ビビの悩みとお願いとふにふにと
ビビの言葉が詰まり、少しの間見つめ合った。滝の打ち付ける水音と、ベスちゃんとアクセイラがもつれ合う音が良く響いている。
「や、やめ! あ、ああ〜」
「私は負けない! さあ酒を呑め! 巨乳の秘密を喋ってもらう!」
「そんなの無いっすよー」
あの二人、まだやってたんだ⋯⋯
ビビは急に改まってどうしたんだろう? 何の話なのかわからないけど、これはビビにとって大事な事なんだと思うんだ。それなら僕にとっても大事な事。ちゃんと話を聞きたいと思います。
細い腕が伸びてくると、僕はビビに抱き寄せられる。何秒間かそうしてから、体を反対向きに回された。
多分ビビは顔が見られたく無かったのかもしれないね。僕は膝の上に乗せられて、体が腕で固定される。
「私は一人が嫌だったんだ」
「うん」
唐突に始まった話に、僕は相槌を打った。
「いつ生まれたのかもわからない。アンデッド系の魔物は、殆どが似たようなものだろう⋯⋯記憶も何も無いままに、気がつけば森の中に立っていたんだ」
ビビが自分の過去を話す事は少ない。進化の説明で少し聞いているけれど、ちゃんと聞くのはこれが初めてになる。
「初めて見た人間を、私は血を吸って殺した。次も次も次も⋯⋯その頃の記憶は曖昧になっているんだ⋯⋯償うにはどうしたらいいんだろうな⋯⋯」
ビビを擁護するならば、それは仕方なかったと考えるべきなんだ。でも被害者からすれば、到底納得出来るものでは無いよね。残された家族がいれば、ビビを殺したいと思うに決まっている⋯⋯
「その頃のビビは、生きるために本能でそうしてきたんでしょ? 僕からすれば、野鳥や野ウサギを狩るのと同じ事だったんだ。償うと言うのなら、糧になってくれた事に感謝をして、自分の命を大事にする事じゃないかな?」
「アークは本当にそれで良いと思うか?」
「死んだら無駄になっちゃうでしょ? その人達の分まで生きたら良いと思う」
「そうか⋯⋯無駄にしない事が償いになるんだな⋯⋯」
「そうする事以外に、僕は償う方法を知らない。毎日神様にお祈りして、食べる命に感謝をするんだよ? 食事の前にいつもやってるでしょ?」
「そう言えばそうだったな」
ビビの表情は見えないけど、少しは楽になってくれたかな? 体に回されたビビの腕を、そっと片手で撫でてあげた。
罪も無い人を殺めてしまったのなら、ビビは良心の呵責に苦しんできたと思う。
例えばもし僕がウサギになって、沢山のウサギの友達が出来たとしよう。それで過去にウサギ達の友達や親を、殺して食べていたらとても落ち込むよね⋯⋯
あ、そうか⋯⋯そういう事なんだ。
「ビビの悩みって、人間になったから生まれたんだね」
「どういう事だ? 私は魔物だぞ?」
「心が人間になったって事だよ。だから辛いんだ」
僕の言いたい事が伝わったかな?
「そう⋯⋯だったのか⋯⋯私は⋯⋯人間か⋯⋯」
抱きしめる力が強くなったね。一般の人なら軽く死んじゃうくらいに力が入ってるかも⋯⋯
「化け物じゃないのか?」
「うん」
「そうか⋯⋯ありがとうアーク⋯⋯」
もしかして泣いてる? ビビの声がくぐもっていて、何とか絞り出したように感じる。
お酒のお陰かもしれないね。普段閉ざしていたものが、ちょっとずつ溢れ出しているみたい。
「アーク、人間の世界に戻ったら、一箇所行きたいところがある」
「うん。良いよ」
「ありがとう。ちょっと遠いんだけど⋯⋯」
「急ぎの用事?」
「いや、色々落ち着いてからで大丈夫」
ふむふむ⋯⋯ちょっと遠い場所ね。Aランク冒険者になれば、国境とかも気にせずに移動出来る。キジャさんがそんな事言ってた気がするなぁ。
もし他国へ行くのなら、色々準備する必要があるかも。
「アークの独り占め反対だ! ビビ」
「む⋯⋯アイセア⋯⋯」
「本当にね。私達もお話に入らせてよ」
「リーゼ⋯⋯」
アイセアさんとリーゼちゃんが目の前に来たよ。僕は頭を撫でられたり、腕を引っ張られたり⋯⋯
「アークは私のだぞ? なあアーク」
「それなら私のでもあるわよ? ビビと契約してるもの」
「私はパパがアークと契約してるわ」
僕の意思は関係無く、アイセアさんとリーゼちゃんに抱っこされる。
別に嫌じゃないんだよ? 二人共ふにふにしてて柔らかい⋯⋯ベスちゃんの肋骨とはまた違うみたいだね。沢山ふにふにしよう。
「⋯⋯あれ? ボーネイト達がいないよ?」
「ここに来る途中で、青いノレンがあったでしょ?」
「うん。あったね」
「あっちが男組みね」
え? じゃあ僕は女の人用のお風呂に入ってるの?
「僕もそっちに行く!」
「駄目よ! やっとアークちゃんを抱ける順番が来たんだもん」
「男女で分かれてるって知らなかったの⋯⋯」
「別にアークちゃんなら気にしなくて大丈夫よ? 向こうにはマリーがいるからね」
マリーは女の子なのにあっちなんだ⋯⋯それじゃあ大丈夫? なのかな?
この後も沢山甘やかされたんだ。皆ふにふにしてて気持ちよかったよ。
沢山の泡で遊んだり、皆で体を洗い合ったりしたんだ。ベスちゃんに酔わされたアクセイラが、男風呂へ突撃して行ったらしい。
温泉を少しもらって温泉卵を作ったんだよ。浸かるお湯だと温度が足りなかったから、鍋に入れて弱火にかけたんだ。
少し体が冷えてきたら、また温泉に入ってまったりとする。
滝の飛沫が虹を作り、景色と合わさって綺麗だったよ。後であの滝も近くで見たいと思う。
でも流石に⋯⋯
「指がシワシワになっちゃった」
「私達はならないわね」
「私はなるぞ?」
僕とベスちゃんだけみたいだね。精霊さんやビビは、手がシワシワになったりはしないらしい。
温泉はとても楽しかったな。また一緒に遊びたいです。




