ミズリさん達とのお別れ
ねえねえ鳥さん鳥さん⋯⋯数多過ぎじゃないの?
鳥さんにいくら聞いても、返ってくるのはクルルウェ〜ばかり。ここが何でこんなに賑わってるのか不思議だけど、お祭り騒ぎのようで楽しいよ。
沢山もふもふしながら、綿毛や羽根をどんどん回収していく。
暖かい暖かい暑苦しい⋯⋯
「それにしても⋯⋯」
「大量だな」
庭を覆い尽くす勢いで増える黄金色の卵。多分この子達、一日に五個から七個くらい卵を産むよ。
ビビが一個ずつ笑顔で洗ってから持ってくる。まとめてウォーターウォッシュして収納出来るんだけど、この顔を見たら言えないよ。
餌にヘイズスパイダーを取り出して、僕は家の中にベッドやカーペット、ソファーを取り出していく。
ビビと僕の家。すっごく家らしくなってきたよ。ビビの趣味で、小さなコウモリの絵がついたカーテンを取り付ける。
今はガラス窓無いんだけど、イフリンの力があれば作れるよね。
家用のテーブルとテーブルクロス。ランタンも沢山買ってきたんだ。
「アークアークー」
ビビに呼ばれて振り返ると、笑顔で卵を持って来たところでした。
「ありがとうビビ」
わかった。多分ビビはお酒に酔ってるんだね。結構な量のお酒呑んでたからなぁ⋯⋯ちょっと楽しそうで羨ましい。
父様もお酒を沢山呑むと、いつもより沢山お話を聞かせてくれたんだよね。
世界一の力を手に入れた時の孤独感とか、たまに左手に封印された邪神が疼くとか言ってた。
確か父様の左目にも邪神が封印されてるんだ。右手の親指と右足にも⋯⋯きっと邪神って掃いて捨てるほどいるんだろうね。
何で父様は自分の体に邪神をいっぱい封印しちゃうんだろう⋯⋯邪龍や駄女神も封印されていたよ。
「アークアークー!」
「は〜い」
ビビの持って来た卵を収納して、棚に食器を並べていく。
艶やかな洋服のタンスも買って、家の中に温かみのある雰囲気が出てきたね。
本棚も買ってきたんだけど、まだ本が無い。真子ちゃんからもらった魔術の用語辞典と、父様と母様の冒険譚が書かれた紙を詰めました。
「アークー」
「はいは〜い」
「酒を出して」
「まだ飲むの?」
「私くらいになれば、酒に吞まれる事は無い!」
僕はお酒の事はわからない。テーブルに何種類かのお酒と、鳥肉の入ったシーザーサラダを出してあげた。
この日の夜の事は、ビビの名誉のために忘れる事にします。
*
「ごめん⋯⋯アーク」
「良いよ。気にしてないから」
次の日の朝、庭に座って真子ちゃんの魔術の本を読んでいます。古代文字の組み合わせ方に、魔導具の作り方⋯⋯本当に難しいです。頭パンクしちゃいそう。
僕の後ろには、一緒に本を覗き込んでいる鳥さんがいる。ビビは少し離れた場所で、体育座りをしてるんだ。
どうしようかな⋯⋯素材は吸収鯨の骨を使うとして、ヘイズスパイダーの魔石も使ってみよう。
初めての挑戦だけど、上手く出来ますように。
いつまでもいじけているビビが可哀想になってきた。後でちゅーしてあげようかな?
ノーム様の力で、即席の作業台を作った。吸収鯨の骨は、高位の魔武器じゃないと傷すらつかないだろうね。
でもそこは大丈夫。ムーディスさんの斬る力を、針のように尖らせた木片へと流し込む。
「えーと⋯⋯刻みたい文字がこれだから⋯⋯こっちはこうで、流れはこう作って⋯⋯んー⋯⋯難しい」
しかも物凄く小さな場所に、幾何学模様と文字を削り描く作業。ここまで難しいとは思わなかった。
そう言えば、ターキは大きな羊皮紙のような物に魔法陣を描いていたよね。
難しく細かい作業を、小さく切った吸収鯨の骨の欠片に刻もうとしてる訳だから⋯⋯うん。こうなるのは仕方ないか。
きっとこれは慣れなんだろうね。今はこれだけ時間がかかっちゃうけど、丁寧に丁寧に仕上げたいんだ。
いつの間にか朝食になり、昼食になり、夕食になる。その度にサンドイッチなどの簡単な物ですませたんだ。
空が闇に覆われ始めたので、白い火球を空に浮かべた。
「アーク。寝ないの?」
「うん⋯⋯ちょっとまだ時間がかかる⋯⋯」
「私に手伝える事はあるか?」
「傍にいて」
「わ、わかった」
そう言えば今日はビビと殆ど喋ってなかったね。でもビビはいつの間にか立ち直っていたみたいで、僕にくっつくように腰を下ろす。
「傍にいるだけで良いのか?」
「それが一番なんだよ」
「そうか」
僕は作業に集中した。いつの間にか太陽が昇ったけど、焦らないように頑張った。そして遂に⋯⋯
「出来た! やっと⋯⋯」
「お疲れ様」
自然の力を吸収して、ほんのりと淡い光を発している。
「急がないと間に合わないぞ」
「うん!」
見た目はそんなに良くないかもしれないけど、一応ブローチのように使えるようにしたんだ。
ミズリさんのために、今の僕が出来る最大限の贈り物だ。
ビビと急いでデナートロスへ向かったら、ミズリさんの気配が西へと動いている。
馬車の前に着地すると、ペッパーさんが急いで手網を引いた。
今日はペッパーさんが御者をしていたんだね。
「いきなりどうしたんだい? ペッパー」
ミズリさんが馬車の中から顔を出す。
「はは。まさか空から降ってくるとは思わなかったよ」
「何の事だい?」
「ほら、婆さんが会いたがってた⋯⋯」
ミズリさんが馬車の前を見ると、僕と目が合って急いで降りてくる。
「ミズリさん。御見送りに間に合わなくてごめんなさい」
「いーや、こうして間に合ってるじゃないか」
僕とビビは一緒にミズリさんに抱き寄せられた。僕も最後になるから、ミズリさんの背に手を回して抱き締める。
暫く抱き合って、僕達は別れを惜しんだんだ。
ミズリさんにとっては、またいずれ会えるかもしれない僕達。でも僕達には、これが永遠の別れになると理解していた。
でも我慢しなきゃね⋯⋯笑って御見送りしよう。
「卵をお裾分け致します」
「卵かい?」
大きな木箱に入れて用意した卵。一つが抱える程に大きいので、箱の中には四個しか入っていない。緩衝材として、木屑がもっさりと入っている。
「これは⋯⋯ちょ、これって! 幸運鳥の卵じゃないかい!」
それって前にミズリさんが言ってたやつ? あの鳥さんが幸運鳥だったんだ⋯⋯知らなかったな。
ミズリさんが驚いた後に、いきなり涙を流し始める。今泣かれると、僕までつられそうになっちゃうよ⋯⋯
「これを最後に食べた時は⋯⋯まだあの子が生きていたんだ⋯⋯これほど嬉しい贈り物は無いよ⋯⋯ありがとう⋯⋯本当にありがとう⋯⋯」
何か事情がありそうだけど、僕は聞かずにミズリさんを抱き締める。
「元気でね。ミズリおばあちゃん」
「ああ。わたしゃまだまだ長生きするよぉ。アークのお陰で、沢山元気出てきたよ。だからまた何処かで会えるさね」
「⋯⋯うん。また⋯⋯会えるよね」
会いたいな⋯⋯
僕は頑張って作った魔導具を取り出すと、ミズリさんの服に付けてあげた。
「これは⋯⋯なんだい? 腰の痛みが引いていくさね⋯⋯」
「それはね、弱いけどずっと“キュアノーマリー”を発動してくれるブローチだよ」
「!!?」
僕がそう言うと、後ろにいた冒険者さん達まで驚愕の顔をする。
何か変だったかな? 良い贈り物だと思ったんだけど⋯⋯
「アーク⋯⋯それが本当なら⋯⋯いや、本当なんだろうね。これは国宝級の代物だよ? 何処で手に入れたんだい?」
国宝級? 確かに作るのには苦労したけど⋯⋯
「えと、昨日からずっと今まで頑張って作ってたんです。ミズリおばあちゃんに贈りたくて、だから貰ってくれませんか?」
「⋯⋯アークは⋯⋯とんでもない子供さね。こんな物が作れるなんて、何者なんだい?」
ミズリさんの目が真剣だった⋯⋯そして心配そうな顔でもあった。僕はとても迂闊だったのかな⋯⋯喜んで欲しかったから、色々な事まで考えれていなかった。
適当に嘘をつく? 誤魔化してみる? それは⋯⋯嫌だなぁ⋯⋯最後の最後でそんな事したくないなぁ。
僕は冒険者カードを取り出して、ミズリさんにこっそり渡す。そこには冒険者ランクも記載されているけど、登録地域とカードを作られた年月日までが書いてあった。
ヴィシュラリア王国の年月日だけど、行商人のミズリさんにはその意味がわかったらしい。
息を呑んで僕の顔を見ると、また目から涙を流し始める。
「もう、会えないのかい?」
「⋯⋯うん⋯⋯」
「そうかい⋯⋯そうだったのかい⋯⋯」
僕の目からも涙が出てしまった。笑って御見送りしようと思ってたのにな⋯⋯最後だなんて嫌だよ⋯⋯
「大切にするよ。二人の事は忘れないからね」
「うん⋯⋯」
暫くそうしていたけれど、ずっとそうしているわけにもいかない。
「ありがとうございました。僕にはミズリさんがおばあちゃんみたいで好きでした」
「私も同じさね。元気でいるんだよ⋯⋯」
「うん」
最後に皆と握手をして、ゆっくり去って行く馬車を見送った。
「大丈夫かアーク?」
そう聞かれたけど、色々といっぱいいっぱいだね。
「⋯⋯うん。ビビが傍にいてくれるから⋯⋯僕は大丈夫」
「なら良かった」
ビビは顔に出さないけど、きっとビビも寂しいんじゃないかな?
別れるのはこんなに辛い事なんだね⋯⋯僕は父様や母様、皆といれる時間を、もっと大切にしようと思った。
ありがとうミズリおばあちゃん。お元気で(っ´ω`c)




