた。皆己の事に集中していたせいで、戦闘が終わるまで気が付かなかったんだ⋯⋯」
人生は宴のメンバーは、項垂れるように視線を落とした。
「戦闘はこの場所からこの場所までで終了したのだが、その間にメンバーの一人が消えてしまった。多分何かのトラップだと思うのだが、それが何かがわからないんだ」
「なるほどです。トラップには詳しくないですが、その辺りを探せば良い訳ですね?」
「そうなんだ。今は兎に角手数が欲しい⋯⋯手助けをお願いしたいのだが」
僕がリーダーではあるけれど、一応ティーナの顔を見た。ティーナは操作に賛成らしく、僕の顔を見て頷いてくれる。
ビビは僕がしたいようにしろって言うだろうね。
「わかりました。出来る限りお力になりたいと思います」
*
土砂降りの雨の中、僕達は探査を開始した。
前にもこんな事があったよね⋯⋯今度こそ助けたいな⋯⋯
魔物にだけ気をつけて、激しい戦闘痕の残るエリアを探し回る。
全員バラバラに動いているんだけど、互いが見える距離で動いていた。
トラップかぁ⋯⋯前にベスちゃんからその手の話は聞いてるんだけど、森の中にはトラップが無かったからね⋯⋯それに、僕はあの頃ベスちゃんからのちゅーを警戒していたからなぁ⋯⋯いきなりしてくるから大変だったんだよ。
もっとちゃんと話を聞けば良かったね。
大きな瓦礫をひっくり返したり、それっぽく壁を叩いたりしてみる。
やっぱりわからない⋯⋯何とか力になってあげたいんだけど⋯⋯
壁だけではなく、床も叩いてみる。
──コツコツ⋯⋯コツコツ⋯⋯ザリ⋯⋯
ん? あれ?
石畳を確認していたら、それがいきなり砂利混じりの土に変わった。
何がどうなっているの?
良くわからないけど、僕はいきなり転移させられたらしい⋯⋯
怪しい物を見つけたら報告する予定だったのにな⋯⋯でも僕がいなくなれば、ビビが直ぐに気がついてくれる筈。だからきっと大丈夫だよね。
──ズズゥゥウン⋯⋯
凄い重たい音が鳴り響いた。只事じゃない感じがする。
何かと思って見てみると、BかCランクの魔物が一箇所に集まって蠢いていた。
いったい何をしているの? それにここはどこ?
まるで一階層の大空洞のような広さがあった。町もピラミッドも無いけれど、とても広い場所なんだね。
とりあえず⋯⋯あの魔物の群れをどうしようかな⋯⋯
多分ここはモンスターハウスだと思う。全部倒せば外に出れるのかな?
ただ何となくその群れを眺めていたら、一人の女の人が戦っているのが見えた。
ボロボロになった服に全身血だらけの体⋯⋯え? かなりやばい状況じゃない?
僕もよく使う魔法、オーロラカーテンを使用しているみたい。でもその防御魔法も、今では穴だらけになっている。
まずい⋯⋯今直ぐに助けなくちゃあの人が死んじゃう!
僕は高くジャンプすると、Sスタンダードに切り替える。
「⋯⋯イフリンじゃあの人を巻き込んじゃう⋯⋯多分ノーム様も力があり過ぎて駄目⋯⋯それなら⋯⋯」
僕は久しぶりに契約精霊とのパスを開く。今回はあの人に⋯⋯
『お願い⋯⋯ムーディスさん!』
レインコートを空中で脱ぎ捨てて、朧の夜桜を抜き放った。




