イモムシビビを捕まえました
僕、温泉って入った事が無いんだ。話には聞いた事があるんだけど、初めて行く温泉が精霊界だなんてね。ちょっと思わなかったかも。
部屋に戻ると、顔を真っ赤にしたビビがベッドの上で丸まっていた。
まだ朝の事を気にしてるみたい。
「ビ〜ビ」
「⋯⋯」
返事が無い⋯⋯むむむ。
「ねービビったらー」
「ちょ、引っ張るな」
ビビが掛け布団を顔に押し当てていたので、引っ張ったら抵抗された。いやんいやんと転がるビビに、どうしたもんかなーと考える。
もう⋯⋯何がそんなに恥ずかしかったんだろう⋯⋯甘噛みなんていつもやってるじゃない。
仕方ないなぁ。朝食の匂いでビビを釣ろうかな。
部屋の中には豪華なテーブルと、簡素で小さい丸テーブルがある。二人だけで使うなら、小さいテーブルで十分なんだよね。
訓練した後だから、少しお腹が空いている。ボリュームがあって元気が出そうな物にしよう。
僕が食べるのは、チーズトマトリゾットとベーコン入りクラムチャウダー。それとアボカドサラダにしようかな。
出来立ての良い香りが部屋の中で充満する。
本当なら作りたいけど、精霊界には料理の文化が無いんだよね。だから屋台とかで買っておいた物を、こうしてテーブルに並べているだけなんだ。
朝食の匂いに釣られてか、ビビが毛布から片目を出している。良い調子良い調子。気が付かないフリして準備しちゃおう。
ビビの朝食には、チキン粥とオムレツかな。コンソメスープも出してあげよ。
「今日ね、イフリンが温泉にでも行って来いってさ」
「温泉⋯⋯?」
ふふ⋯⋯興味を示したみたいだね。
ビビがベッドの上で、ちょっとずつ体を動かしている。ちょっとイモムシみたいで面白かった。
僕に気づかれていないと思って、少しずつ距離を縮めているみたい。
「マウンティスで戦える精霊さんを、今日は班分けするらしいんだ。僕がいなくても大丈夫だから、温泉にでも入って来いって言ってたよ」
「そうか⋯⋯」
僕が背中を向けているので、とうとうベッドの縁まで来る。足を降ろすかどうするか、僕を見ながら迷っているね。
ビビにはバナナスムージーを、僕はアイスミルクティーにしようかな。
ベッドから遂に足を降ろし、自分の収納袋を取り出しているみたい。
「トラさんとベスちゃん、部隊の人も誘おうと思う」
「そうか⋯⋯」
!?
少しずつビビが回復してたのに、またベッドの中に戻ってしまった。
あ、あれれ? せっかくあそこまで出てたのにな⋯⋯何がいけなかったんだろう。
一回二回三回と転がって、ビビは向こう向きで停止した。
もう焦れったい!
「ビビー」
──バフン。
「やめ! やだ!」
実力行使するしかないもんね。
ベッドに飛び込んでビビを背後から捕まえた。そんなに抵抗は強くないから、本気で嫌がってはいないみたいだ。
「さ、朝食にしよ。ね? ビビ」
「⋯⋯わかった」
*
お城から出て街を歩いていると、怪しい露店を発見しました。これは絶対に素通り出来ませんね! ええ、素通りしたら後悔します。
「ふっ、噂のアーク様がうちに何の用だい?」
「こんな物を見せられちゃ⋯⋯素通り出来ませんよ」
「はっはっは! お目が高い!」
「⋯⋯」
無言のビビを背に、僕とコボルトっぽい姿の店主が会話をする。
「これは?」
「ふっ⋯⋯それはな、五回に一回だけ⋯⋯」
「⋯⋯一回だけ?」
店主が表情を消し、ガクリと頭を落として目を閉じた。僕が固唾を呑んで見守っていると、カッと勢い良く頭を上げて目を見開く!
「話に相槌を打ってくれるクマさん人形だ!!!」
「素晴らしい!!」
「いらん!」
ビビに首根っこをガシッと掴まれて、体がズルズル引きずられていく。
あわわ⋯⋯待って! 待ってよ僕のクマさん!
面白いお店だと思ったのに、五回に一回だけ相槌打ってくれるんだよ? 僕びっくりしちゃったよ。五体用意すればいくらでも喋っていられるんだよ!?
「ま、待ってビビ。あ、あれはどう?」
「どう見てもただの水鉄砲だろう」
「じゃああれは?」
「あれは⋯⋯わからんな」
ふぅ⋯⋯やっとビビが止まってくれた。その露店には、見た目からは想像出来ないような品が並んでいる。ボールではないんだけど、コロコロした丸い物だった。
露店の店主は空を眺め、ぼーっとしながら口を半開きにしている。
店主は全身フッサフサだね。お団子のような丸い体に、申し訳ないくらい小さな手足がついている。全身は二メートルくらいあると思うよ。
お店は趣味みたいなものだから、お客さんを呼び込む必要が無い。それに、精霊さんにはお金も必要ないんだよね。
「すいません」
僕が呼びかけると、その口がゆっくりと閉じた。相変わらず空を見たままだけど、その口がもう一度ゆっくり開く。
「なんだいぼうや」
ゆっくりした喋り方だった。その存在自体が癒しに繋がりそうな、そんな印象を受ける。
「この丸いのは何ですか?」
「それは⋯⋯なんだろう?」
「え?」
「まるいから〜⋯⋯あつめた⋯⋯」
「素晴らしい!」
「どこがだ!」
丸いんだよ! ただただ丸い! それだけなんだよ!
「まるいって⋯⋯いいなぁ⋯⋯」
「わかります! わかりますよ!」
「私にはわからん⋯⋯」
「まるいなぁ〜⋯⋯」
「丸いですね」
「⋯⋯」
良かった。丸かったね。
僕とビビは時計塔に向かっているんだ。観光しながら、トラさんを温泉に誘いに行こうと思う。
僕とビビは歩いているだけで、沢山の精霊さんから話しかけられた。
御礼を言われたり、珍しい果物をいただいたり。街の中を見るのも楽しいけど、そこに住む人と知り合える事が嬉しいんだよね。
ビビと手を繋ぎながら、大通りを歩いて行く。天使そっくりな見た目の精霊さんが、澄み渡るような声で歌を歌っていた。
マーメイドのような精霊さんが、隣でハープを奏でている。
「マウンティスの大精霊さんかな?」
「多分な。良い歌声だ」
本当にね。
僕らと同じで、歌を聞いてる精霊さんが沢山いるね。ゆったりとした綺麗な曲なのに、激しくノリノリな精霊さんが混じっていた。
頭をブンブン振り回し、首が取れちゃうんじゃないかって心配になったよ。
マリー。
「ふぉー! イカすぜふぉー!」
「⋯⋯」
何だかすっごく楽しそう。
「あ、親分!」
マリーがこっちに気がついたみたいだね。ぴょこぴょこと頭の花を揺らしながら、軽やかに舞うような動作で走って来る。
「おはようマリー。朝からすっごくハイテンションなんだね」
「朝日はとっても元気が出るのです! 危ない薬よりも朝日の方が格別でやんす」
今日はやんすの日? ゲスじゃないんだね。危ない薬って毒とかかな?
「おいマリー。アークに変な事教えるな」
「ご機嫌麗しゅうビビの姐さん。あっしなら親分をその気にさせる薬を調合出来ますぜ♡」
「そ、そんな、そんなのはいらん! い、いつか自然な形で、そういう事は⋯⋯その⋯⋯」
ビビの顔が真っ赤になっちゃった⋯⋯何の事を話してるのかわからないけど、
「マリー、ビビを虐めないでね」
「いっいぇすさー! 親分! 今日も存在が光っておいででやんす」
「あはは、マリーは毎日楽しそうだなぁ」
わしゃわしゃと頭を撫でてあげると、嬉しそうに笑顔になった。
「マリーにお願いがあるんだけど良いかな?」
「なんなりと」
マリーがふわりと傅いて、自分の胸に手を当てる。自然な動作が綺麗だと思った。口さえ開かなければ、マリーも従者が出来るかもしれない。口さえ開かなければ! ここ重要。
「温泉行くんだけど、マリーも一緒に行かない?」
「なるほど! 裸の付き合い最高でやんすね!」
「部隊の精霊さんを誘いたくてね。マリーなら皆がいる場所もわかるかなって思ったんだ」
「了解でやんす。暇なやつを集めて来ますでやんす。ボーネイトだけは暇じゃなくても連れて来るでやんす!」
「ボーネイトの扱いどうなってるのかな?」
なんだろう⋯⋯いじられキャラなのかな? 不憫な気がしてならないよ。
「親分⋯⋯」
「ん?」
「少し抱っこして欲しいの」
マリーがいきなり普通に戻った。甘えるように僕の服の袖を引っ張っている。
「良いよ。マリー」
「えへへ」
抱っこして頭を撫でると、頭の花が左右に揺られる。
「お昼頃に出発しようと思うから、城の中庭に集合で」
「わかったなのー。じゃあ行って来るの」
去って行くマリーに手を振った。
「確かに⋯⋯」
浴びる朝日は気持ち良いね。
日常書くの好き(´>∀<`)




