褒められたいから
試験官のヘルプをもう一度こなしてから、昼食を食べに帰宅した。僕の代わりにベスちゃんを置いてきたから大丈夫だよ! きっとね!
動いてちょっと汗っぽいから着替えよう。部屋に入ろうと思ったら、何やら話し声が聞こえてくる。
「まだでちゅかね? まだでちゅかね?」
「まだで〜ちゅ。もう少し待つでちゅよー」
何の話をしているんだろう? 父様と母様がいるのはわかるんだけどね。
僕が扉に手をかけようとしたら、ミト姉さんが生暖かい表情で僕を止めた。
口を開こうとしたら、人差し指を立てて小さく“静かに”と言う。
「早く出て来ないでちゅかね〜?」
「早くパパに会いたいでちゅ〜」
本当に⋯⋯何の話なんだろう⋯⋯
着替えは諦めて、先に昼食を食べる事にする。サダールじいちゃんからお菓子を貰えて幸せだ。
クライブおじさんは馬のお産で忙しいらしい。その話を聞いてから、父様と母様は部屋で大事な話をしているそうだ。
部屋に入れないなら仕方ないね。今日の試験官の仕事が終わったら、ギルドでミラさんにお風呂入れてもらおうかな。今日はギルドの帰りにギブの家行きたいと思ってたから、汗を流して綺麗になってからお邪魔しないとね。
僕の剣折れちゃったし⋯⋯大事な初めての剣だったんだけどなー。ターキさんに折られちゃったわけだけど、あれはターキさんのせいじゃないよ。
お金も少しあるし、ワンランク上の鋼鉄の剣でも買おうかな?
むむむ⋯⋯悩むぅ。
ギルドの帰りにお金引き出そう。痛い出費になる⋯⋯でも剣無いのは嫌だぁ。
*
もう安心だ! 冒険者ギルドよ! 私が来た!
何となくそんなテンションだったの。ごめんなさい。
受け付けカウンターの後ろへ行き、ミラさん達に帰ってきた報告をする。
「おかえりアークちゃん」
「ただいまです! 後でお風呂入ろう?」
「わかったわ。また後でね」
「うん」
またギルドがざわめいた気がした。なんだろう? 気のせいだよね?
「師匠ー!」
訓練場に入ろうと思ったら、ターキさんがやって来た。
「ターキさん。どうしたの?」
「俺! 合格だって言われました!」
「うん。ターキさんは強かったもの」
「よ、良かったです⋯⋯うち、お金無くて、ほんと貧乏で⋯⋯日々生活するのも大変で⋯⋯母親も病気がちだったので、どうしても受かりたかったんです」
「え!? 大丈夫なの!? 僕のお金あげるよ?」
「いえ、これからは自分で稼げるのです! 沢山働いて、家族を楽にしてやりたいと思います」
「そう⋯⋯そうだよね。ターキさんなら大丈夫だよ。でも最初は安い依頼で実戦積んでね。死んじゃったら駄目だからね!」
「はい! 師匠! それと、俺のことはターキとお呼び下さい!」
「んー⋯⋯わかった。おめでとうターキ」
「はい! ではまた!」
ターキは嬉しそうに走って行った。早く帰って家族に合格を伝えたいのだろう。
僕も初めてギルドカード見た時は嬉しかったな。まだEランクじゃとても両親に報告出来ないけど、C⋯⋯いや、Aランク以上になったら報告しようかな?
父様にも母様にも全然勝てないけど⋯⋯あれ? うぅ⋯⋯涙が⋯⋯おかしいなぁ。
頑張らなくちゃ! まずは目指せBランクだ! もし僕がAランク冒険者になったら、父様と母様も喜んでくれるかなー?
今は全然駄目だけど、僕もいっぱい頑張るから。その時は褒めて欲しいな。少し寂しくなったや⋯⋯
気持ちを切り替えて、僕はキジャさん達がいる休憩所に入る。しっかり試験官しよう。お仕事なんだから。
「おかえりアーク」
「ただいまベスちゃん⋯⋯」
「ん? どうした? 元気無いのか?」
「ん⋯⋯お菓子食べれば大丈夫」
「アーク⋯⋯」
ベスちゃんが撫でてくれる。お菓子⋯⋯美味しい⋯⋯まだ大丈夫。僕はまだ頑張れる!
「んんんー! 復活!」
「おお! まああれだ。辛かったら言うんだぞ?」
「ありがとう」
もし何処かで躓いたら、ベスちゃんとキジャさんがいるから大丈夫。
強くなるためには、僕もそろそろ町の外で魔物と戦った方が良いのかなー?
まだ危ないかなー?
「ベスちゃん。僕そろそろ町の外に出ても良いと思う?」
「んー。私としては止めたいな。実力で言えば全く問題無いが」
「じゃあ大丈夫?」
「外は突発的な問題が発生しやすい。魔物だって馬鹿正直に正面から来るわけじゃない。それにアークは純粋だ。詐欺師の騙し討ちや盗賊の悪意を知らない。どうしても出たいなら、Dランク以上の者と臨時パーティーを組むか私を連れて行って欲しい」
「んー⋯⋯門限とかあるからね。昼間なら大丈夫なんだけどさ。うちは夕飯が十九時なの。貴族様の食事が終わったら直ぐなんだ。それに遅れると怒られちゃう」
「うん。門限は大事だぞアーク。皆心配してしまうからな」
「ミト姉さんが探しに来ちゃう」
「だろう? 今度私と早めに出て早めに帰ろう。そうすれば問題ないよ」
「ありがとうベスちゃん」
「良いんだよ。それで? アークは狩りをした事はあるのかな?」
「うん! 兎と野鳥! 母様に栄養のあるスープを作りたくて頑張った」
「それなら魔物は安心かな? 基本的に魔物も動物と変わらないよ。ただ動物は捕まらないように逃げるけど、魔物は捕まえようと襲ってくる。問題はやっぱり人間だろうな」
人間かー。町の塀の外には盗賊が出るって前に聞いたよ。ベスちゃんでも勝てないのかな?
「アークにはまだ知って欲しくないな〜。町の近くなら平気だろうが⋯⋯」
「知る??」
「その時が来たら覚悟するしかない。ゴブリンで場数を踏もう」
「わかった!」
冒険の話をするのは楽しいな。ああ、剣が欲しい。バススさんに武器の相談をしよう。体術用のナックルガードとかも欲しいな。
ベスちゃんとお出かけ楽しそうだけど、遊びじゃないからお菓子を減らす? ナイナイ無〜理〜。お菓子無いと元気出ない〜。
朝出発するとお昼は帰れないから、ミト姉さんに言ってサンドイッチ作ろうかな。
しばらく雑談していたら、さっきのウロボロスの刻印の話になった。二頭の捻れ蛇⋯⋯無限収納ってやつらしい。
「使い方がわからんと?」
「うん。どうすれば良いかな?」
「難しく考えなくて良いと思う。テーブルのクッキーでもしまいたいと念じてみるか?」
クッキークッキーむむむむむ⋯⋯しまえない⋯⋯
「お願い。ウロボロス⋯⋯」
「ふむ⋯⋯」
なんでなんだろう? 胸の中に意識を傾けてみると、新しいスキルが増えている事に気がついた。
しかもこれユニークスキルじゃないか! スキルの名前は無限収納。ベスちゃんが言った通り無限に収納出来るとんでもないスキルだった。
スキルの使い方は簡単みたい。収納にしまいたい物を見ながら心の中でストレージと言う事。声にだす必要はない。出したい時もすぐに出せる。
「使い方わかったよベスちゃん。はっ!」
「おおー! 消えた! 一瞬で無くなるんだ」
「出し入れ自由みたい。射程は五メートルかな」
「商人だけじゃなくて、冒険者にも嬉しい能力だよ。普通は収納袋と言う物を使うんだ。値段が高くて初心者には手が出せないけどね。私も限界容量が二十トンの特大収納袋があるんだけど、もう一つ買おうと思っても人気で数年待ちさ。たまに容量が足りない時があるから、やっぱりもう一つ欲しいんだよ」
「二十トンでも足りないの!? 何が入ってるの?」
「んーとね。属性に合わせた武器、防具、魔物素材、酒、食料、調味料や鍋、ポーション各種、下着や着替え、テントや簡易竈、寝具、地図や方位磁針、一番重いのは私の場合武器かな。戦鎚が重い⋯⋯一本何トンにもなる」
「トン?」
聞けばなるほどって思うよね。流石ベスちゃんは冒険者の先輩だよ。そういうの僕も少しずつ揃えようかな。属性に合わせた武器って、全部魔剣並の武器なんだろうな。お金のない僕にはとっては難しい。
僕とベスちゃんが喋っている間も、キジャさんは試験を見たり合否の書類を見たりしていた。
手がテーブルの真ん中に伸びる。そしてお菓子があった場所で空を切った。何回か空振りした後、チラッとテーブルを見て首を傾げる。
うん、さっきまであったよね。しまっちゃったけど。
「おい、ベス。食い過ぎだぞ? そんなに食っても横にしか伸びんだろう」
「あ? 爺はテーブルでも齧ってろよ。何食ったって味なんかわからねえだろ?」
「あ? 若作り拗らせて子供体型の寸胴野郎が」
「あ? お前がヒヨコのペーペーだった頃、酒場の姉ちゃんに二股かけられて女々しく大泣きしてたの思い出したわ!」
「あ!?」
「あ!?」
ああ、お菓子食べよ。サクサクで美味しい。僕の仕事はまだだろうか?
その後、僕の出番がきたのは一時間後でした。また知ってる人は知っているクレスさんだね。
あそこは一人で頑張らなきゃだから仕方ないよ。
夜十七時、今日の試験は締め切りになり、整理券を配って解散になった。三日〜五日はこんな状態だってさ。
「アークちゃんお疲れ様。これギルドカード」
「ミラさんもお疲れ様です。お風呂に入ったら武器屋に行くのでお金おろしたいのですが?」
「了解。いくらおろす?」
「あるだけお願いします」
「はい、3215ゴールドね!」
3000?
「あれ? 今日のDランクの依頼って1000ゴールドも貰えるの?」
「Dランクからはお金が良いのよ。普通の人には出来ない仕事が多いからね。アークちゃんは既に立派な甲斐性があるわ」
1000ゴールドって凄い。Gランクが5ゴールドから20ゴールドくらいだった。Fが100ゴールド前後、Eランク依頼は300ゴールドとかもあったけど、Dランク依頼は四桁いっちゃうんだね。
もう少しランクが上がれば、お金を稼げて魔剣を買えるようになるかも。ちょっとワクワク。
ミラさんとお風呂にゆっくり浸かった後、泡で体に服を作ってみたりシャボン玉を作って遊んだりして面白かった。風呂上がりにはやっぱりあれだよね! 冷たくて美味しいフルーツ牛乳をいただきました。働いた後のこれはヤミツキになりそうなくらい美味しかったよ。腰に手を当てて一気に飲んだんだ。
冒険者ギルドは二十四時営業なので、お風呂には見たことない人もいたりする。だからあんまり遊んでると怒られたり⋯⋯しないよ。一緒に遊ぶんだ。
深夜はサブマスターのテイターって人がギルドを管理しているんだって。サブマスターもキジャさんみたいに良い人らしいよ? お風呂では会ったことないな〜って言ったら、サブマスターは男の人らしい? 僕も男なんだけど???
僕は門限までに必ず屋敷へ帰るから、テイターさんとは時間的に会えないみたい。朝早くギルドに来れば見る事が出来るらしいよ。
朝は訓練をしながら雑木林で食料調達をするから、中々会うのは難しそうだ。
「ミラさんお風呂ありがとうございました」
「いーえ。また明日ね」
「はい。ばいばい」
「ばいばーい」
ギルドを出て湯上りの頬を冷ましながら武器屋バススへ向かう。
大金は誰にも見せちゃ駄目だってミラさんに言われたよ。だからお金を無限収納にしまったんだけど、消えたお金にミラさんすっごくびっくりしてました。
でもこれで安心だよね。
バススさん、アマルさん、ギブに早く会いに行こう。