神獣黒狐様とロボ子ちゃん
竹林から伸びる細長い影を、何となく踏まないように歩いていく。ずっと下を見てたから、リーゼちゃんの背中に突っ込んじゃった。ごめんね?
リーゼちゃんに案内された場所には、瓦屋根の大きい建物があった。入口は横にスライドさせるタイプの扉で、開けるとガラガラと音が鳴る。
「ここにはとても偉い方がいるのよ」
「偉い方?」
「そう。アークちゃんなら大丈夫だと思うけど、呉々も粗相はしないようにね」
「わかりました。でも緊張しちゃいます⋯⋯」
またこういうパターンなの? 抜き打ちの謁見とか、そういうの心臓に悪いんだけど⋯⋯泣きそう。
偉い方って、イフリンよりも偉いって事? 人間の王様よりも、イフリンの方が権力あると思うんだ。そんなイフリンよりも偉いんじゃ、父様や母様に近い人かもしれない⋯⋯ゴクリ。
中に入ると、大きな木彫りの熊が御出迎えしてくれました。温泉の場所と同じで、靴を脱いで上がるみたいだね。
リーゼちゃんの後を歩きながら、素朴な造りの建物に安らぎを感じる。
縁側からは庭が一望出来て、地面には渦潮のような模様が描かれていた。
何だかわからないけど凄い⋯⋯小さな砂利石? それで水の流れのように描いてるんだね。
華やかな香りのする方を見れば、キンモクセイの花が咲いていた。
「こっちよアークちゃん」
「はい、すいません」
「ふふ。綺麗よね」
いけない。目移りするのは後にしよう。リーゼちゃんに笑われちゃったよ。
長い長い縁側を進み、リーゼちゃんがある場所で立ち止まり膝を着く。
「御使い様。アークを連れて参りました」
「入りなさい」
薄い紙の扉から、男の人の声が返ってくる。それまで気配が感じれなかった事に、僕はかなり動揺してしまった。
とてつもなく変な気配⋯⋯これは生物なの?
ビビもびっくりしているみたいだね⋯⋯異質としか言いようがないよ。
「失礼します」
「し、失礼します」
「⋯⋯ます」
リーゼちゃんが紙の扉をスライドさせると、若草色の畳が見えた。その部屋の奥には、白装束を着た男性が座布団の上で正座をしている。
黒い髪に黒い狐の耳。一見獣人さんに見えるけど、中身は見た目とは違うものなのかもしれない⋯⋯そんな風に思った。
部屋の中はとても広くて、掛け軸に刀が飾られている。座布団が三枚横並びにされていて、リーゼちゃんが右、ビビが左、僕が真ん中に座る事になったんだ。
「君がアークだね」
「はい。ドラグスのBランク冒険者をやらせていただいております」
「そうかい。こっちがビビかな?」
「はい」
「ふむ。悪くないな⋯⋯私は黒狐だ。かつては神獣と呼ばれていたが、今はこの通り隠居生活をさせてもらっている。宜しく頼むよ」
朗らかに笑う黒狐様。黒狐って名前なのかな? 神獣ってどれくらい凄いのかわからないな。イフリンと父様の間くらいなのかな?
「本当に面白い子だね。イフリートが気にかける人間か⋯⋯今は半分が精霊の体となり、日々成長を続けていると」
僕が面白い? イフリンとは仲良くなったよね。成長はもっともっとしたいよ。
「失礼します」
「入りたまえ」
部屋に一人の女の人が入ってきた。十六歳くらいに見えるんだけど、この人は気配が薄い? 良くわからないです⋯⋯
「彼女はヒューマノイドなんだ」
「ヒューマノイド?」
「ああ、知らないよね。ロボットはわかるかい?」
「すいません。わかりません」
「まあそうか⋯⋯ロボットじゃわからないよな。人の手で作られた生物だと思ってくれたらいいよ」
そのヒューマノイドさんが、お菓子とお茶を持ってきてくれたらしい。
生き物を人の手で作るって凄いよね。それって神様みたいだ⋯⋯僕には想像もつかないや。赤ちゃんとは違うのかな?
黒く長い髪の毛に、赤い袴姿が良く似合っていた。音もなく歩き、僕達の前にお茶菓子を置いていく。
「食べてから話を聞いてもらおうか」
桃色の綺麗な和菓子と、おはぎが一個ずつお皿に乗っている。緑色のお茶の香りが新鮮だった。
「どうぞ。お召し上がりください」
「ありがとうございます。えーと、」
「私の名前は栞です」
「ありがとうございます。栞様」
「あら、私に様なんてつける必要はありませんよ。私はただの雑用巫女ヒューマノイドになりますから」
雑用巫女ヒューマノイド? 何かの役目みたいなものなのかな?
「じゃあ栞さんって呼びますね」
「お好きなようにお呼び下さいませ。お茶が冷めないうちにどうぞ」
勧められた通りにお茶を飲んでみると、苦くて渋い味がしました。紅茶とはまた違うみたい⋯⋯苦手かなと思ったけれど、お茶菓子と合わせたら美味しかったよ。
「今、この精霊界には魔族が入り込んでいるんだ。それは知っているね?」
「はい。後ヴァンパイアロードがいるって聞きました」
「うん。その二人の狙いは、多分ここにある精霊界の要を狙っての事だと思うんだ」
「要ですか?」
魔族の目的がこの場所にあるのなら、ヘイズスパイダーは陽動に使われていたのかも? でも陽動にしては規模が大き過ぎるかもしれない。
理由はわからないけど、精霊さんを沢山倒す必要があったとか? 考え過ぎだろうか?
「その説明をする前に、アークには栞の相手をしてもらいたい。君の力を私に見せてくれないかい?」
「僕の⋯⋯力ですか?」
えと⋯⋯つまり、栞さんと戦えって事ですか?




