快進撃のアーク探検隊と町の噂話
ティーナさんのローラー靴は、砂浜も海も関係無く進めるんだけど、六階層は島全体を探索しなきゃいけないみたい。
海と砂浜の無人島⋯⋯とても綺麗な景色がいっぱいあって、思わずのんびりしたくなるね。
無人島の中心には火山があって、それを鬱蒼としたジャングルが囲んでいる。鳥の鳴き声や、獣の唸り声が聞こえてきた。
この島で戦う魔物は、主にホブゴブリンになりそう。
ホブゴブリンはゴブリンの上位種で、装備の質がワンランク上だった。
力もスピードも頭の回転も良くなるから、ティーナは苦戦するだろうね。
ローラー靴だと森の中は辛いらしい。大きな根っこや落差があると、悲鳴を上げて転んでいる。
「アーク隊長殿。わだすは頑張るだ⋯⋯」
「その意気だよティーナ。きっとティーナには体術スキルが合ってるだろうね」
【アークによるティーナの育成計画が始まり、本人は知らず知らずのうちに魔改造されていく】
*
三人称視点
そこは活気に溢れる酒場で、楽しげな音楽が流れていた。薄着の踊り子が舞い、それに見惚れた冒険者が声をかけている。
二階は宿屋スペースになっていて、酔った勢いで重なり合う。ここはそういう大人の集まる酒場だった。
その酒場で、ガイスとサシモンという男が噂話をしていた。酒の勢いもあり、話すトーンも大きくなる。
「ねえねえ逞しいお兄さん。私と二階で良い事しない?」
そんな時、ガイスは褐色肌の綺麗な踊り子に話しかけられ、ほんのりと頬を染めた。
「今ちょっと話し中なんだ。他の奴に──」
「貴方が良いのに⋯⋯いっぱいサービスするわ」
踊り子はふわりとガイスの膝に乗り、胸の谷間を見せつけた。見た目とは違い純情なガイスは、そんな踊り子の誘惑に更に赤面する。
「あ、後でな⋯⋯今は連れがいるんだ」
「約束よ♡」
踊り子はガイスの頬にキスをすると、またふわりと浮かぶように離れて行った。
「ガイスはモテんな。羨ましいぜまったくよ」
「⋯⋯サシモンはその無精髭をどうにかしろよ」
「へっ、めんどくせー」
自然とグラスをぶつけ合う二人。彼等はDランク冒険者で、同じパーティーメンバーだ。
この二人は一度アーク達に会っている。五階層のボス待ちの列で、ガイスとサシモンはアーク達の前に並んでいた。
サシモンは豆と挽き肉の炒めた料理を、美味そうにスプーンで勢い良く口にかっ込む。
「あいつら⋯⋯何なんだろうな?」
ガイスがボソリと呟いた。サイモンはそれだけで何の事かがわかったらしい。
「俺が知るかい! 噂じゃ明日にも三十階層だとよ」
「はぁ⋯⋯マジかよ。ただの子供だと思ってたんだがな⋯⋯ちゃんと通常フィールドもクリアして進んでると聞いたよ。それも楽しそうに進んでるらしい」
「は! 信じられん。二十階層の後半っていったら、Dランクの魔物がうじゃうじゃいるんだぜ? 俺達だってまだ歯が立たねえんだ」
今はこの噂話が一番熱い話題になっている。小さな子供三人組が、五つの金星をぶら下げていたとかなんとか。そんな事は嘘だと笑い飛ばす者もいるが、実際に何人もがそれを見ているのだ。
サイモンがエールをがぶがぶと呑み、追加で塩茹でソーセージを注文した。
「金星五つなんて化け物だ。二十五階層のボスっていったら、Bランクの中でもかなり強え筈だ。Cランクの魔物でも、俺達じゃ絶対倒せねえぞ?」
「わかってるよ。認めたくは無いが、あいつらは俺達より遥かに上だ。もし六つ目の金星を手に入れたのなら、あのSランク冒険者と同じになるな」
Sランク冒険者とは、誰もが憧れて目指す頂点だ。そんな人間が出した記録と並ぶ事になれば、もはや実力を疑うような奴はいないだろう。
「へ、そんな大した奴らかよ」
そこへ一人の獣人の少年が近づいて行く。見た目は十歳くらいで、腕にはキラキラと光る六つ星が輝いていた。
だがそれは全て銀の星だった。彼はそもそも冒険者見習いで、戦闘の役に立つ事は無い。迷宮へ来たのは荷物持ちとしてで、彼自身の力ではないのだ。
それでも、その銀星を自慢したいらしく、事情を知らない冒険者を見つけては、こうして声をかけて回っている。
「俺はAランク冒険者チーム“獣人の集い”のメンバーさ」
「いや、聞いてねーけど」
「聞いてねえな」
「⋯⋯や、奴らはまだまだヒヨっ子さ。マイ滑車すら持ってないんだからな!」
「「俺達も持ってねーな」」
ガイスとサイモンはハモった事に苦笑いになりながらも、偉そうに威張った少年の顔を見る。相手にする必要も無いのだが、からかえば面白そうだと思ったのだろう。
そこに更に獣人が歩いて来て、その少年にゲンコツを落とした。
良い音が鳴り響くが、それも直ぐに酒場の音楽に流される。
「痛い!」
「大人しくしてろ。済まなかったな」
似たような角を持つ獣人に、ガイスとサイモンは親子なのかと思った。しかし、詮索すると経験上ロクな事がない。サイモンは獣人の二人に軽く手を振り、気にしてないとアピールをする。
「“獣人の集い”はランキング三位になりましたな。流石Aランク冒険者のチームです」
「いえいえ。私達などはまだまだです。二つ名持ちもいないチームですからね」
サイモンは口調を正し、獣人の大人に喋りかけた。Aランク冒険者というだけで凄い事なのだが、二つ名を授かる奴はそうそういない。
「酒を一杯ずつ奢らせてくれ」
獣人の男はウェイトレスを呼び、エールを二杯注文した。
「なんか悪いですね。気にしてはいませんが」
「いえ。目立つ場所へいると、些細な事でも何があるかわかりませんからね」
それは何にでも言える事だろう。上に立つ者は、否応なく嫉妬されやすい。注目を集めると色々なしがらみがあるのだろう。
ガイスとサイモンは素直に酒を奢られると、去る二人の獣人を見送った。
「ヒュー、貫禄が違うぜ」
「あははは、俺達もああなりたいな」
二つ名持ちではないとはいえ、Aランク冒険者は憧れる存在だ。
「獣人の集いは確か三十四階層まで行けたんだったよな。Cランクの魔物が彷徨く場所なんておっかねぇ」
「全くだね」
「子供らが何処まで行けるかも楽しみだ」
「ここまであっという間だったなぁ。俺達も頑張らないと」
「そろそろ挑戦するか? 二十階のボスによ」
「いや、焦りは良くない。もう少しレベルを上げないとな」
ガイスの言葉に、サイモンはニヤリと笑った。
「そういう慎重なところがお前らしい。頼りにしてるぜリーダー」
グラスをぶつけ合い、二人は一気に酒を飲み干した。
アーク冒険隊というチーム名は、徐々に町中へ轟始める。現在はランキングにも載り、アーク達に憧れる子供達が増えてきたらしい。
だがこの噂話に納得していない者が一人いた。
『わだす⋯⋯子供じゃねーべ⋯⋯』




