月明かりの密会。二階層へ
遅くなりました(´;ω;`)
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三人称視点
デナートロスには貴族街がある。要となる王城を包むように、身分の高い者の家から順番に並んでいた。
身分の低い貴族は、それだけ平民の住む下町寄りになってしまうのだ。
貴族としてはそれが面白くない。末端の木っ端貴族は、少しでも王に覚えめでたくしてもらおうと、どんな手段でも使う魑魅魍魎と化していた。
現在、デナートロスの王城には五人の勇者が集められている。
勇者を使って成り上がりを考える者もいるが、そもそも勇者とは何に置いても最強を意味していた。
勇者とは、金や財宝、権力に人望、唯一無二の力、圧倒的な魅力、王族よりも高い知名度、その全てを持った存在であって、弱小な貧乏貴族なんか相手にもされないのである。
下級貴族達は耐えるしかなかった。不満の捌け口として、平民に尊大に振る舞う者も多くなる。
魔族との問題も、それを甘い汁へと変えられる者はごく一部の上級貴族だけ⋯⋯下級貴族は指を咥えて見ている事しか出来なかった。
そんな貴族街のとある場所で、密談をする二人の男女がいた。
「⋯⋯」
「⋯⋯そう⋯⋯ですか。ちゃんと渡してもらう事が出来たのですね⋯⋯」
「ああ、だが⋯⋯お前の運命は変わらん⋯⋯」
「⋯⋯」
その男女は、お互いが認識を阻害する事が出来るフードを目深に被っている。
時刻は深夜。街頭も無く、月も雲に隠れていた。
そんな真っ暗闇の中、公園のベンチでは長い沈黙が流れる。
「私は⋯⋯十分幸せでした。もう悔いはありません」
そう言葉を発した彼女は、手の震えを更に震えた手で押さえつける。
「これ以上の改変には、大きなリスクを伴う。それが死を免れるものだとすれば⋯⋯」
「わかっています。ただ心配なのです⋯⋯この先──」
「それも教える事は出来ない⋯⋯すまんな」
「⋯⋯」
また長い沈黙が流れた。雲間から覗いた月が、ほんの少しだけ二人を照らす。
「大丈夫ですよ⋯⋯何度も言いますが、私は幸せだったのです」
「⋯⋯これだけは言っておこう」
男はそう言うと、彼女へそっと背を向ける。
「託した希望は無駄にならないだろう。真っ直ぐな良い子だったよ」
「⋯⋯そうですか」
最後に彼女は微笑んだような気がした。男はそっと闇の中へと姿を消した。
*
side アーク
こんな事ってあるんだね⋯⋯
「アーク⋯⋯」
「⋯⋯」
ビビが僕の名前を呼んだ。僕はそんなビビに微妙な顔を向ける。
今の僕は、ちょっと大きな人面犬になっていた。開けた宝箱から煙が噴き出して、いきなりこんな姿にさせられちゃったんだ⋯⋯
「アーク⋯⋯例えアークが元に戻らなくても、私がずっと傍にいるぞ」
「⋯⋯飼ってくれるの?」
「勿論だ。良い毛並みだな⋯⋯アーク」
「⋯⋯ありがとう」
変な感じだなぁ⋯⋯四足歩行を経験する事になるとは思わなかったよ。
ビビにスリスリすると、沢山撫でてもらえたんだ。えへへ⋯⋯何か嬉しいなぁ。
体は髪の毛と同じ栗毛だね。もう尻尾を振らずにはいられない。ビビ〜ビビ〜ビビ〜わんわんわん!
「それは変身トラップだべ。ある意味レアだなあ。わだすもはずめてみるだあ」
ワシャワシャとティーナにも撫でられた。
「僕、今なら人面犬の気持ちがわかる」
「わかったところで、人面犬はいないけど⋯⋯」
「わからないよ? もしかしたら人面犬の村があるかもだしね」
「そんな村さ嫌だべ⋯⋯」
「!!」
ちょっとショックだよティーナ。僕の理解者はもうビビしかいない⋯⋯ビビと一緒にいつか人面犬の村を探そう。
それから暫く歩いて行くと、違う探索パーティーとも何度かすれ違った。
僕を見てぎょっとする人がいて、それが地味に傷つくね⋯⋯少し道が細くなってきたと思ったら、小さい迷宮の扉が現れた。
「二階層への扉だべ! よがっだぁ。辿り着けたべさ」
ティーナがホッと胸を撫で下ろす。思ってたよりも見つかるのが早いね。
ビビを背中に乗せて、僕は鼻先で扉に触れる。一瞬だけ扉のひんやりした感触を感じたけど、直ぐに僕達は転移させられる。
二階層は一階層よりも明るかった。さっきと変わらない洞窟タイプだけど、草木が壁から生えているね。
少し壁や地面が湿っていて、湿度も少し高い気がする。
「アーク。体が戻ったみたいだぞ?」
ビビが背中から降りて、僕に手を貸してくれた。
「えー⋯⋯もうなの?」
「残念だったのか?」
「ビビに飼ってもらいたかったのに⋯⋯」
「ご主人様はアークだろ?」
ビビがテイムの指輪を見せてくる。でもたまには立場を逆転してみたいよね。
僕がビビに命令をする事は無いけど、命令には抗えない強制力があるらしいね。
だから注意しなきゃいけないんだ。ビビが嫌だと思う事は、絶対にやらせちゃいけないもん。
でもビビが嫌がる事って何だろう? 普通に生活をしていれば、何も問題は無さそうだよね。
「今日はそろそろ休憩にしねーべか? お腹も空いたし、この辺りは魔物もでねーだべ」
「そうなの? 僕もお腹空いたなぁ」
「迷宮の扉周辺は魔物がでねーんだ。だっから転移陣を設置でぎるって話にもなるんだがなぁ」
「なるほどです」
ティーナは僕達よりも物知りだよね。色々頼りになりそうだよ。
ある程度は離れても大丈夫みたいで、僕達は丁度いい広さの穴を見つけた。
ティーナは地面にシートを敷くと、その上に座って微笑みを浮かべる。
「こーゆーの夢だったとね。わだすも冒険して、迷宮のおぐで干し肉さ食いたがったんだ」
「そうなんだね! 干し肉好きなんだ」
「ちゃーんと寝袋さ用意してあるだ」
ティーナが干し肉に水筒と寝袋を取り出した。凄く楽しそうに笑って、出した干し肉に齧り付く。
夢が叶った瞬間なんだもんね。嬉しくて当たり前だよ。
僕はその横でテーブルと椅子を出し、綺麗なテーブルクロスを敷いた。
ちゃんとカトラリーも取り出して、焼きたてのパンをお皿に盛る。
ビビはチキンのホワイトシチューが良いかな? 後は新鮮なサラダと大きなオムレツ。僕はビーフシチューにしよう。
今から作るのも時間がかかる。だから既に用意しておいたものを並べたんだ。
ビビに赤ワインを取り出して、僕はリンゴジュースにしよう。
ビビと僕は神様に祈りを捧げ、互いにグラスを持って軽くぶつけ合う。
「「かんぱーい」」
「ちょっと待てい!!!」
夢を楽しんでいたティーナが、いきなり大きな声をあげて立ち上がった。
「何からツッコんだらいいだ!? そんなかさばる物さばかり持っでぎて、この先何泊も大丈夫なんだべか!?」
「うん」
「うんーーー!!!!???」
頭を抱えながら捻れて固まったティーナを横目に、僕はトロトロに煮込まれた牛肉を口の中に運んだ。
「美味しいね。ビビ」
「そうだな。アーク」
アークの人面犬は少し大きな柴犬でした(っ ॑꒳ ॑c)




