ハナノギ村の惨状。精霊界へ
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side ベス
やっと到着したよ⋯⋯クオーネの住んでいたハナノギ村だ。
ここはのどかな村だったんだ⋯⋯特産物は林檎や桃などの果物で、貧しいながらも餓死者が出ない程度には稼げていた。
それもクオーネのお陰で、土がとっても豊かだったからね。果物はとっても甘く、沢山の実をつけてくれるんだ。
クオーネは優しかった⋯⋯別にここに留まらなきゃいけない理由なんか無い。
自由に人間の住む街を渡り歩くのが目的だったのに、村人に請われて百年以上も暮らしていたお人好しだ。
「クオーネ⋯⋯」
ハナノギ村の塀は薙ぎ倒されていた。わかっていた事だけど、胸の奥がジンと痛む。
彼女にとって、ハナノギ村はどんな場所だったのか⋯⋯考えるだけでも目頭が熱くなった。
果物の木はボロボロだ。引っこ抜かれ、焼けてしまっている所もある。
もしここに私がいれば、こんな事には絶対にさせなかった。
魔物の群れに抵抗した痕跡がある。しかし、ろくな装備は無かっただろう。
クオーネが土の大精霊だとしても、自分だけで全てを護る事なんて出来なかった筈だ。
壊された家屋、荒らされた畑、魔物の死体、潰れた井戸、そして⋯⋯
「一応冒険者ギルドがあったんだな⋯⋯」
この村は人口三百人程度だったか? 皆食われてしまったのか?
それを見せられたクオーネは、いったいどんな気持ちだったろうか⋯⋯
近くに生物の気配が無い⋯⋯クオーネの気配も感じられないな。
冒険者ギルドの中に、数名の死体を発見した。腐敗が進み、酷い悪臭を放っている。
全て弔ってやろう。
村には花が咲き乱れる丘があり、その中心には墓地があった。そこに新しく墓を作れば良い。
一人、二人、三人と、次々と村人の死体を発見する。長い間生きてきても、こういうのは慣れないものだな。
きっと殆ど食べられたのだろう。死体は二十にも満たなかった。だがおかしい⋯⋯子供の死体が一体も無いとは⋯⋯
可能性として、もしかしたらクオーネが匿っているのかもしれない。もしそうならば、頼れる先は精霊界しかないだろう。
無事でいるよな? 無事でいて欲しい。
死体は土葬にする事にする。魔力が薄い土地なので、アンデッドになる心配は無いだろう。
安らかに眠ってくれ。
クレイゴーレムの手を借りて、二時間くらいで埋葬が終わった。墓石に名前を書いてやれないが、野ざらしよりは良い筈だ。
村には雑草が疎らに生えた広場が一つあり、より一層物悲しい雰囲気に包まれていた。私はそこに大きな魔法陣を描き始める。
精霊界に行くためには必要なものがある。それは自然の気を集めた界開の渡り石だ。
一般的にこの事は知られていない。精霊の秘密になっているが、私はクオーネから教えてもらっている。仮に知っていたとしても、渡り石を手に入れる手段は無い。
「こんなところかな?」
描いた巨大な魔法陣に、数種類の錬金薬を注ぎ込む。これは精霊の結晶石と呼ばれる物を、粉にして世界樹の雫と混ぜ合わせた液体だ。
普通の用途としては、精霊を呼び出すために使われる。呼び出した精霊と契約して、精霊術士になるのに必要な高級品だ。
「よし⋯⋯」
これで精霊界に繋げる魔法陣は完成だ。界開の渡り石とは、この魔法陣を精霊界にある宝石に封じた物だ。物がないなら作るしかない。
私は更に魔法陣を描き足していく。さっきのあれだけでは不十分なんだ⋯⋯私には自然の気を集める事は出来ないけど、方法が無い訳ではない。
新しく描いた部分には、クオーネが力を注いだ土を使う。果樹園の湿った土を掘り起こして、活性化の錬金薬を混ぜ合わせた。
夕方になっちゃったね。でもこれで完成だ。
新しく描いた魔法陣の溝に、今作った土を入れていく。
後は待つだけ⋯⋯か、精霊界に行くのは初めてなんだ。それにどんな場所へ出るかもわからない。
これは片道切符の魔法陣になるから、帰る時には精霊の助けが必要になるな。
完全に日が落ちた。辺りは暗闇に包まれたけど、魔法陣がぼんやりと光始める。
暫くこっちには帰って来れないかもしれない。すまないなアーク⋯⋯次に会う時は、成長した姿を見せてくれ。
魔法陣の中央に立つと、輝きがどんどん強くなり始める。気がつけば、私は真っ暗闇の中にいた。
ここが精霊界か? いや、まだ何かに引っ張られる感覚がある。
上下左右もわからない。ほんの少し焦り始めた頃、唐突に感覚が戻ってくる。
──カカン⋯⋯
私は何かの鉄板のような硬さの物を踏みしめた。視界がクリアになり、眩しい光が飛び込んでくる。それと同時に、背筋を強烈な悪寒が走り回った。
「どこかの精霊かと思えば、妖精が現れるなんてね」
「ユシオン様、お下がり下さい」
その声の方向を見て、私は戦慄する。
魔族⋯⋯だと? それが二体も⋯⋯
「その上に立たれると困るのだが、一個しかない魔導具なんだよ」
⋯⋯まずいな⋯⋯こんな状況は予想していなかった。何故精霊界に魔族がいるんだ?
一人の魔族が喋っている。見た目の年齢は、人にしたら三十代前半だろう。不健康そうな白い顔⋯⋯目の下にはクマがあり、長い濃紺色の髪を後ろで縛っているようだ。
焦げ茶色のズボン、とんがった革靴、白いベストに黒いシャツ⋯⋯その上から白衣を着ている。
医療関係者か錬金術師のように見えるが、頭に六本の小さな角が生えている。
魔王の側近クラス? 相当高位の魔族に違いない⋯⋯私が十人いたとしても、片手で楽に殺されてしまうだろう。
その男を背後に庇うようにして、燕尾服の魔族が間に割り込んできた。
年齢の見た目は同じくらいに見える。短い灰色の髪に黒い瞳⋯⋯こっちは三本角か⋯⋯
魔族の地位や力は、その角の本数だと聞いた事がある。一本角の魔族でも、下級のドラゴンと同等の力があるんだ。三本角なら、勇者やSランク冒険者じゃないと相手にならないな。
私に倒せるのだろうか⋯⋯
「ユシオン様、いかが致しましょうか?」
「殺しちゃって良いよ。使い道もないだろうしね」
「御意」
ここは森の中らしい。足元にはよくわからない箱型の魔導具がある。
どうしたらいい⋯⋯状況は絶望的だ⋯⋯何故こうなったんだ?
だが! 私にはやらなきゃいけない事がある! クオーネの所へ行くまでは死んでたまるもんか!




