紅の勇者様
デナートロスの街は、頑丈そうな高い壁に囲まれている。その城壁の上では、フル装備の兵士さん達が巡回しているみたいだね。
なんだか少し様子がおかしいかも? 入場の順番待ちの列が、さっきから一向に進まないんだ。
「何かあったのかねぇ?」
ミズリさんが溜め息を吐いた。これからやらなきゃいけない事が沢山あるんだと思う。
ビビもどこか鋭い目付きになっているね。チキンサンド美味しかった?
「俺、ちょっと見てくるよ」
冒険者のペッパーさんが、軽い動作で馬車から降りる。ミズリさんは穴あきチーズとハムを取り出して、薄めたワインを皆に配った。
「お前さん達にはジュースがあるよ」
「ありがとうございます」
馬車の中の小さなパーティーだね。小腹が空いてたから丁度いいな。
スライスされた穴あきチーズを、弾力のある柔らかいハムに包んだ。食べた事がないお肉かも?
「いただきます」
ワクワクしながらまずは一口。
「⋯⋯っ!!!」
なに⋯⋯これ! ハムなのに伸びる!
「ひょっひょっひょ。モッチモチ豚のハムは初めてかい? このデナートロスでしか売ってないハムなんさね」
「もむむ。もっもっも!」
本当に凄い⋯⋯噛む度に幸せが溢れてくるみたいだよ。それがチーズと合わさって、濃厚な旨味が溢れ出しているんだ。
「美味しいです」
「街の肉屋で見てくると良いさね。昔は幸運鳥の卵が名産品だったんだけど、今では手に入らないらしいからね」
ミズリさんが肩を落とした。よっぽど好きだったのかな?
知らない物を食べるって言うのは、旅の醍醐味だと思うんだ。
「ちょっと残念ですね。幸運鳥とか見てみたかったな」
「頭の良い鳥らしくてね、無理に捕まえると卵を産まなくなるとか聞くね」
そんな話しをしながら、気がつけばお昼もとっくに回っていたよ。帰ってきたペッパーさんは、馬車の中の残り香を敏感に察知する。
「外の様子はどうだったんだ? ペッパー」
「レイジ⋯⋯その前にこの匂いはいったいなに──」
「待ちくたびれちまったぜ⋯⋯なあ皆」
「いや、だから何か美味そうな匂い──」
「腹減ったなぁ⋯⋯ペッパー。今は食べ物の話はよしてくれ」
「そうか⋯⋯そういう感じ何だな? デール」
ちょっと気まずいな⋯⋯僕も食べちゃったしね。
その時、巨大な魔力が近づいて来てる事に気がついた。
「な、何だこれは⋯⋯」
魔法使いのレイジさんも気がついたらしい。
僕とビビは、馬車の外へ飛び出して警戒する⋯⋯この魔力の大きさは、Aランク並の魔物かもしれないよ?
どよめきがどんどん大きくなる。僕達と同じように、魔力を感知出来る人がいるんだね。
「何かおかしいさね! アーク、ビビ、中へお入り!」
「魔物が近づいて来ています。多分Aランクの魔物かと」
「Aランク!? そんな化け物が⋯⋯嘘だろう⋯⋯」
嘘だったら良いのに⋯⋯僕だってAランクの魔物とは戦闘経験が無いんだ。それもこんなに人がいる場所で、守りながら戦わなきゃいけないなんて⋯⋯
『聞け! 城壁の中へ退避せよ! 入場手続きは後回しだ!』
城壁の上から、少し偉そうな鎧の兵士さんが叫ぶ。魔物が近づいてきているから、人命を優先したんだね。
「私達はどうする? アーク」
「勿論たたか──わ!」
戦うと言おうと思ったら、馬車の中から伸びてきた手に掴まれた。一瞬ミズリさんかと思ったけど、ドノゴンさんに僕達は引き上げられたみたい。
「早く行くぞ! デール!」
「おうよ!」
デールさんが馬に鞭を振るうと、嘶きと共に馬車が走り出す。
「馬鹿な事はするんじゃないよ! わたしゃ子供が死ぬのは一番見たくないさね」
涙目のミズリさんに抱きしめられる。僕は負けないから大丈夫って言おうかと思ったけど、その顔を見たら何も言えなくなっちゃったんだ。
「心配すんな! この国には勇者様がいる!」
「その通り! きっと今に出てくるさ!」
ドノゴンさんとデールさんがそう言った。
勇者様が何とかしてくれる。それはわかるんだけど、被害が減らせるなら手を出したくなるんだよね。
列に並んでた人が収容されると、分厚い鉄格子が降りる。さらにその上から分厚い扉で閉ざされた。
大丈夫かな? 心配だよ⋯⋯あんな扉なんて、Aランクの魔物には意味が無いよ。
「ビビ⋯⋯」
「もしもの時は⋯⋯だな⋯⋯にゃん」
ミズリさんの背中を撫でる。抱きしめてくれるこの人を、僕は置いて行けそうもないや。
魔力の反応がどんどん大きくなっていった。何があったとしても、僕はこの人達を助けたいな。
「クソ! アークデーモンだ!」
「砲撃開始!!」
城門の上から、沢山の魔法の光が見える。魔導具による砲撃なのかも? 耳を劈ぐような轟音と、激しい振動が伝わってきた。
それで不安が増したのか、ミズリさんの抱きしめてくる腕にも力が入る。
「ミズリさん、大丈夫。僕達はここにいるよ」
とは言ったものの、魔物が何かを始めたみたい。いざとなれば助けに行かなきゃ、この国の兵士さん達が死んじゃうよ。
閉じた城門の上に、黒い塊が浮かんでいた。あれを放たれたら被害が凄い事になりそうだ。
僕なら何とか出来るんだよ。やらない訳にはいかないんだ。
唇をギュッと噛み締める。ミズリさんの腕から抜け出そうと思った時、空から赤い何かが連射された。
──バルルルルルルル⋯⋯
赤い光は空を駆け抜けて、黒い闇の魔球を討ち滅ぼす。
「勇者様!」
「勇者様だぞ!」
「助かったぁ」
兵士さん達は安堵の顔を浮かべている。空には一人の少女が重力魔法で飛んでいるみたい。
赤く長い髪は濡れていて、バスタオル一枚を体に巻き付けていた。少女の右腕には、見た事も無い銀色の筒が握られているよ。
あの人が勇者様なのかな?
常識外れの強さだと思った。あの人が出てきて間も無く、外の魔物は倒されたみたい。
じっと見つめていたら、勇者様が僕の方へ顔を向けた。
え?
ちょっと遅くなっちゃいました。
沢山読んで下さりありがとうございます(´;ω;`)




