御礼の手紙
ターキはとっても強かったよね。剣が無くなっちゃったから、試験のためにギルドから貸してもらうしかないみたい。
結局試験は一時中断して、僕と採点役のお姉さんはその場を離れました。
ギルドには訓練用に持ち出しが出来る刃引きの武器がある。引退した冒険者さん達が、ギルドに寄付していった物だ。
扱いは結構乱雑かな? 木箱の中にゴチャゴチャと入っているからね。
「うーん。どれも大きいですね」
「仕方ないわ。子供用は無いもん」
お姉さんも僕と一緒に探してくれた。剣は長すぎて僕には微妙なので、ナイフの中から選ばせてもらう。
「これがいいんじゃない?」
「それは?」
「ロングダマスカスナイフね」
「じゃあそれにします」
刀身と柄が綺麗だね。長さも僕には丁度いい。
すぐに試験会場に戻り、待たせていた人と向かい合う。
「お待たせ致しました。名前、得意武器、魔法など教えて下さい」
「はい! 名前はラナ! 得意なのは盾術とマッピングです!」
ラナは騎士みたいな格好をしていた。前衛職を目指しているのだろう。マッピングはダンジョンで生きるのかな? そこら辺は採点役の受け付け嬢さんが判断してくれるだろう。
ラナは僕の戦いを見ていたので、侮ることは無いと思う。
「攻撃手段はありますか? 前衛職さんみたいですし、僕から攻めた方がいいのかな?」
「はい! お願い致します!」
「わかりました。では行きますね」
まずは小手調べ、真っ直ぐ飛び込んでいこう。
「はああ! “パワースラッシュ”」
「わきゃああ」
え? あれれ?
ラナは後ろに吹き飛ぶと、一撃で沈んでしまった。僕はそれにとても驚いたんたけど、受け付け嬢さんは特に気にした様子はない。
これが普通ってこと? さっきのターキさんが強かっただけかな?
僕はちょっと心配になったので、急いでラナに駆け寄った。
「ら、ラナ? 大丈夫?」
「あうぅ⋯⋯私、不合格でしょうか?」
「⋯⋯」
僕は何も言えなかった。採点役の受け付け嬢さんの方を見ると、次行け次〜って感じで手を振っている。
うん、ラナのためだ。もう少し腕を研いてきてもらおう。死んじゃったら可哀想だもんね。
「ラナ。まだ修行が足りないようです。今回は不合格とさせていただきますね」
「はい⋯⋯」
「冒険者ギルドには、盾を使う先輩もいます。参考に話を聞いてみるのも良いでしょう。次回期待していますね」
「はい! ありがとうございました!」
その後も次々人が来る。強い人もいたけれど、それはわずかな人数だった。
こちらが攻撃すると殆どの人が一撃で終わっちゃうので、僕の手加減が下手なのかと思うくらいだ。
でも簡単な防御くらい出来ないと、外で魔物に殺されちゃうよ。
母様の話では、世の中にはドラゴンも逃げ出すとんでもない化け物が沢山いるんだからね。そんな化け物を一撃で倒すらしい母様は、神様を超えているかもしれない。
十五人くらい終わったところで、クレスさんが戻ってきた。あの有名な知ってる人は知っているクレスさんだ!
休憩から戻ってきた筈なのに、休憩前よりげっそりしているよ?
「クレスさん。大丈夫です? ベスちゃんに虐められましたか?」
「あ、あはは。そ、そんなわけな、ないじゃあないか! は〜」
クレスさんはがっくり肩を落とす。
「大人の事情ってやつさ! アークも休憩して来ていいよ」
「?? はい」
休憩所に戻ると、数人の怪我人がマットの上に寝かされていた。神父様やシスターが、神聖魔法の“ヒール”を使っている。
怪我をさせちゃうくらい試験官に余裕が無かったのならば、ここで寝ている怪我人は合格する可能性が高いだろう。
「お疲れ、アーク」
「キジャさん。お疲れ様です」
「アーク。寂しかったぞ〜」
「僕は寂しくなかったですよ?」
「ッ!!!」
ガーンと背景に文字が浮かんで見えそうな顔をしたベスちゃん。すっごい顔だ⋯⋯別に嫌いじゃないんだよ? ちょっと暑苦しいだけ。
手を繋いであげるだけなら良いかな。キュッと握るとベスちゃんが完全復活する。失敗したかもしれない⋯⋯
「アークちゃんいる?」
「ミラさん?」
「アークちゃんにお届け物よ」
休憩所に顔を出したミラさんが、小さなキラキラした箱と手紙を持ってきた。誰からの手紙だろう? 心当たりが全くない。
「豪華な魔導車がギルドの前まで来たからびっくりしたわ」
「魔導車? ありがとうミラさん」
魔導車というのは超高級な乗り物だ。地面から少し浮かんで飛ぶらしいけど、田舎なドラグスではまず見ることがない。
領主様でも手が出ないくらいお金がかかるって聞いたことがあるよ。車体が高いのは仕方がないとしても、それを動かす燃料がかなり高いらしい。
町と町の移動は徒歩か馬車を使うのが一般的で、魔導車を使うことが出来る人はかなり少ない。
貴族、大商人、大手ギルド、大手クランなどだろうか。騎士爵家の領主様には難しいよね。
「アークちゃんは何してるの?」
「試験官の交代要員です」
「なるほど。アークちゃんなら務まるものね」
「何とかやれてる感じですがね。ミラさんはここにいて大丈夫ですか?」
「十五分休憩をもらったのよ」
「十五分だけ? あぅ。僕のせいで貴重な休憩時間奪ってごめんなさい」
「良いのよ。疲れたのは心だけだから。アークちゃんを抱いて回復しに来たの!」
「回復なら神父様がいますよ? 神父様の神聖魔法はすっごいのです! 僕もいつか使えるようになりたいです」
「うふふ。出来るようになったらお願いね」
「アーク! 私もお願いするぞ」
「わかりました! 五歳までには覚えて見せます! ふんすっ!」
「冗談に聞こえないから凄いわ⋯⋯」
「本当にな⋯⋯」
ミラさんは紅茶とお菓子を摘んでから仕事に戻った。ベスちゃんはすることも無いのに隣でニコニコデレデレしている。
キジャさんは合否の書かれた紙を眺めながら、真剣な顔で珈琲を飲んでいた。
ギルドが用意したポーションをシスターから渡されて、その緑色のどろりとした液体を舐めてみる。はっきり言って不味いよね⋯⋯半分ベスちゃんに飲んでもらったよ。
ミラさんが持ってきた手紙を開くと、ベスちゃんも中を覗き込んできた。
見られても良い内容かわからないんだけど⋯⋯まあいっか。ベスちゃんは友達だからね。
ベスちゃんが身を寄せてくるから肩の圧力が凄い⋯⋯僕は若干体勢を崩しながらも手紙の内容に視線を落とした。
《初めまして。私は王都の商会長のハルファナスと言う者だ。馬鹿な義理息子達が世話になったようだな。いや、こう書いたら誤解をさせてしまうね。怒っているわけじゃないぞ。寧ろとても感謝をしている。安い言葉しか浮かんでこんが、本当に感謝しているのだ。
彼奴らは昔ある事件がきっかけで、冒険者に深い怨みを持っている。そうもなる気持ちはわかるがね⋯⋯ずっと割り切れないモヤモヤを抱えて過ごしていたんだ。今もまだ解決したわけではないだろうが、荒んでいた部分がいつの間にか無くなっていたのだ。
あれだけ憎しみに囚われていたというのに、目に光がさしていたのだよ。私は諦めていたのだ。彼奴らに希望を与えてやれない不甲斐ない自分に悔しく思っていた。だが、大事なのは言葉じゃ無かったのだな! 私はそんな事もわからなかった愚か者だ。ライノス、ロド、バイオに光を取り戻してくれてありがとう。アーク、お前は私の恩人だ。これ以上無い程に感謝している。
彼奴らに変化があった後、こちらで色々調べさせてもらった。調べさせた部下からの報告で、私は君の事を知ったのだ。勝手に調べて済まなかったな。報告書を見た時は自分の目を疑ったよ。
四歳で冒険者になり、あの三人を返り討ちにしたとな! ハッハッハ! 実力も本物のようだ。登録ラッシュでは試験官でもやっているのではないか? 流石にそれはないか!
話が脱線して済まない。いつか君とゆっくり話がしてみたいよ。私の茶飲み友達にでもなってくれ。十二歳で王都に来るそうだな。その時には是非とも我が商会に来て欲しい。貴族街の真ん中にでかでかとあるから直ぐにわかるだろう。
最後に、君に何か贈り物がしたくてな。色々考えたのだが、装備などは壊れたりするだろう? 冒険者の喜ぶ物と言ったら強力なS級魔剣だろうか? それとも聖剣か? 少し探して集めてみたが、ピンとくる物が無くてな⋯⋯なので、うちに数ある家宝を一つ君に贈りたいと思う。
冒険者には必ず役立つだろうな。勇者様達は全員が使えるが、一般人の我々にはとても珍しい物だろう。商人らしい最高のプレゼントだ。これからのアークの武勇伝に期待している。ありがとう。》
手紙はここまでだった⋯⋯僕が学園に行くことまで簡単に調べられているよ? ガルフリー家は大丈夫? それよりも⋯⋯
「むぅ。何でこんなに感謝されてるの?」
「アークが可愛いからじゃないか?」
「ベスちゃんの方が可愛いよ? 僕男だし!」
「アーク!!!」
「くっつかないで!」
駄目だ⋯⋯ベスちゃん依頼で何処か行かないかな。
「商人らしい最高のプレゼントってなんだろうね」
「アークじゃないか?」
「僕に僕をプレゼント!?」
「その箱の中だろうな。何が入っているか楽しみだ。王都の商会長程の大富豪が、家宝の一つにするとんでもない代物だぞ? 何が入っているのか想像もつかないわ」
「ベスちゃんでも?」
「そうさ。金を出せば何でも手に入る人間が、何を家宝にすると言うのだ?」
「ケーキ?」
「そりゃアークの家宝だな⋯⋯やっすいなぁ⋯⋯」
「高いよ! 50ゴールドだよ!」
「今度食べ放題に連れてってやる」
「! 大好きっ!!!」
「はうぅ⋯⋯」
ケーキ食べ放題とか夢のようだ。夢だったりして?
ベスちゃんに抱き着いてスリスリしていると、キジャさんが溜め息を吐く。
「良いからそれ早く開けろよ。気になるじゃねーか」
「そうでした!」
「余計な事言うんじゃねーよ! クソマス!」
「あ!?」
「あ!?」
二人は放っておこう。そうしよう。
箱を手に取ってみる。まるで小さな宝箱みたい。箱に宝石みたいなのがついてるんだけど、これ箱がもう凄く高いんじゃない? 財布は高級なのに中身が入ってない人とか心当たりがあるけど、商会長のハルファナスさんは違うだろうね。
箱は黄金色の南京錠て封がされている。どうやって開けるんだろうかと触ってみたら、南京錠が光の粒子になって消えてしまった。
僕は当然びっくりしたが、ベスちゃんもキジャさんもびっくりしたようだ。
「その南京錠、めちゃくちゃ高価なやつじゃねーか!!」
「絶対にアークにしか渡さないって思いを感じるよ。ちょっと離れなきゃ危険かも⋯⋯」
「そうだな⋯⋯」
「ええ!? 大丈夫なんですか?」
「大丈夫さ。私はちょっと離れる」
「俺も」
なんか二人の反応がめっちゃ怖いです。本当に大丈夫なの!?
でも南京錠無くなっちゃったし、放置も出来ないから開けるしかないよね。
慎重に箱を持ち上げて、左手の親指で少し押し開いた。また光ったと思ったら、今度は箱が極小の光の粒子に変わる。
その粒子は僕の左手の親指に絡みつき、綺麗なリングの形になった。どうなるのかと見守っていると、その粒子は親指に染み込んで行き黒い刻印のようなものになる。
呪い!? って思ったけど、痛みは無いし、体に変化も無い。
あれ? これでおしまい?
複雑な模様の刻印を擦る。肌にくっついているので、どうやら外せないようだ。やっぱり呪い? 呪いなの?
「こりゃあ⋯⋯マジかよ⋯⋯」
「刻印タイプのアーティファクトか⋯⋯」
「??? これ、取れないんですけど?」
「ベスはわかるか?」
「親指に巻き付くような二頭のウロボロスの刻印か⋯⋯これがメビウスの輪のように捻れている⋯⋯多分アレだな。商人らしい最高のプレゼントねぇ⋯⋯はっはっはっはっは!」
「おい! わかったなら教えろよ!」
キジャさんはこれが何か知らないみたい。ベスちゃんは一人で笑ってる。
良い物なのか悪い物なのかわからない。ウロボロスってなんだろう?
「ベスちゃん! 教えてよ〜」
笑っているベスちゃんの服を掴んで、ゆっさゆっさと揺さぶってみる。
「はっはっはっはっは! ごめんよアーク。それはな、多分無限大に広がる亜空間とを繋ぐアーティファクトだ。二匹のウロボロスがメビウスの輪のような形で刻印されている。私の見立てが間違いじゃなければ、無限収納のスキルが使えるようになるとんでもない代物だよ。難度Sの恐ろしい迷宮でも中々見つからんだろうな。多分、世界に三つも無い物だ」
無限収納? 確か空間魔法に収納の魔法がある。だけど無限に収納出来るような魔法では無かったはずだ。そんなの時空間魔法にも無かったと思うんだよ。
「無限って、時空間魔法より凄い!」
「なに? アーク! アークは何処で時空間魔法を知ったのだ!? それは人間には失伝している筈だぞ?」
「え⋯⋯」
み、ミスった!? 問い詰められたら僕のユニークスキルがバレちゃうかも! でもベスちゃん嘘はつきたくないもの⋯⋯失伝してるなんて知らないよお!! 確かに最上級の空間魔法より上の神級魔法だから、使える人がいなかったのかもしれないけど。
どうしよう。
「アークはあれだよ。ガルフリー家の使用人の子供だ。書斎に入ったことでもあるんじゃねぇか?」
「ああ、あの古い家な。確かに可能性はあるか⋯⋯だがアーク。それは無闇に言うんじゃないぞ? その魔法はあるSランク冒険者が血眼になって探している物だ。気まぐれで殺されてはかなわん⋯⋯そしたら私は、アークの仇すら撃ってやれない。今後絶対に口にするな」
真剣な言葉だった⋯⋯胸が苦しくなる程に想いが伝わってきた。ユニークスキルがバレそうな危機に焦っていたけど、窮地を脱した安堵すら吹き飛ばすほどにベスちゃんが真剣な顔だったのだ。
「⋯⋯うん、わかった」
「良い子だ」
ベスちゃんが僕の頭に手を置いた。本当に心配してくれているのがわかって、僕は撫でられるにまかせる。
そのSランク冒険者さんは何者なのだろう? 駄目⋯⋯深入りしちゃいけない気がする。
ベスちゃんっていい加減そうに見えるけど、とっても暖かい人なんだなー。
いい加減そうに見えるけど。(大事なので二回)




