過去の人々
暫く見つめ合っていたけれど、ひんやりした何かに視界を塞がれました。
「あまり見るものじゃない」
僕はビビの手に目を塞がれていたみたい。手が退けられると、勇者様はどこかへ消えてしまっていた。
少し眉根を寄せるビビに、僕は少し首を傾げる。
「良かった⋯⋯本当に良かった。わたしゃ死んだって構わないが、あんた達が無事で良かった⋯⋯」
「ミズリさんが死んだら僕は悲しいよ? 長生きして欲しいな」
「長生き⋯⋯ねぇ。それだけなら自信があるさね⋯⋯これでも七十年以上生きてるからね」
「僕が十倍生きても届かないね」
ミズリさんがにっこりと笑う。本当に心配してくれているんだと思うよ。
それから約一時間後、無事に入場の手続きが完了しました。皆は冒険者ギルドと商業ギルドに用があるらしいので、一旦別行動をする事になった。
「用が済んだらここに戻ってくるさね。また後でね」
ミズリさん達を見送って、僕とビビは情報収集を始める事にした。とりあえず歩きながら街の中を見て回るかな。
「勇者様の戦闘、初めてみたね」
「そうだな。あの武器はなんだったのか」
「見た事ない武器だった⋯⋯兵士さんが使う銃剣に似てたけど、砲身がいっぱいだったね」
「威力も桁違いだったな。一瞬でAランクの魔物が狩られていた」
本当に凄かったね。僕も精霊の力を使えば、きっとAランクの魔物くらい楽に倒せるとは思う。ただ僕の場合は、規模が大きくて使いずらい。
「真子ちゃんはどうして僕達に会いに来ないのかな? 僕達だって直ぐに気がついたのに」
「本当に真子なのかもわからん。ここは作られた空間なんだろう?」
「多分⋯⋯」
一度真子ちゃんに会いたいと思ったんだけど、真子ちゃんの気配はどうやらお城の中なんだよね。
「真子ちゃんに会いたいって言って会えると思う?」
「城に行ってか? それは難しいだろうな」
そうだよね⋯⋯やっぱり難しいよね。
携帯通信魔導具を取り出して、真子ちゃんに繋ごうと試してみる。やっぱりと言うべきか、魔導具が反応すらしてくれないみたい。
今は真子ちゃんに会うのは諦めるしかないね。
「アーク⋯⋯」
「ん?」
ビビが壁の貼り紙を見ているみたい。
「えーっと、兵士募集?」
「そこじゃない。その下だ⋯⋯魔族との大きな争いがあったのは知っているだろ?」
「うん。ベスちゃんが生まれるよりも昔のお話しだよね」
「その昔の時代に私達はいるのかもしれない⋯⋯」
ビビが指で示した所を見ると、デナートロス建国歴三百二年十月一日と記されていた。
「デナートロス建国歴?」
「デナートロスはな、約六百五十年続いた王国だと言われているんだ。という事は、ここは⋯⋯」
六百五十年? でもこの貼り紙には三百二年って⋯⋯まさか、
「三百年以上も昔の⋯⋯」
昔の時代に今いる事になる? そんな⋯⋯じゃあミズリさん達は過去の人達なんだ。
僕はもうあの人達が好きになってたんだよ。現実に戻れば、もう会う事は出来ない⋯⋯そう思ったら、胸がキュッと締め付けられる。
良く考えてみれば、最初からわかっていた事だ。この世界を離れる時は、全部とお別れしなくちゃいけないんだよ⋯⋯
嫌だなぁ⋯⋯ミズリさん⋯⋯おばあちゃんみたいで好きなのに⋯⋯
僕にはおばあちゃんはいない。父様と母様の両親は、若くして亡くなっているって聞いているんだ。
「アーク⋯⋯私がおばあちゃんしようか?」
「そういう問題じゃ⋯⋯」
「わかっているさ」
ビビが頭を撫でて慰めてくれる。我慢しよう⋯⋯僕は男なんだから!
「ん、お菓子を食べれば大丈夫だから」
「ならお菓子を買いに行こうな」
優しく微笑むビビ。ちょっとビビがいつもより可愛く見える? 僕もビビを撫で返してあげた。
元気だそう! 一緒に手を繋いで、情報収集を再開しました。
真子ちゃんって今何歳なんだろう⋯⋯それがちょっと気になっちゃうね。
「この時代で、ヴィシュラリア王国のお金は使えると思う?」
「どうだろう⋯⋯どこかで何かを売って、金を作った方が良いんじゃないか?」
「んー⋯⋯そうだね。じゃあ冒険者ギルドへ行こっか」
*
冒険者ギルドへ到着すると、買い取りカウンターを探して歩く。中には強そうな見た目の人が沢山いるね。
実際、ドラグスの冒険者さん達より強いかも⋯⋯Cランクくらい実力がありそうな人も結構いるみたい。
「止まれ、そこの子供。何しに来やがった?」
声のする方を見ると、隻眼の強そうな髪の少ないおじさんがいた。使い込まれた黒い革鎧に、浅黒い肌、きっとこの人は強いんだろうね。
「子供の遊び場じゃねーんだぞ」
「素材を売りに来たのですが」
「素材?」
その人は、僕を見てからビビを見る。普通に素材を売りに来ただけなんだけど、この人は僕達に何の用があるんだろう。
「⋯⋯今は冒険者ギルドもピリピリしてんだ。だから子供が中に入るのは感心しねえな⋯⋯まあ良い、着いて来い」
「ありがとうございます!」
なるほど、僕達が冒険者さん達から絡まれないように、この人は心配して来てくれたんだね。どうやら案内してくれるみたいだよ。
建物の中は結構広い。デナートロスの王都だから、僕が見た冒険者ギルドの中でも一番かもしれない。
イグラムも大きかったけど、デナートロスはまた違うね。
「おい、子供が素材を売りてーんだとよ」
「え? 子供が素材?」
受け付けのお姉さんが僕達の顔を見る。やっぱりどこのギルドでも、受け付けのお姉さんは綺麗な人なんだね。
「こんにちは。アークと言います」
「ビビ⋯⋯にゃん」
「素材って、何を持ってきたのかな? 何も持ってないように見えるけど?」
んー⋯⋯どうしようかな。買い取りカウンターは結構広いけど、いきなり取り出したらびっくりしちゃうよね。
大金を手にする必要は無いから、ヘイズスパイダーを一匹出せば良いと思うんだけど。
ポケットに手を入れて、収納袋から取り出すみたいにしてみた。
「ぎゃー!! な、何この魔物!?」
「なんだこいつは!」
受け付けのお姉さんも、黒い革鎧のおじさんもびっくりしている。スペースギリギリのサイズで取り出したんだけど、四メートルのやつはちょっと大き過ぎたかな?
でも食料品や服を買わなきゃいけないから、少し余裕をもって稼ぎたかったんだ。
お菓子も沢山買いたいな。ビビだってチキンが沢山欲しいよね。
「これはヘイズスパイダーの子供ですよ?」
「これで子供だと?」
「はい。硬くて強くて素早いのです」
ギルドの中がどよめき始める。やっぱり珍しいのかも。僕がいた時代でも、資料が殆ど無いって話だったもの。
僕が出した蜘蛛を近くで見ようと、冒険者さん達が集まり始めた。僕の持ってきた素材なのに、勝手に触ったり剣で叩いてみたりしている。
「刃が通らねえぞ!」
「なんて強度だ⋯⋯腹も硬い」
あわわ⋯⋯どうしよう⋯⋯買い取り前なのに、傷はつけないで欲しいです。
「静かにせんか!」
あまりにも騒がしくなってしまったので、上の階から誰かが下りてきたよ。
真っ白な髪で、緑色のローブを身に纏ったお兄さんだった。耳が長く、直ぐにエルフだと言う事がわかる。その顔には焦りのようなものが浮かんでいた。
その人は僕の目の前まで来ると、いきなり深く頭を下げてくる。
「お騒がせしてすみませんでした! 宜しければ、応接室に来ていただけませんか?」
「応接室ですか?」
「はい。是非とも上でお話しを⋯⋯どうかお願い致します」
何でこの人は僕に頭を下げるの?
気がつけば、エルフのお兄さんの顔が汗まみれになっている。何だかわからないけど、とても焦っているのだけはわかった。
「頭を上げて下さい」
この人は初対面な筈だけど、僕の何かを知っているのかな?
「わかりました。応接室へ伺いたいと思います」
「ありがとうございます!」




