想定外の強敵
そこは薄暗い部屋だった。壁から生えた水晶が、ぼんやりと青い光を発していてる。
右にはビビが、左にはティーナが立っていた。
部屋の中央には、こちらを睨む大きなリザードマンがいた。
「え? 赤黒い巨大なリザードマン!?」
待って、聞いていた話と全然違う!
ティーナはリザードマンを見て顔を青ざめさせていた。
「れ、レアだべよ! 通常パターン以外のボスは、そのどれもが十階層上の強さだと言われてるだで!!」
「まずいぞアーク!」
リザードマンの目の前に、黒い球体が複数出現した。
それが爆発でもしたかのような勢いで、黒い触手が襲いかかってきた。
「散開!!」
僕は真上に飛んで避け、ビビとティーナはそれぞれが横に飛んで回避する。
ばらけた僕達に向かって、触手はくの字に折れるように追尾してきた。
これに触ると何があるかわからない。広い部屋だと思ったけど、このままじゃ触手に埋め尽くされる!
「朧の夜桜!」
刀を抜いてSスタンダード状態になる。僕の解放された存在感に、リザードマンが背筋を強ばらせた。
ビビが触手を掻い潜りながら、隙の出来たリザードマンへ銃口を向ける。
「魔法は効くかな?」
ビビがレフティスワルキューレの引き金を引くと、無数の赤い槍が飛び出した。それはドリルのように回転しながら、リザードマンの背中に直撃する。
「グガァァアア!!」
「ちっ!」
ビビの攻撃は硬い鱗に阻まれた。爆発が発生したけれど、多分無傷だと思う。
リザードマンは怒りの咆哮を発し、ビビに向かって走り出す。
「ほいさほいさほいさぁああ!!」
いつの間にか天井を移動してたティーナが、ビビとリザードマンの間に爆弾を投下する。ビビはそれを見た瞬間に、後退ではなくボスへと前進した。
──ボン! ボボボボン!
爆弾が地面にぶつかった衝撃で爆発する。しかしそれは煙幕弾だ。驚くリザードマンが急停止して、その隙をビビのレイピアがとらえた。
地面を踏み割る程の力を込めて、伸縮自在なレイピアがリザードマンの脇腹へ突き刺さった。
その衝撃で、巨大なリザードマンが後方へ吹き飛ばされる。
ビビは凄い⋯⋯あれが進化したヴァンパイアの身体能力なんだ。
「駄目だ、アーク。硬すぎる」
レイピアの先端が潰れていて、実際に刺さってはいなかったらしい。
ビビは即座にバク転をして、迫り来る黒い触手を回避した。
もしかしたら魔法が効かないのかもしれないね。レフティスワルキューレも、ビビのレイピアも血晶魔法による魔法攻撃だ。だから物理攻撃をしたほうが良いのかもしれない。
「“フレイムランス”!」
触手を空中で避けながら、一応魔法攻撃を試してみた。
僕の炎魔法は特別だから、もしかしたらダメージがあるかも? そんな期待をしながら、リザードマンに突き刺さるフレイムランスを見守った。
「グガガ!」
うん⋯⋯やっぱりダメージが無い⋯⋯
「“フレイムランス”!」
もう一度フレイムランスを使い爆炎を煙幕代わりに使う。そしてティーナが口径の大きな銃をリザードマンに向けた。
「錬金魔術弾“氷結花”」
僕とティーナの合作の氷結花弾。それがリザードマンの胸にぶち当たると、魔法陣が被弾した胸に浮かび上がって発光した。
すると、魔法陣の中心から氷の蔦が生え、リザードマンの手足を締め付けるように拘束する。
「や、やっただべか? ひぎゃ!」
「ティーナ!」
天井を走っていたティーナが、黒い触手を避けきれずに被弾する。絡め取られた訳じゃないけれど、激しく弾かれて吹き飛ばされた。
空中でビビがティーナを回収した瞬間、リザードマンが拘束を引きちぎる。
まだまだ脆い⋯⋯でもあのリザードマン、強さにしたら推定Sランクかもしれない。
僕もただ見ていた訳じゃない。急落下しながら、朧の夜桜に魔力を流す。
「はぁぁあ!! “オーラスティンガー”!!」
駆け抜ける雷のように、その一撃が黒い球体に直撃した。
いい加減この触手が面倒だったんだ。何時までも追われている訳にはいかない!
球体の一つが破壊され、僕の中に力が流れ込んで来た。
「え? ビビ! これ魔物だ! 多分レベルが上がったよ!」
「そうか」
ビビがニヤリと笑う。ティーナは腰の服が焼けたようにボロボロになっていた。
「ありがとうビビさ。わだすは大丈夫だで!」
「“水神牙仙”を発動しておけ。念の為な」
「わかったべさ!」
ビビはティーナを床に降ろすと、黒い球体へ真っ直ぐに突っ込んで行く。荒れ狂う触手をギリギリで躱し、被弾しそうなものはレイピアで弾いた。
「喰らうがいい⋯⋯“破城槌”」
激しい衝撃が大気を揺らした。ビビが血晶魔法で、先が杭のようになったハンマーを作り出した。それで黒い球体を殴りつけると、杭の後部が爆発を起こす。その衝撃は先端の一点に集中されて、球体がバラバラに破壊された。
「“パワースラッシュ”!」
二個目の球体を破壊すると、また力が流れ込んで来る。
ベスちゃんが言ってたように、魂魄レベルを上げるなら迷宮なんだね。それが良くわかったよ。
触手はビビに任せよう。僕は大物を頂くからね。
リザードマンが僕に向かって走って来る。多分力や防御力は相手の方が格段に上だ。
「Sスタンダードレベル3!」
僕は銀の奔流に包まれた。それは指向性のある爆風となって、リザードマンの進行を遅らせる。
「弾けるだべ!」
ティーナが天井から大きな爆弾を投下した。それを煩わしそうにリザードマンが手で払おうとしたけど、手前で爆発してミスリルの太い無数の針が飛び出した。
僕には朧の夜桜がある。ビビには全身霧化があり、ティーナには水神牙仙があった。そのため威力を加減無しに詰め込み、とんでも兵器になっていたんだ。
「ゲギャアァアア!!」
針はリザードマンの硬い鱗を貫き、全身を蜂の巣のように穴だらけにする。
これはティーナの切り札で、普段は仲間がいる状態では使えない物だ。
当然僕も穴だらけになったけど、再生しながら突っ込んで行く。
「グガ⋯⋯ゲギャガ⋯⋯」
「苦しまないようにしてあげるよ⋯⋯」
僕とリザードマンの距離は僅か三メートル。その手前で跳躍し、僕は精霊の力を呼び覚ます。
「“フルアクセル”」
ギュッと時間が濃縮され、僕以外の世界がセピア色に染まる。
限りなく遅い世界で一人、僕だけが動ける僅かな時間。でもそれだけで十分だった。
空間の割れるような音が鳴り響くと、時間がゆっくりと流れ出す。
リザードマンは何が起こったのか理解出来ないまま、その首と胴体が泣き別れになった。
「ビビ」
「こっちも終わったぞ」
「あ、アーク隊長殿⋯⋯今何さしただ!?」
崩れ落ちるリザードマン。加速された一撃は、容易にその首を斬り裂いた。
想定外の事はあったけど、これで僕らも六つ星だね。
「勝てて良かったね」
精霊の力はやっぱり負担が大きい。ふらつきそうになった体を、ビビがそっと支えてくれた。
「三十階層のレアボスを倒したのは偉業だべ。じいちゃがきっと驚くど?」
「そうかもね」
「きっとそうだべ!」
ティーナが嬉しそうに微笑んだ。僕達はボスの素材を回収すると、直ぐに町へ戻るのでした。
触手⋯⋯(; ・`д・´)ゴクリンコ
「クルルウェ!」
ボス扉前で待機中です。




