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ベスとクオーネ






side ベス



 クオーネと初めてあった時の事を思い出す。


 私はドゥーフライリというドワーフの国に生まれた。そこにはドワーフ至上主義の教えがあり、他の種族の者には住みづらい場所だった。


 ドワーフとは、物作りに優れた種族である。人よりも力があり、長い時を生きる事が出来るのだ。



 父はそんなドワーフの国で、魔導飛行艇の造船技師をやっている。母とはその職場で出会い、初めて会ったその日にプロポーズしたそうだ。

 ドワーフには珍しい事では無いらしく、二日目には結婚、三日目には私を作ったと笑いながら言った父が母に殴られていた。



 私は⋯⋯純粋なドワーフでは無いらしい。庭で遊んでいた時に、囁き声が聞こえてきたんだ。

 その方向を見ると、軽蔑したような目でこちらを伺っているのがわかる。


 嫌な目だった⋯⋯その事を父と母に聞いてみたら、どちらも純粋なドワーフの家系だそうだ。

 では何故そんな風に言われるのか聞いてみたら、それは私の髪の色のせいだった。

 私の水色の髪の毛は、ドワーフでは生まれないとされている。骨格も人間のように華奢で、謎は深まるばかりだった。


 一人で街の中を歩いていると、またあの囁き声が聞こえてくる。それが私には面白くなかったんだ⋯⋯当時は戦鎚なんて持っていなかったので、片っ端から素手や空き瓶でぶん殴って回ったもんだ。

 私は内向的ではなかったのだよ。ドワーフ舐めんなと言いたいね。勝つか負けるかじゃなく、己を通さずしてドワーフは名乗れない。


 私はドワーフだ。何処かで何が混じってようと、父と母を尊敬している。


 街中が私の舎弟になった頃に、土の大精霊クオーネと出会ったんだ。

 昼下がりの喫茶店⋯⋯人間の価値観で言うと酒場になるが、そこに入った新人ウェイトレスが、私に正面から喧嘩を売ってきた。


「あら貴女、珍しい髪ですね」


 デリカシーの欠片も無い言葉に、スマイルを浮かべながら立ち上がる。額に青筋も浮かばせていたからか、ウェイトレスは体を硬直させた。


「この髪をとやかく言うなら精霊だろうがすり潰す。野菜と混ぜて今夜はハンバーグにするか」


「え⋯⋯ま、待って! 何そのリアルな未来! ねえ? ちょっと!! 待って! い、いやあぁぁぁああ〜」


 少し脅かし過ぎただろうか? 胸ぐら掴んで酒瓶振り上げるくらい挨拶のようなもんだろう?


「もう! 乱暴者! メッ、ですよ?」


 仕方なく離してやると、ウエイトレスは人差し指を立てて頬を膨らませた。


「まだ調教が足りなかったか?」


「ひぃぃ〜」


 これが私とクオーネの出会いだ。何の変哲もない平凡な出会いだった。


 この喫茶店(さかば)は私の行きつけで、直々通ううちにクオーネとも仲良くなる。私が来店すると、クオーネは真っ先に駆けつけるようになった。

 頬を上気させて、四つん這いになり膝に顔を擦りつけてくる。その頃には手から直接食べ物を食べていたな⋯⋯懐かしい⋯⋯


「ベス様程の力があれば、冒険者としてもやっていけるのでは?」


「そうか? 冒険者はそんなに甘くない職業だと聞いたけど」


「ベス様はその冒険者を泣かして歩いているじゃない⋯⋯私ね、冒険に興味があるの。旅をするためにこっちの世界に来たのに、旅どころか最初の街から動いていないわ」


 旅に憧れるか、わからなくもないな。私だって何時までも遊び歩いている訳にもいかない。そろそろ何かをするべきだとは思ってたのよね。


 それから私は街の冒険者ギルドへ向かった。とりあえず話を聞かなきゃ始まらない。

 冒険者ギルドには人間やエルフもいる。ドワーフ以外には住みにくい街だけど、生産される装備品が魅力的だったからだ。

 上質なドワーフブランドの装備品を手に入れるために、他所の国から国境すら超えて冒険者が集まって来る。


 ギルドの中に入ると、何度かやり合って覚えている顔が多い⋯⋯私を見て平伏す者、傅く者、涙を流して逃げる者もいた。


 受け付けに声をかけ、ギルドに入るための説明をしてもらう。冒険者になるためには、実戦形式の試験を受けなきゃならないらしい。


 試験官は知ってる奴だった。青い顔をしていたけど、秒で倒してカードを受け取る。帰り道にクオーネを拾い、父と母に冒険者になった事を告げた。


「流石俺の娘だな。きーつけて行って来いや」


「誰に似たのかしらね⋯⋯いきなり過ぎよ」


 父と母と抱き締め合うと、擽ったいような気持ちになった。


「行って来る。たまに帰るから心配しないで」


 あまりにも唐突だが、思い立ったが吉日と言う。貯金も道具も準備も無しに、私とクオーネは旅に出た。



 それからは色々あったな⋯⋯迷いの森に囚われたり、クオーネと迷宮を攻略したり。新しい街へ行けば、うんざりするようなナンパの嵐⋯⋯クオーネが綺麗でモテ過ぎて困る。女はもう一人いるっていうのに⋯⋯身長か? それとも胸か!? な、無くはないしぃ? ちょ、ちょっとならあるしぃ?


 精霊の胸なんて偽乳だ。そうに違いない! 私の母は大きかったから望みはある⋯⋯晩成型なだけなんだ。



 クオーネと旅をしたのは十年くらいか。私に外へ出るきっかけを与え、初めて友と呼べる存在になった。


 絶対に失う訳にはいかないんだ。クオーネ⋯⋯



「ホッホッホ。マウンティス内部ですじゃ」


 ──ズガァァアアン!


 オルカタが空間を開くと、大きな爆発音が聞こえてきた。激しい戦闘が続いているのを見ると、まだ毒が散布されていないのだろう。


「ベス殿、状況を確認して来るか?」


「ブラーティスだったか⋯⋯その必要は無さそうだ」


 見つけた! 一番奥の壁際にクオーネはいる!


 つい頬が緩んでしまった⋯⋯懐かしさで胸がいっぱいになる。直ぐ助けに──


「ふむ、敵では無いようじゃな⋯⋯」


 頭から冷水を浴びせかけられたような気がして、声のした方へ視線を向けた。

 そこには一人の老戦士が立っていて、既にこちらを向いてはいない。


 心臓を鷲掴みにされたような気がした⋯⋯思わず冷や汗が噴き出した程だ。


 イフリート様とはまた違う⋯⋯でも、それに匹敵するような何かを感じる。


「行くがいい。後ろの奴らを守ってやってくれ」


「はい」


 その精霊とは百メートル以上離れているのに、隣で話しかけられているような気がした。


 素直に恐ろしい存在だ⋯⋯世界は広いと言う事だな。


「あのお方は、ノーム様の片腕とされているムーディス様です。刀を司る大精霊で、接近戦なら最強と謳われています」


「強いのは理解出来た。私もまだまだ頑張らねばな」


「わふわふ!」


 ウィディガーが足に擦り寄って来た。それを見た瞬間、クオーネの事を思い出す。


「行こう」


「御意」

「わふ!」


 オルカタは自分の空間へ帰ったらしい。闇の鷹ブラーティスが舞い上がり、ウィディガーが私の横を並走する。


 屋根の上を飛ぶように走ると、五体のヘイズスパイダーが現れた。


 白い体に真っ赤な目⋯⋯そして驚くべきはその移動スピードだ。


 アークがギルドから聞いた話によれば、こいつらの親はAランクらしいな⋯⋯だが、たかだかAランクの魔物に、ここまでの生産力があるとは思えない。魔族との事もあるし、魔族⋯⋯魔族?


 何かが頭の中で引っかかった。考えようとした瞬間に、強制的に引き戻される感覚がある。


 ウィディガーの体が光り輝くと、風の鎌になってヘイズスパイダーを両断した。

 今の違和感の正体が気になる⋯⋯でも、それは後で考えればいい事だな。


「凄いなお前。ウィディガーだったか?」


「わふ〜!」


 ヘイズスパイダーの頭を飛び越えて、走りながら頭を撫でてやる。


 精霊の集まっている団体の前に降りると、クオーネの姿を視界に捉えた。


「クオーネ!」


「⋯⋯ベス?⋯⋯様?」


 クオーネは余裕がなかったのか、私が目の前に来るまでわからなかったらしい。普段のクオーネならば、私が街に現れた瞬間に気がついてもおかしくない。


「無事で良かった」


「ベス様⋯⋯ベス様!!」


 感極まったクオーネが、涙を流しながら抱き締めてくる。背中には赤ん坊がキョトンとした顔をしていて、周りには成人前の男女と子供が数人いた。


「もう安心だぞ」


「はい⋯⋯ベス様がいれば⋯⋯安心でず⋯⋯」


 涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃだ。身長差はあるけれど、何とか頭を撫でてやる。


「村人は弔ってきた。辛かったな」


「はい⋯⋯辛かった⋯⋯です⋯⋯みんな⋯⋯みんな無くなっちゃって⋯⋯」


 クオーネが泣く姿を見たからか、小さな子供達も泣き始めてしまった。


 アークが始めてギルドに来た時を思い出しながら、私は全員が落ち着くまで静かに佇んでいた。


 ここにいる全員は、私が必ず守ってみせる。







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