旧陽動部隊。ベスの別行動。
*
三人称視点
マウンティス外側の入り口は、縦十メートル横十二メートルのトンネルのようになっている。山には似つかわしくない黄金のアーチがあり、見れば見る程に疑問符が浮かぶだろう。
決して狭くはない入り口だが、大量のヘイズスパイダーで埋め尽くされていた。そこへ最初に辿り着いたのは、陽動部隊のリーダーのヴォイドである。
「魑魅魍魎か⋯⋯うじゃうじゃと鬱陶しい⋯⋯」
「早速あれを使いますか?」
ヴォイドの背後には黒い狼の姿があった。その大きさは五メートルを超え、黒いオーラが滲み出ている。
フレイガースを代表する精霊の中でも、その狼の強さは頭一つ抜けていた。
「毒の投入タイミングはダーキナフに任せる。が、少し入り口を掃除してからになりそうだな」
「御意に」
ヴォイドが巨大化を始めると、下にいたヘイズスパイダー達が気がついたようだ。
寧ろ気が付かない訳が無い。灼熱の燃え盛る太陽が、増殖し巨大化しながら落ちて来ているのだから。
ヴォイドはそこにいるだけで、最終兵器と呼べるかもしれない。マウンティスの入り口付近にあった森が、一瞬のうちに炭化して崩れ落ちてしまったのだから。
「街の中じゃ使えんが、ここなら遠慮はいらないな」
何せ周りは敵だらけだ。そのヴォイドの呟きを聞いて、ダーキナフはげんなりしながら距離を置く。
ダーキナフを除けば、ヴォイドの部隊は炎系精霊で固まっている。闇精霊のダーキナフには、相性が悪いと言えるだろう。
「熱いより寒い方がマシだな⋯⋯」
その呟きは誰も聞いていなかった⋯⋯
*
朝日よりも眩しい太陽が、マウンティスの入り口に落ちている。その場所へ突っ込んで行けるほど、ビビは熱さに強くはない。
「陽動作戦⋯⋯いや、フレイガースの場所がバレているのなら、最早陽動にはなっていないな⋯⋯いくら派手に動いたとしても、向こう側の敵がこちらに来る筈がない」
そんな状況で、何をするのが一番良いのだろう。マウンティスの精霊を助ける事が優先だが、防衛部隊も救出部隊も動く予定である。
勝手にしゃしゃり出ると場が混乱するだけかもしれない。そう結論を出したビビは、眼下に溢れるヘイズスパイダーの群れを睨んだ。
「この救出が終われば、他の国へも行くのだろう? 最終的にはこいつらを排除しなければ問題は解決しない。なら単純に今日の救出作戦が終わるまで、出来る限り数を減らす方が良いんだろうな」
「確かにそうでゲスね⋯⋯シルフ様が蜘蛛のボスを探してるとの事でゲスが、雑兵は少ない方が楽でゲス」
「⋯⋯お前はそのキャラでいくつもりか? 天然系葉っぱ娘だと思っていたんだがな」
「ゲッスッス。何か面白くてつい⋯⋯天然は計算でゲス」
「⋯⋯好きにするがいい」
マリーの花が左右に振られている。犬の尻尾かとビビは思いながら、どこから攻撃するかを考えていた。
何処を見ても敵が沢山いる。巨大な個体は見えないが、なんといっても数が多い。
「姐さん、やるなら広い所が良いな」
ボーネイトがニヤリと笑う。
実際、平地となる開けた場所は沢山あった。ヴォイドが森を焼き払ったせいで、スペースだけは出来ている。
もう一度ヴォイドがその技を使ったら、味方に焼き殺されたりはしないだろうか?
「大丈夫だ。我が溶けぬ氷で皆を守る」
雪月虎が宙を歩くように前に出る。鋭い視線でそう言ったが、ビビはベスの表情に気が付いた。
一人ベスだけが心ここにあらずといったように、マウンティスの入り口をチラチラと確認している。
知らない仲では無いし、この状態で戦闘に入るのも危ないだろう。また魅了で支配しても良いが、もしもの時に後悔して欲しくない。
「ブラーティス、ウィディガー、ベス、オルカタ」
ビビが呼ぶと、闇の鷹ブラーティス、緑色の長い毛の狼ウィディガー、ベスと空間を割いてオルカタが顔を出した。
「オルカタの空間移動を使い、お前達はマウンティスの中を支援しろ」
「おい、ビビ⋯⋯それは⋯⋯」
「もう陽動作戦では無いし、救出部隊の到着はまだ時間がかかるだろう。マウンティスの中ではベスに従ってくれ」
「了解した」
「わうわう!」
ベスは煮え切らない顔をしながら、全員に一度頭を下げた。
「すまない。恩にきる」
その言葉を最後に、オルカタが三人を空間の裂け目にしまい込んだ。
「良いとこあるじゃない?」
「五月蝿い。あんな状態のベスじゃ足手まといだからな」
「可愛くな〜い」
ニヤニヤしながらビビをからかうアイセア。睨み返すと他の精霊達もニヤニヤしている。
ベスの事情は皆が知るところなので、ビビの気遣いは直ぐにバレてしまっていたのだった。
「もう⋯⋯知らん⋯⋯」
「赤くなりながら言われてもねぇ」
アイセアがビビの頬を突っついた。鬱陶しそうにビビがその手を払い除ける。
「良し、あそこにしよう」
「あからさまな切り替え乙」
「お前から殺ってやろうか?」
「まあまあ落ち着いて二人共」
「「あ゛?」」
「ひぃ⋯⋯」
ビビとアイセアのじゃれ合いに、ボーネイトが仲裁に入ったが玉砕した。そんなボーネイトの肩に手を置くマリー⋯⋯慰めてもらえたのかと思い振り返ると、彫りの深い顔でドヤ顔しているのが目に入った。




