ベスとドラゴン
*
side ベス
煌々と照りつける太陽に、私は小さく舌打ちをする。
フードを目深に被り直し、季節外れの猛暑にイライラした。
クオーネの元へ早く⋯⋯
焦り過ぎも効率が落ちるよね⋯⋯重力魔法で飛んでいたけど、直ぐへ降りて木陰に座った。少しの休憩を挟み、ポーションで無理矢理魔力を回復する。
この世界は広い⋯⋯街から街でもかなりの距離があるんだ。その中には人の踏み入れぬような場所もあり、珍しい物も発見出来たりするんだ。
早くアークが育ってくれれば、そんな場所を冒険してみたくなるよ。
ふふふ⋯⋯私はいつまでアークの姉さん分でいられるかな?
アークの成長の早さに、ドラゴンスレイヤーだってうかうかしていられないだろう。
私なんてあっさり抜かれ⋯⋯いやいや、まだまだだ。私はまだアークの先輩でありたい。だが、もしかしたらもうベルフは抜かされているんじゃないか?
あいつも実力はAランク相当はあるんだがな⋯⋯自己主張が下手でいつまで経ってもBランクだ。きっと誰かに活躍をかっさらわれたりしているのだろう。不憫なやつだな。
さ、休憩もここまでにしようか。
包囲磁石を取り出してみたけど、針がグルグルと回転してしまっていた。魔力の濃い場所ではよくある事なので気にはしない
地図を取り出して、見える山から現在地を割り出す。太陽の位置と時計を見て、目的地の方向を割り出した。
少しグリフォンの住処を掠めるか? まあ襲われても良いか⋯⋯たまには豪華な鳥肉も食いたいからね。
寄りかかっていた木陰から立ち上がると、魔物の気配が近づいてきた。
間の悪い⋯⋯
愛用の魔戦鎚“ゴルディス”を取り出して、軽く振ると衝撃波が放たれる
周りの木が薙ぎ倒されて、戦いやすいフィールドを作った。
今向かって来ている魔物は雑魚では無い。この反応は⋯⋯
「ドラゴン⋯⋯ね⋯⋯」
私の頭上を大きく旋回したドラゴンは、二十メートルくらい離れた場所に着地をする。
「殺るの? 殺らないの? チビ助」
「チビ⋯⋯だと⋯⋯? お前がそれを言うかドワーフの娘」
ドラゴンの全長は三十五メートルくらいだと思う。成竜はもう少し大きいから、実力は下の上あたりね。
勝てなくはないけど、今は戦いたくない事情がある⋯⋯控えめに言って、
「吹っ飛ばす」
「⋯⋯」
ああ、駄目だ⋯⋯心がケバケバする⋯⋯アークが足りない⋯⋯弄り倒したい。
「こんな物騒な娘だとは⋯⋯喧嘩なら買うがお互いにそれどころでは無さそうだ。忠告だけしておく」
「忠告だと? 竜が私に?」
「そうだ。だが少し違う⋯⋯全人類への言葉だと思え」
何を言っているんだ?
「それなら何処ぞの国にでも行けば良いだろう?」
「それではその国が混乱するではないか」
「知った事か」
「⋯⋯ここまでコケにされた事は無い⋯⋯だが話をせねばなるまい」
面倒な事だな⋯⋯仕方ない。聞こう⋯⋯
「現在、ワイバーンを配下にしようとするテイマーがいる」
「⋯⋯そんなのは昔からよくいただろう? わざわざ忠告しに来る事態なのか?」
「そのテイマーは、正規の方法を用いない⋯⋯配下に出来る数は無限だと思われ、恐るべき支配力を秘めている」
テイムとは、そもそもとても難しい⋯⋯絆を結び、主人と認められなければならないからだ。
頭の良い高位の魔物には使えずに、欠陥の多さばかりが目立つ職業と言える。
テイムされた魔物は、基本的に主人に従順になる。様々な要望に応え、主人の命を第一に考えて行動するんだ。そのために、当たりを引けばかなりの戦力にはなるけど⋯⋯
私の頭の中で、点と点が線になる。つまりはそういう事だ⋯⋯今回の魔物の事件は、全部そいつが起こしたって事じゃないのか?
テイムで魔物のボスを支配下に置けば、その下の魔物は全て従うだろう。そうやって配下を増やし、所構わず暴れさせれば良い訳だ⋯⋯
怒りが湧き上がってくる⋯⋯でも今は冷静にならねばならん。優先順位を間違えてはいけないんだ。
「理解したか? ドワーフの娘」
「理解はした。そいつは今何処にいる? 特徴は? 男か女か」
「⋯⋯見た目は成人手前の男⋯⋯神出鬼没な奴だ。正確な位置はわからん」
「⋯⋯」
今直ぐには無理だが、クオーネを探した後にでもケジメをつけさせようと思ったんだけど⋯⋯この駄竜⋯⋯ろくな情報持ってない。
「とりあえずワイバーンの件は了解した。こちらの欲しい情報でもあったな」
さて、もう用は済んだだろう。
私が魔力を練り始めると、尻尾を一度地面に叩きつける。
「話はまだ終わっていない。そいつは魔族との繋がりもあるんだ。それに、恐らくは勇者だと思われる」
「何!? 勇者だと!?」
「そうとしか思えぬのだ⋯⋯あの支配力、多分我々竜族にも有効だ」
「ッ!!! 馬鹿な! 竜が支配されたならば⋯⋯」
「人間達は生き残れんだろうな⋯⋯我だけでも、小さな国を滅ぼすくらいは容易い。もし成竜が、古竜が、名持ちの竜が、竜王様が支配されてみろ。人間の世界など一日で滅ぶ事になる。その力次第では、我等が上位種の龍神様まで支配されるやもしれぬ。忠告はしたぞ? 我等とて、ただ支配されるを待つつもりは無いが」
これは⋯⋯大変な事態になる⋯⋯しかし何故勇者が魔族と繋がっているんだ?
そんな事は問題では無いな⋯⋯急ぎ王都のグランドマスターへ文を出そう。
「さらばだ娘よ。しっかりと伝えたからな」
「さっきの話、何人ぐらいが知っている?」
「お前で三人目だ⋯⋯だが、最初の二人は気絶していたな⋯⋯」
それじゃ三人じゃないだろ⋯⋯阿呆。
「驚かせないように、魔術で人化すれば良いだろうが、阿呆駄竜め」
「う、五月蝿い! 我はまだ人化が出来ぬぅ!」
「早く大人になれよ。チビ助」
「⋯⋯くっ、お前の名は何という?」
「ベスだ」
「そうか⋯⋯その名、覚えておこう。我の名はファベリス! いつかお前を食う名前だ」
「さっさと去ね。お前のせいで仕事が増えたんだ」
「ふはははは!」
──バァブォン⋯⋯バァブォン⋯⋯バフン⋯⋯
竜が飛び立っていった。時間もあまりない⋯⋯直ぐに手紙を作らなくては。
王都のグランドマスター、近隣のギルドマスターと髭にも書こうか。
良し。
「“ハイパーメタルグラディエーター”」
私は重力魔法を唱えた。これは金属の上級兵を創り出す魔法で、かなり難しい命令でも遂行する事が出来る。
極めて重そうな体だけど、素早さは四足魔獣並という壊れ性能だ。Cランクの魔物でも、暫くの間食い止める事が出来るだろう。
それを六体呼び出して、二体ずつのペアにさせた。
「手紙頼むわね」
それだけ言えば十分だった。直ぐに飛び出して行き、風のように走り去る。
私も急がなくちゃ⋯⋯
クオーネ⋯⋯絶対無事でいてね。




