ビビの笑顔
夕焼けに染まる空が、フードの影を色濃くしている⋯⋯目から下しか見てないけど、血を吸う時のビビのような牙が見えた。
あの人は何で攻撃してきたのかな? 僕達ちだったから良かったけど、普通の一般人なら死んでるよ⋯⋯
ビビが僕の前に一歩出て、赤いレイピアを光らせる。そう言えば僕は丸腰でした。収納から何か出しておこう。
「ありがとうビビ」
「アークには指一本触れさせんぞ」
鎌の人の目的は何? 父様のナイフを取り出して、逆手に持って構える。少し腰を落として、何をされても対応出来るようにした。
「くひひ⋯⋯」
不気味な笑いを浮かべながら、どんどん距離を詰めてくる。お互いが安全だと想定するギリギリのラインで、鎌を持つ人が足を止めた。
「貴女は何ですか? 黒狐様と関係が?」
「勿論あるよぉ〜。事情は喋れはしないけど〜。我の名は“首狩り一号機”。この世の悪を倒すため! 人々の笑顔を守るため! 愛とか正義とか良くわからないけど、そんな事を叫ぶ人を狩るのが役目なんだ」
大袈裟な身振り手振りで語ったけど、結局悪い人なんじゃん。
「と言うのも初めてなんだ。生まれて二時間のベイビーだから」
「え?」
ベイビー? この人は僕の年下なの?
「さあ戦おう!」
「え? ちょっと待って! 僕達に戦う理由なんて無いよね?」
鎌を投げられたけど、だからと言って戦う必要は無いと思ったんだ。一応話も出来るみたいだし、警戒は解かないけど距離は保てている。
「アーク⋯⋯あまり気を許すな」
「うん、わかってる」
まずはどうしたらいいんだろう。黒狐様に、僕は何を試されているのかな?
「あーあーやだねぇ。戦う理由? つまんねーの。かったりーよそんなの。阿呆なの馬鹿なの死ねばいいのに。そんなのはどうでもいいんだよ綺麗子ちゃんが! ⋯⋯そうだな。理由が欲しいなら作ってやるさ!! ひへぇへぇ⋯⋯けひひひ」
さっきよりも不気味な笑い方を見て、頭から冷水を被った気分になる。
狐フードの人が、手を握って親指を地面にくるりと向けた。
魔力の反応は無い⋯⋯でも危機感知スキルが明らかに異常を告げている。いったい何がどうなって⋯⋯
「アーク!!」
──ドン⋯⋯
ビビの叫ぶ声が聞こえて、それと同時に僕は蹴り飛ばされた。
何故僕は蹴られたのか⋯⋯ビビと視線が交差した瞬間、優しい笑顔を見せられる。
どうして? 何が起こって──
──カッ!
ビビの体が、白い閃光に包まれた。目を開けている事も出来ない程の光が、天から雲を穿いて地上へ突き刺さった。
ビビはこれに気がついたんだ。だから僕を蹴り飛ばして⋯⋯
激しい熱風が身を焼いた。炎魔法に高い耐性のある僕が、痛いと感じる程の熱だった。
これはまずい!
「ビビ⋯⋯ビビー!!!」
全ての光が収まって、溶けた地面から白煙が立ち昇る。何かの余波と思われる青い稲妻が、暴れ狂うように地面を這い回った。
「うぅ⋯⋯び、ビビ!」
そこには大きな穴が開いている。こんな強い威力のある攻撃に、僕は寸前まで気がつく事が出来なかった。
確かに魔力の反応は無かったよ!? どうしてこんな!!
「ビビ⋯⋯どこ? ビビー!」
ビビの姿が無い⋯⋯どこに行ったの? ビビがいない⋯⋯気配も無い⋯⋯どうして? ビビ⋯⋯
「戦う理由を作ってやった! 褒めて褒めて〜! ひっひっひっひ⋯⋯ひひゃひゃひゃひゃ」
それは雑音でしか無かった。全ての意識を総動員して、ビビの姿を探し回る。
いない⋯⋯いないいないいない⋯⋯ビビ⋯⋯どこ? どこなの?
「なあ? いつまでそうしてるんだ? おーい!」
ビビがいないんだ⋯⋯ずっと一緒にいてくれたビビがいないんだ⋯⋯
どうして? 何でいないの?
煮えたぎるマグマとなった地面に手を突き入れる。きっとこの中にビビはいる。
かき分けてかき分けて⋯⋯どこかにいる筈なんだから。
「死んだんだよ! ほら、最高の理由だろ? ひひゃひゃひゃひゃ」
意味がわからないよ⋯⋯ビビ⋯⋯どこにいるの? 見つからない!
「なんだ? 泣いてんのか? 現実見ろよ。死んだんだよそいつは」
「⋯⋯」
死ぬわけ無いよ。ビビだもん⋯⋯やっと、やっと心を開いてきてくれてたんだ。
ビビはいなくなったりしないんだ⋯⋯これから一緒に夕飯を食べるんだから。
「ビビ? ねえビビ⋯⋯ビビ⋯⋯」
「くだらない⋯⋯試すもなにも腑抜けだこりゃ」
「黙って⋯⋯」
雑音がうるさい⋯⋯ビビが見つからないよ?
ビビ⋯⋯温泉で言ってたよね? 行きたい所があるんでしょ? ビビの行きたい所、僕も行ってみたい。ビビがいなきゃ、その場所がわからないよ⋯⋯
「あーもういいよ⋯⋯終わり終わり〜」
狐フードの人が、僕の背中目掛けて大鎌を投げてくる。本当に、今は放っておいて欲しい⋯⋯
何で? 何でなんでナンデ? なんでビビはいないの?
心の奥底から、黒い感情が溢れてくる。黙ってって言ったのに⋯⋯
「邪魔をするなよ」
どこから出たのかわからない声だった。それはとても平坦で、不吉なものを孕んでいた。
自分の感情がコントロール出来ない⋯⋯どうしてこんなに苛立つんだ?
ビビが⋯⋯いないんだ⋯⋯
飛んできた大鎌に手を伸ばし、回転に合わせて指で止める。勢いを止められた大鎌は、青い炎に巻かれて溶けていく。
「止めたぁ!? な⋯⋯ななななんだよ急に!? 大事な鎌が!!」
「大事な⋯⋯鎌?」
何を取り乱しているんだ⋯⋯鎌なんてどうでもいい⋯⋯今僕は、この人を許せそうもない⋯⋯
『イフリート』
『アーク? どうした?』
『“使う”よ?』
『⋯⋯わかった』
次話を⋯⋯次話を待つのじゃ(ृ ु ´灬`)ु




