魔族のプライド
「くくく⋯⋯クハハハハ」
「???」
その笑い声は、明らかな怒気がこもっていた。
戦いは始まったばかり、この人がこんなに弱い筈がないんだよ。
強烈な魔力が場を包み、明らかに雰囲気が変わった。
「侮っていた事は認めましょう。先程の攻撃、大変失礼致しました」
その顔に笑顔を貼り付けながら、目が全然笑っていなかった。
ちょっと危ない気がする。
ドラシーを鞘から抜き放ち、何があっても良いように正眼に構える。
受け身に回っていたら駄目だよね。
魔族の人を軸にして、反時計回りで走り出した。
「“ダークネスパラサイト”!!」
「ッ!」
地面を突き破り、黒い触手が飛び出してくる。咄嗟に“加歩”を使い、ギリギリ避ける事に成功した。
でも、それは一本だけじゃない。次から次へと溢れ出し、僕を追尾しながら形状を変えていく。
鎌だったり針だったり、多種多様な攻撃に、頭の処理が追いつかない。
「“サイクロンブレード”!」
暴風魔法のサイクロンブレード。全方位に放てるので、近中距離でとても使いやすい魔法なんだ。
暴風の刃が無数に現れて、襲ってきていた触手を蹂躙する。
「無駄無駄! はああ! “ダークネスガーゴイル”!」
高笑いをする魔族の人。ちょっとテンションが壊れてるよね。
触手は切っても生えてくるみたい。これじゃいくら切っても意味が無いよ。
全力で走り回り、的を絞らせないようにした。あれに触れたらどうなるかわからないし⋯⋯
新たに魔族が召喚したものは、犬と蝙蝠を足したような不気味な生き物になった。
このままじゃ駄目だ⋯⋯僕からも攻めないと。
『イフリン。状況は聞いてる?』
『アークか。ちゃんと報告は受けたぞ?』
イフリンと魂のラインを繋ぐ。契約した精霊さんと、こうやって話す事が出来るようになったんだ。
『まさか作戦がバレていたとはな⋯⋯』
『それなんだけど、少し違うかもしれないんだ』
『なんだと?』
そう、魔族の人は、動きはチェックしていたと言っていた。そんな風に言われたら、作戦も何もかも全て知っているのだと勘違いしそうになる。そんなの、精霊さんに内通者がいなきゃ無理だと思うんだ。
もしも内通者がいたのならば、全て知っている筈なんだ。それなのに、魔族の人は僕の事を知らなかったんだから。怪しいと思わない?
つまり、僕達が二手に分かれて、マウンティスに向かって来たと知っているだけだと思ったんだ。
だから肝心の救出作戦までバレていると思うのは早すぎるんだよ。
『⋯⋯って事なんだけど』
『そうか。いや、言われてみれば⋯⋯そうだな』
黒い触手が足を掠め、焼けるような痛みに襲われた。
「どうしましたか? さっきまでの威勢は⋯⋯クハハハハ」
そんな事言われても⋯⋯
魔族の人に近ければ近い程、触手の密度が増しているんだ。ただ飛び込んだらやられるだけ⋯⋯ダークネスガーゴイルもすっごく厄介だよ。
飛ぶスピードは銃弾みたいだ⋯⋯手には二叉の槍を持っていて、鋭い突きを放ってくる。
「はあぁぁあ!」
──ザシュッ!
ドラシーでダークネスガーゴイルを真っ二つに分かつと、いきなり体が膨れ上がった。
まさか!!
咄嗟に顔を腕で庇って体を丸めると、膨れたダークネスガーゴイルが大爆発を起こした。
全身に衝撃が襲いかかり、地面の削りながら吹き飛ばされる。
「ぐぅ⋯⋯嫌な魔術⋯⋯痛い⋯⋯」
初見には辛い⋯⋯爆発するなんて知らないもの。
悪寒が背筋を撫でた。考える間もなくその場から横に転がると、黒い極太のレーザーが通り過ぎた。
「チッ。今のを避けますか⋯⋯」
「僕を捕まえたいんじゃなかったの?」
「どちらでも構わないのですよ」
確かに⋯⋯今の爆発だって、まともに受ければ危なかったと思う。
『アーク、大丈夫か?』
『ん、平気』
イフリンには僕の状況が伝わっている。また直ぐに立ち上がり、触手の攻撃を避けた。
「しぶといですね。ちょこまかと動き回って」
「さっきのデモゴルゴン様って何?」
「ふん⋯⋯無知な人間ですね。デモゴルゴン様は我々魔族の神です。上位魔族にだけ与えられる加護なんですよ。自分は末席ですがね⋯⋯はぁ!」
──ギャリィイン⋯⋯
投擲された黒い何かを、ドラシーを盾にして逸らした。
『あれを相手に戦うには、その状態では厳しいんじゃないか?』
『んー⋯⋯どうしてもって時はお願いね』
『いつでも良い』
『ありがとうイフリン』
でもベスちゃんが心配していた理由がわかったよ。もし僕がイフリンと訓練する前だったら、打つ手がなかったかもしれないもんね。
「“ブリザード”!」
「小賢しい!」
ブリザードで触手が凍りつく。僕の魔法を侮ると痛い目を見るんだからね。
「たかだかブリザードで⋯⋯何故!?」
「“フレイムランス”!」
「くっ! “ダークトルネード”!」
魔法と魔術がぶつかり合い、とてつもない熱風が撒き散らされた。
僕は魔法の中でも特に炎系魔法の威力が上がっているんだ。イフリンと契約したお陰なんだけどね。
「何故だ!? 何故フレイムランスなんかにぃ!!?」
じりじりと押し込まれるダークトルネード。激しい魔力のぶつかり合いに、岩の大地がヒビ割れてしまった。
「Sスタンダード、レベル2!」
──ゴゴゴゴゴゴ⋯⋯
Sスタンダードのレベル2は、銀の奔流を完璧に操った姿なんだ。一気に溢れ出したその力を、ドラシーに極限まで集めていく。
いくよドラシー!
『!!』
「“パワースラッシュ”!!」
銀色の奔流を纏わせた一閃が、全てを斬り裂く刃となって放たれた。拮抗していた二つの魔法を斬り裂いて、そのまま魔族の人まで突き進む。
「何!?」
──ザン!
魔族の人の肩を、僕の銀閃が大きく斬り裂いた。今ので倒せれば嬉しかったんだけど、魔族の人は少し顔を歪めただけだった。
「ゆるさん⋯⋯お前だけは⋯⋯」
「⋯⋯」




