どんな温泉が待っているのだろう
*
三人称視点
アルフラにある高級レストラン“アロワナ”。そこで高そうな服に身を包んだ二人の冒険者が、昼間から値段の高い酒を飲んでいた。
一人は落ち着いた佇まいで、優雅に食事を楽しんでいる。もう片方は、顔を醜く歪めていた。
「巫山戯んなよあのクソ餓鬼が⋯⋯」
「⋯⋯言葉が汚いですよ。ジルクバーン・フォルティーニ」
その男はイライラを隠す様子も無く、出されたメインディッシュにフォークを振り下ろした。
この男達は、冒険者でありながら貴族でもある。多少騒いだとしても、店も周りも何も言えずにいた。
「うるせえよ。何でここに何日も滞在しなきゃならねぇ! 二、三日で立つ予定だったじゃねえか!」
「仕方無いでしょう⋯⋯銀閃が行方をくらませたとなれば、アルフラの冒険者には手に余る案件だ。話によれば、銀閃は礼儀正しく品行方正。だとすれば、何らかの事件に巻き込まれた可能性が高いと見える。評判通りの人間ならば、連絡もせずに街を離れる事も無いだろうしな。それに、ヘイズスパイダーに殺られた可能性もゼロではない⋯⋯」
ブローラード・ベルガルシア。ジルクバーン・フォルティーニ。アルフラの冒険者ギルドで、現在アークの捜索とヘイズスパイダーの討伐を任されている。
「あいつがあんな蜘蛛に殺られるかよ!」
「⋯⋯問題は子蜘蛛ではなく親蜘蛛だ。ヘイズスパイダーの親は、最低でもAランクとされている。討伐実績が無く、Aランクという情報すらあてにはならん」
その二人の険悪な雰囲気に、店内ではカトラリーの奏でる音だけが響いていた。
「何処へ消えやがったってんだ⋯⋯」
「不明ですね⋯⋯そもそも、銀閃を最後に見たのは私達だ」
「⋯⋯」
ジルクバーンは立ち上がり、未開封の酒瓶を左手の指に三本も挟みこんだ。
ブローラードに何も言わずに店を出て行くが、ブローラードもジルクバーンを止めようとはしない。
「ジルクバーンがそこまで気にする少年⋯⋯興味深い」
ブローラードは店員を呼び、新しい酒を注文した。
*
冒険者ギルドの魔導飛行艇が、胡散臭い貴族に絡まれていた。そこを通りがかったジルクバーンが、指先で捩じ伏せて鬱憤を晴らす。
「お、覚えてろよー!」
「知るかタコが!」
その間僅か一分の出来事。普段ならば見て見ぬふりをしていたが、憤りを覚えた自分に腹が立つ。
貴族とは愚民の上に立つ者だ。そういう教育を受けてきたジルクバーンは、今の自分が抱える感情の正体に気が付かない。
「すまねぇ⋯⋯助かった」
「⋯⋯」
魔導飛行艇の船長が、ジルクバーンに頭を下げる。
頭を下げた船長を見て、妙に心の中がザワザワしてしまうのだ。
(喋りかけんじゃねーよ⋯⋯)
ジルクバーンは船長を無視して、冒険者ギルドへと向かった。
〜冒険者ギルド〜
「おい」
「はい! 何でしょうか!」
「銀閃のアークの資料を寄越せ。あるだけ全ての情報だ」
「は、はいぃ!」
冒険者ギルドの受け付けで、ジルクバーンが受け付け嬢を脅すように迫る。
慌てて渡された資料をひっ掴むと、勝手に応接室へと入って行った。
やる事なす事全てが嵐のような人間だった。それがジルクバーン・フォルティーニ。
彼が色々な事に気がつき変わっていく事になるのは、まだまだ先の事になるだろう。
*
side アーク
ベスちゃんを遠くから見つけて、こっそり背後から抱きついてみたんだ。スキルをフル活用しちゃったけど、ここまでしなくちゃバレちゃうからね。
「あ、アーク!」
「僕の勝ち〜。ベスちゃんの負け! えへへ」
「不意打ちか! 幸せの不意打ちなのか!?」
「?」
何を言っているのかな? ベスちゃんはよく壊れちゃうからわからない。
「クオーネさんこんにちは」
「こんにちは。アーク様」
ニッコリと微笑むクオーネさん。この場所は公園になっているみたいで、実にゆったりとした時間が流れていた。
砂場で遊ぶ子供と、ベンチに座る若い男女がいる。
少し気になって聞いてみると、クオーネさんが向こうの世界から連れて来たらしい。
まだ家族を無くしたばかりの子供達で、少しも目が離せないんだとか。
「私に何が出来るかしら⋯⋯」
「何かをする必要は無いんじゃないかな?」
「どういう事?」
クオーネさんは、精霊と人間の違いに戸惑っているらしい。
「難しく考えなくて良いんだよ。クオーネさんが一緒にいてあげれば大丈夫」
「それだけで良いの?」
「うん! ね、ベスちゃん!」
「そうだなぁ。私もアークさえいてくれれば──」
「ビビ! あっちにブランコある! 行こ!」
「仕方ないな⋯⋯」
「ッ!!!」
ブランコって良いよね。行ったり来たりするだけなのに、何でこんなに楽しいのか。
ベスちゃん達を温泉に誘ったんだけど、クオーネさん達は残るらしいよ。ベスちゃんは着いてきてくれるって。
「じゃあお昼にお城の中庭でね」
「わかった!」
公園を離れ、時計塔にやって来ました。
マウンティスの精霊さん達が協力をしてくれているみたいで、急ピッチで建て直されている。
⋯⋯んー⋯⋯前よりかなり豪華な造りになりそうだなぁ。
時計塔には鐘が取り付けられるらしい⋯⋯それと展望台にもなるみたいで、完成予定の設計図が壁に貼られていた。
悲しい事はあったけど、今はそれを楽しみに変えている。そんな精霊さん達を見ていたら、少し嬉しい気分になってきたよ。
トラさんはいるかなー? 何をしているのかな?
精霊さんの数が多かったから、トラさんを探すのに苦労した。
「トラさーん」
「アークにゃ?」
また一人でいたみたいだね⋯⋯
トラさんを呼ぶと、顔を上げてこちらを見た。その手にはスコップがあり、雑草の処理をしていたらしい。
「ねえトラさん温泉行かない?」
「温泉にゃ? でも仕事がにゃ〜⋯⋯」
「それなら大丈夫! “クレイゴーレム”」
クレイゴーレムは土の魔法だ。使うの久しぶりだね。こういう単純作業にはピッタリだと思うんだ。
「んっっぱあ」
「んーっま!」
「んまうぅ!」
「んぱあ」
「まっま!」
「んまう?」
「こんにちは皆さん。この敷地内には、景観を乱そうとする悪い雑草がいるのです!」
「んま!?」
「ま゛!!」
「んギギッ!」
「まむう!!」
「皆さんの力を貸して下さい!」
「まむんまう!!」
「んまんま!!」
「んんんまーー!」
「ではよろしくお願い致します!」
《んーま!!》
「んまう?」
これで大丈夫。後はクレイゴーレム達に任せれば良いよね。
「オイラが行っても良いのかにゃ?」
「何で?」
「オイラがいると迷惑になるかもにゃ⋯⋯」
それは何でだろう? ただ温泉に行くだけなんだけどね。
トラさんは何か悩みを抱えているのかな? いつも一人でいる事に関係でもあるのかな? いつか僕に話して欲しいと思います。僕はトラさんの味方だからね。
「温泉に行くだけだから、迷惑になったりはしないよ? お昼にお城の中庭に集合してね」
「そうかにゃ⋯⋯? 温泉⋯⋯行くにゃ」
「うん! 待ってる!」
これで皆には声をかけれた筈。街の観光も楽しかったなぁ。
景色が綺麗な温泉楽しみです。どんな所なんだろう。
温泉卵が食べたいなぁ。




