温泉とお酒
御寺の境内は雰囲気があるね。空気が清々しいような、そんな神聖さに満ちています。
白銀の巨大な龍が、鎌首を擡げて口を開く⋯⋯そんな動きを感じる銅像に、僕はお邪魔したくなったんだ。
「わ、わ、良い感じ! すっぽり!」
「何をやっている⋯⋯」
龍の口の中から顔を出してみる。あはは、ジャストフィットだよ! 丁度いい広さがとても安心する。
ビビは呆れている風を装っているけど、僕と交代したくて仕方ないんだと思う。(確信)
「ここは僕の場所だから!」
「誰も取らんわそんな場所」
「本当に?」
「⋯⋯」
本当かなー? あんまりここにいると、ここの口の子になりそうだから出よう。
シャニガルの体がポニーくらいまで小さくなり、建物の中へ入れるようにしたらしいね。精霊さんって体の自由度が凄いと思う。僕も頑張れば大きくなったり出来るのかな?
綺麗に切り揃えられた石畳が道となり、そこ以外には丸い小石が敷き詰められているよ。
丸くてつるつるした石を見つけたら、あの露店の精霊さん喜ぶかなー? 持って行ってあげたいけど、今日は団体行動だから諦めよう。
皆が皆キョロキョロと周りを見渡している。初めて来る場所だから、珍しい物ばっかりだよね。
カラフルな魚の泳ぐ池に、石の橋がかかっていた。落ち着いた雰囲気の中で、その素朴な様子が何よりも輝いて見える。
「良い場所だな」
「そうだね。とても落ち着くよ」
ビビはこの場所が気に入ったみたい。僕も良いなーと思うよ。
暫くそんな境内の中を歩くと、さっき空から見えた瓦屋根の建物が現れた。そこへ入るのかと思いきや、リーゼちゃんが右へ曲がってしまう。
建物を左手に見ながら進んで行くと、竹林に挟まれた道になった。風が吹き抜けるとサラサラとした音が奏でられて、耳に心地良く風情があった。
良いなーと思いながら歩いて行くと、板を繋ぎ合わせて作った掘っ建て小屋のような物が見える。
「着いたわ」
「え? ここ?」
リーゼちゃんがそのまま中へ入って行くので、戸惑いながらも着いて行く。
向こうは立派だったのに、目的地はグレードが下がっちゃうんだね。そんな風に思ったけれど、中はしっかりとした造りになっていた。
「中は土足厳禁なの。だからここで靴を脱いでね」
靴を脱がなきゃいけないらしく、図解で描かれた紙が壁に貼ってあった。
廊下をぺたぺたと歩く皆の足音が聞こえて来るね。シャニガルはゴツゴツいってる。
床が磨き上げられた板になっていて、滑らかな感触が伝わってきた。
長い廊下を歩いて行くと、途中に畳のある部屋とかもあったんだ。その部屋にも興味が湧いちゃうけど、リーゼちゃんは構わず進んで行く。
「どこまで行くの? リーゼちゃん」
「もう到着よ」
赤い垂れ幕のような物があり、その中には沢山の木で造られたカゴがあった。
あまり広くない部屋だね? 温泉はどこだろう?
「ここは脱衣場なの。カゴに脱いだ服を入れて、あっちに行くと温泉になっているわ」
「綺麗な景色の温泉なんですよね。楽しみです」
「はい、バンザイして」
言われた通りにバンザイをすると、リーゼちゃんが上着やシャツを脱がせてくれたよ。
軽く畳んでカゴに入れてくれて、ミト姉さんのように世話を焼いてくれる。
「ありがとうリーゼちゃん。先に温泉見てくるね!」
「うん。滑らないように気をつけてね」
僕はそんなに子供じゃないんだよ? 滑ってもどうにか出来るもんね。
ベスちゃんもパッと服を脱いだみたいで、僕より先に行こうとするので追い抜いた。
「あ」
「ふふ」
追い抜いたと思ったらまた追い抜かされる! 建物の中で走るのはマナー違反なので、頑張って早歩きで勝負をしたんだ。
べ、ベスちゃんが速すぎる! おしりが残像になってブレて見えるよ!?
デットヒートしたんだけど、結局僕は負けました⋯⋯ちょっと悔しい。
暗かった廊下を抜けた先に、飛び込んできたのは白い靄です。その先に待っていたのは⋯⋯
「「おお〜」」
赤い紅葉に熟れた柿の木、飛沫を上げる滝を背景に、大きな露天風呂があったんだ。
床はザラザラとした石に変わって、檜風呂と石で組んだお風呂がある。
「本当に綺麗だね。ベスちゃん」
「素晴らしい景色だな⋯⋯来て良かったなアーク。それとさっきの勝負は私の勝──」
「あーあーあーあー。聞こえない聞こえない」
「さっきは私のか──」
「あー聞こえない聞こえない! 聞こえない事に忙しいー!」
温泉の独特な匂いに、気分が高まって仕方ないよ。耳を押さえる僕の手を、ベスちゃんが外そうとしてくるんだ。
「アーク様。御背中をお流ししまっす」
「え? ありがとうアクセイラ」
アクセイラって胸が大きいと思う。歩く度にたゆんたゆんと揺れているんだよ。
僕とベスちゃんは、大きく揺れるその胸を見て、それから揺れないベスちゃんの胸を見て、またアクセイラの胸を見た。
ベスちゃんの表情が、長い時を戦い抜いた戦士のような顔になる。今のベスちゃん⋯⋯何かかっこいいな⋯⋯?
「な、何すか? あんまり見られると照れるっす」
「私は諦めない。いつかその理不尽を手に入れてみせる!」
「ちょ、やめるっすよ! あ、にゃははは⋯⋯」
ベスちゃんがアクセイラへ襲いかかり、床の上を転がっていく。何をやってるんだか⋯⋯
「助けて欲しいっすよ!」
「ごめんねアクセイラ。頑張って」
「そ、そんなぁ⋯⋯あぅぅ」
そこに飛び込むのはちょっとね⋯⋯僕が揉みくちゃにされそうだよ。
後ろから抱き上げられて、僕はその場から連れ去られた。ひんやりした体温と、きめ細かいスベスベとした柔らかい肌を感じるよ。
それだけでビビだとわかるよね。ただいつもと違うみたい。
「どうして大人の姿になったの?」
「酒を飲むからな。樽はあそこへ出そう」
「そっか。わかった」
小さなテーブルを出して、その上に樽を寝かせる。樽が転がったら危ないから、小さな角材を挟めば良いかな?
大きなテーブルも出すと、おつまみになりそうな物も出してあげた。
お酒を飲むのにどうしようかと思ったけど、ポーションの空き瓶に詰めれば良いよね。タライには少し氷を詰めて、お酒が温くならないようにしてあげよう。普通にグラスで飲めるように、テーブルにコップも並べておいた。
僕はお酒を飲まないから、タライの中身はケーキにしようかな。
寛げる準備を整えてから、ビビの背中を流してあげた。まずは岩風呂へ行こうと思います。
綺麗な景色と滝の音が、どこまでも心を落ち着けてくれるよね。本当に良い所だと思うよ。
「ビビ、お酒美味しい?」
「思ってたより美味しい。アークも飲んでみるか?」
「んー⋯⋯じゃあちょっとだけ?」
美味しいって言われたら興味が出るよね。
小さなグラスに注がれたお酒に、ビビが薬指の先をつけた。お酒で濡れたその指を、僕の口の前に持ってくる。
お酒の香りは涼やかだね。透明で少しだけ光ってるんだ。
ビビのお酒のついた薬指を咥え、お酒の味を確かめてみる。
「んー⋯⋯美味しいかわからない。でもこの精霊酒なら飲めるかもね」
「クセは無いと思うけど、無理して飲む必要も無いな。アークがゆっくり成長していくところを、私はずっと見ていたいんだよ」
「ビビとはずっと一緒だよ。父様や母様よりも、ビビといる時間の方が長いかもね」
ビビが少し戸惑ったような顔をする。どうしたんだろう? 何を考えているの?
「アーク⋯⋯私の話を聞いてくれないか?」
「え? うん⋯⋯」
その顔はお酒のせいか、ほんのりと赤くなっていた。それとはうらはらに、真剣な顔の一歩手前な感じなんだよね。
大事な話なのかもしれない⋯⋯僕はその雰囲気に呑まれてしまった。




