決戦前夜
朝の寒い風にパジャマをはためかせ、僕はベランダに座っていた。
精神を鋭く研ぎ澄まし、深く己の内側に入っていく⋯⋯もっともっと奥深くへ⋯⋯
ふわりと髪の毛が銀髪へと変わった。これは以前の魔気融合身体強化のレベル3と酷似しているけど、荒れ狂う銀の奔流を纏ってはいない。
ここまで自然に発動出来るようになったのは、イフリンとの訓練によるところが大きいね。
父様、母様、僕はここまで出来るようになりましたよ。早くAランク冒険者になって、三歳の頃の父様に追いつきたいです。
魔力、気力、身体強化、自然の気⋯⋯その全てをかけあわせると、迸る紫電がシールドのように身を包んだ。
現在、体にきていた負担は、全くと言っていい程に感じていない。これは僕の新しい力で、“Sスタンダード”と名付ける事にする。
「うん。良い感じだね」
何事も反復が大事なんだよ。さて、将来のためにもビビを起こそうかな。
部屋の中に入ると、すやすやと寝息を立てるビビがいる。温かい紅茶を取り出して、部屋の中を明るくした。
ベッドの縁に腰掛けて、ビビのサラサラした前髪を優しく撫でる。
「朝ですよ。ビビお嬢様。起きて下さいませ」
「んむぅ⋯⋯あと⋯⋯五⋯⋯ねん⋯⋯寝ゆ」
「五年はだーめ。んー⋯⋯仕方ないなぁ」
「うぅ⋯⋯」
無理矢理抱き起こして紅茶を飲ませた。覚醒したビビと、寝惚けたビビのギャップは凄い。
いつもの凛々しいビビも良いけれど、今のぽわんとした感じも可愛いと思うんだよね。ほんの短い時間しか見れないのが残念だと思うよ。
三色団子を取り出して、ビビの口元へ持っていく。
「はいビビ。あーん」
「あーん⋯⋯」
パク。
*
僕の陽動部隊は、ビビ、アイセアさん、中級精霊さんが十四体の構成になったみたい。
アイセアさんが別部隊にならなかったのは、ビビと契約したからみたいだね。
作戦の時間が刻一刻と迫る中、細かい打ち合わせがされていた。
場所はまた野外の演劇場みたいな場所で、昨日と同じくイグニス様に睨まれています。
人間が嫌いなのか僕が嫌いなのかはわからないけど、今度ちゃんと話しをしたいと思う。
空が茜色に染まり、緊張感が高まってきた。
「では作戦の最終確認に入る。まず、陽動部隊が先行する形で、後方にはダミーのフレイガースを浮かべる事にした」
ダミーのフレイガース? それって可能なのかな? 昨日と同じく、今日もゴウザさんが話を進めてくれている。
「ダミーって言っても、そんなに大きな街を直ぐ用意なんて出来ないだろ?」
白い鹿みたいな見た目の精霊さんが、僕が気になった事を聞いてくれた。
「作るのは一回り小さい張りぼてだ。だから攻撃をされたらバレてしまうだろう⋯⋯そこは頑張って守り抜いてくれ⋯⋯としか言えんな。マウンティスの周辺の詳細が届いたんだが、山の裏側には蜘蛛がいないらしい。陽動部隊が表で戦ってくれているうちに、タイミングを見てフレイガースは背後から頂上まで駆け上がる」
「そうか! それなら!」
「ああ、きっと見つかるリスクは少ない!」
なる程。じゃあ作戦前にはダミーに乗り移って、二手に分かれてマウンティスへ行くんだね。
一つ気になるのは、敵の司令官がどう対処してくるかかな? ヘイズスパイダーは命令で動いている筈だから、ダミーが見破られたら危ないかもしれないね⋯⋯
「今土精霊が急ピッチで作っているが、完成するのは明日の作戦時間ギリギリになりそうだ。各自アイテムを忘れないように。それと⋯⋯最後に一言言わせて欲しい」
ゴウザさんは周りを見渡した。何が言いたいのかは、その変な顔でわかってしまう。
「私、ゴウザも戦いに出たい気持ちでいっぱいですが、私では足手まといになってしまうでしょう。悔しいですが皆に託します。大精霊の皆様、そして力を貸して下さるアーク殿、ビビ殿。絶対に生きて帰って来て下さい!」
ゴウザさんが頭を下げた。強い気持ちが伝わってくる⋯⋯僕も出来る限り頑張ります。一応Bランク冒険者ですからね!
自分が冒険者だった事を忘れていた気がするよ。何でだろう? 昔はもっと自由だった気がするな。
「ねえビビ」
「ん? 何だ?」
「ドラグスに帰ったらさ、皆でピクニックしようよ」
「ふふふ⋯⋯そうだな。また髭マスターから小遣いをせびろうじゃないか」
決まりだね。美味しい物食べて、ミラさんや皆と楽しい事したいなぁ。
「なーにニヤニヤしてるの? 私も混ぜてくれない?」
「アイセアさんこんばんは」
アイセアさんはいつもドレスが綺麗だね。笑顔で嬉しそうに近寄ってきた。
「アーク隊長さん。中級精霊の皆に挨拶に行きましょう」
「わかりました。隊長とか経験が無いので、何かあったらフォローしてくれると助かります」
「わかっているわ。さあ、手を──」
「繋ぐ必要は無い」
ビビが目の前に割り込んできちゃったよ。険悪そうに見えるけど、やっぱり二人は仲がいいんだろうね。
明日は戦いだ⋯⋯全力で頑張ります!




