ベスちゃんが来た理由。
ふぅ、やっぱりベスちゃんだぁ。頬っぺたすりすり⋯⋯んん〜⋯⋯
「ふっふっふ、私の時代〜来たー!! これがモテ期か! アークぅ〜」
ベスちゃんに背中やら頭やら撫で回される。普段は何か嫌だったけど、今は嫌じゃないみたい。
久しぶりに会ったからだろうね。出来るだけ近くに寄っていたい。そんな気分なんだよ。
「どうした? アーク⋯⋯何か辛い事でもあったのか?」
「⋯⋯んーん。何も無いよ。ベスちゃんに会えたのが嬉しかっただけ」
「アーク♡」
「多分」
「ッ!!!」
あれ? ベスちゃんちょっと臭い? かな? 一週間以上戦って、何日も移動してドラゴンと睨み合って、廃村で遺体を埋葬して、勝てない強敵と出会って逃げて虐められて、土の中に埋まってドヤ顔で出てきたような匂いがする。(困惑)
「ベスちゃん。お風呂にする? ウォーターウォッシュにする? それともあっち行く?」
「あっちって! 帰れってか!」
「じょ、冗談だけど⋯⋯」
「目が泳いでる! よ、四択目は無いのか? アークにしたいのだけど」
「売り切れです」
「誰だ! アークを手に入れたやつは!」
僕もやっと普段の調子が戻ってきたよ。心がとても楽になったんだ。ありがとうベスちゃん。
もう少し頬っぺすりすりしておこうかな。
腕の力を抜いて、そっと離れようとしたら、ベスちゃんがキュッと背中を抱きしめた。
「落ちたら危ないぞ?」
やっぱりそう思うよね。普通なら落ちると考えるでしょう。
「大丈夫だよ。離してみて」
「だが、せめて暴風魔法を──」
ベスちゃんの肩をそっと押して、腕の拘束から逃れる。
驚くベスちゃんの目の前で、僕は空中を歩いてみせた。実際に歩いている訳じゃないけれど、それっぽくは見えると思うんだ。
勿論魔法や魔術やスキルではなく、精霊の持つ当たり前な能力によるもの。
トラさんはハーフだから出来ないっぽいんだけど、僕は使う事が出来るみたいだ。
「僕、半分精霊になったんだよ」
「いや、何がどうなったら精霊になるんだ?」
「きっかけは猫耳メイド喫茶だったんだ」
「ふぅ⋯⋯意味がわからん」
「ふふふ」
「ふははは」
僕も良くわからない。沢山の巡り合わせで、今の僕に繋がっているんだよね。
最初は父様と母様に憧れて、僕も冒険者になろうって考えたんだ。それから辛い思いを何度もして、今の僕になったんだからね。
沢山の友達も出来た。知り合いもいっぱい出来た。そしてベスちゃんとも友達になれたんだから、僕は後悔なんてしていないよ。
「全く⋯⋯アークは私の想像を飛び越えるのが上手いな」
「僕も想像してなかったからね」
そっと近づいてもう一度ベスちゃんに抱きついた。ベスちゃんも僕の背中に腕を回す。
「本当に会えて良かった」
「ああ、私もだ」
「お腹空いてない?」
「今は大丈夫だな。アークでお腹いっぱいだ」
そっか。ベスちゃんは食べ物いらない人なんだ。
それは冗談として、保存食の携帯くらいはしているだろうからね。
「どうして精霊界へ来たの?」
僕がそう問いかけると、ベスちゃんの表情が曇る。何かあったのかな?
「話せば長くなるんだよ」
「じゃあ一旦上がろう。僕も話さなきゃいけない事があるし、ベスちゃんの話も聞きたいし」
「そうだな。ここが精霊の国なのか?」
ベスちゃんの見上げる先には、大きなフレイガースとハリボテの偽フレイガースがあった。
「ここは火の国フレイガース。イフリンが治める国なんだよ」
「イフリン?」
「会えばわかるから大丈夫」
急いで城に戻り、ベスちゃんをお風呂に入れた。僕の無駄に洗練された生活魔法が、頭からつま先までをピカピカに磨きあげる。
「何か違う⋯⋯」
「そう言ってもらえると嬉しいです。照れます」
時間が無かったんだよぉ。服もサッと魔法で綺麗にして、ベスちゃんに手早く着せてあげる。
「何でそんなに慣れてるんだ?」
「従者は一日にしてならずですよ。ベスお嬢様」
ベスちゃんをお風呂へ入れる前に、枝帽子さんに言伝を頼んだんだよね。
イフリンとは仲良くなったけど、王様だから体裁をとる必要がある。精霊さん達はそこら辺緩いけど、ベスちゃんとは初対面になる訳だからね。
それに、ベスちゃんが味方になってくれるなら心強い。僕の冒険者の師匠であり、保護者のような存在だから。
戦力としては申し分無いし、長年の冒険者生活で培った経験が凄い。
もう偽フレイガースが離れるまで半刻も無いかな? もしも置いてかれてしまった時は、飛んで追いつけば良いよね。
ベスちゃんにアルフラでの出来事から、今に至った経緯を掻い摘んで説明した。
*
急遽取り次いでもらった謁見の間で、僕とベスちゃんは頭を下げて傅いている。
僕が初めて謁見をした時は、イフリンやオンミールさんしかいなかったんだけど⋯⋯あの時はパニックの中にあって、謁見に精霊さんが集まれない状況にあったんだと思う。
でも今日は違うみたいだね。夜中なのになぁ。
ズラリと並ぶ偉そうな大精霊さん達は、きっと半分がノリで来ていると思うんだよね。
ちょっと面白そうだなぁ〜くらいに考えているんじゃないかと思う。
中にはオンミールさんみたいに真面目な精霊さんもいるのかな?
ベスちゃんは息を呑んで固まっていた。イフリンが遅れて現れて、その大きな体を玉座に預ける。
「面を上げよ」
ベスちゃんがイフリンを見て冷や汗を流していた。
その存在感、威圧感、怖い顔に、震え上がってしまうのは無理もないと思う。圧倒的な強者だという事が、その目を見れば判断出来るんだ。
いくらベスちゃんが豪胆な性格でも、精霊の王様の前ではこうなるんだね⋯⋯
「アークから其方の事は聞き及んでおる。ベス、今回の精霊界での騒動に、是非力を貸してもらえると有り難い」
「お引き受けしたいと考えております。私が精霊界へ赴いた理由は、土の大精霊のクオーネを探す事にあります」
でも流石はベスちゃんだね。受け答えに淀みが無いよ。
「土の大精霊の事ならば、ノームのやつが少なからず情報を持っていよう。精霊界へ戻っているのならば、マウンティスにいるかもしれんしな。本来なら救出部隊に回してやりたいのだが、なにぶんその道が狭いらしいのだ。実体のあるドワーフには通れん場所もあるからもしれぬ。アークと一緒に、陽動部隊へ入ってくれぬか?」
「畏まりました。後もう一つあるのですが、クオーネは村の子供を引き連れている可能性があるようです」
「人間の子供か⋯⋯マウンティスとの通信役には、その事も合わせて確認を取らせる」
「はい! ありがとうございます!」
時間も無いからか、簡単な話し合いで謁見が終わった。後で詳しくベスちゃんの話を聞きたいな。
クオーネさんってどんな精霊さんなんだろう。見つかると良いんだけど。
*
僕とベスちゃんは偽フレイガースへと渡り、ビビ達と合流する。
偽フレイガースの街並みは、ハリボテながら結構綺麗だった。勿論家具も何も無いんだろうけど、パッと見ならわからないよね。
これならば攻撃されない限り、偽物だとバレる事は無さそうだよ。
「皆、無理はしないでね」
中級精霊さん達に声をかける。乱戦になれば、何があるかわからないからね。
良し⋯⋯ヘイズスパイダーを倒して、クオーネさん助け出せるように頑張るよ!




