アークの強い想い side ユシオン
ビビの小さな息遣いが聞こえ、僕はゆっくり瞼を開きました。変な夢だったと思うんだけど、よく思い出せないや⋯⋯イチゴが沢山あったと思ったんだけど、イチゴ何処行っちゃったの?
ビビの独特な良い匂いがする⋯⋯安心するぅ⋯⋯
んんんんんんんーーーーー!
良い朝ですね! おはようございます! ビビは僕が寝た時の体勢のまま、ずっと抱いていてくれたみたい。ちょっと嬉しいな⋯⋯これなら寂しくないよ。ありがとうねビビ。
あれ? でも何でパジャマ着てないの? 昨日寝た時は着ていたのに⋯⋯今は大人の姿に戻っているから、体が締め付けられて苦しかったとかかな?
ビビの肌は気持ちが良いね。すべすべしていて柔らかい⋯⋯このままじゃまた寝ちゃいそうだよ。それは駄目。
するりと腕から抜け出して、ベッドの上で伸びをする。
はぁ。気持ち良いなぁ。
精霊界で初めての朝だ。ビビはまだ寝ているね。僕が起きたから、かけてあった物が腰の辺りまでずれていた。ちょっと寒そうだな⋯⋯白い肌が外気に晒されている。
肌触りの良いシルクの掛け布団を引っ張って、肩の上までかけてあげたんだ。吸血鬼は風邪をひかないらしいけど、そのままじゃ可哀想だから。
気持ち良さそうに眠るビビの横に座り、銀髪の髪を優しく撫でる。父様や母様みたいに強くなったら、ビビと一日中ゴロゴロしてるのも良いな。先は長いけどね。
眠気を覚まそうと思い、ガラス扉を開いてベランダに出る。気持ちの良い風が吹き抜けて、清々しい気持ちになった。
とても広いベランダだね。並びにある隣の部屋から、ずっと横一列に繋がっているみたい。隣の部屋にはトラさんが寝ている筈だけど、大きなカーテンで中が見えないね。
パジャマ姿のまま縁まで歩いて行くと、息を呑む程の美しい光景が目に飛び込んできた。
城壁の外が雲海なんだよ。それが見渡す限り続いているんだ。遠くには雪山が⋯⋯あ、噴火してる山もあるよ。流石精霊界⋯⋯
あの中を自由に飛んだら気持ちいいかもしれないね!
うずうず⋯⋯ちょ、ちょっと、ちょっとだけなら?
僕は直ぐに部屋の中へ戻ると、ビビに向かってジャンプする。
うぅ〜いくよ!
「シェリーダイナマイトローリングトルネードプレス〜改!」
「ぐぇ!」
*
二時間後、朝食やお風呂などを済ませた僕とビビは、枝帽子さんに案内をされていた。
一応運動しやすいように、半袖長ズボンになっているよ。ビビにも着替えてもらって、ノースリーブに短パン姿です。一緒に訓練する訳じゃないけど、雰囲気って大事だと思います。
『⋯⋯』
あ、ごめんね。ドラシーも着替えたかったんだね(鞘を)⋯⋯無いんだなぁ⋯⋯
『(´・ω・`)』
トラさんは時計塔や街の修理をしに行くって言って、僕達より早くに出て行ったよ。凄くやる気に満ち溢れていたなぁ。何かしてないと落ち着かないのかもしれないね。でも無理して体を壊さないで欲しい。
僕達は案内されてどんどん城の奥へ入って行く。とても豪華な内装から、天然石のような壁に切り変わった。
少し空気がひんやりしているかな⋯⋯向かっているのは城の地下みたい。長い長い螺旋階段を下りて、行き止まりに大きな扉が現れた。
「ここ、イフリート、様、いる」
「ありがとうございます!」
枝帽子さんがその扉を開いてくれる。中は結構広い⋯⋯? いや、結構って言うかめっちゃ広い部屋だよ! 多分空間魔法でスペースを拡げてあるんだと思う。この規模なら魔術かも?
凄いなぁ。家にもこんな広い部屋が欲しいよ。
地下室なのに、凡そ三百メートルと高い天井がある。円形でドームのようになっていて、直径千メートルくらいあるんじゃないかな? 壁際には大きな石柱が等間隔で並んでいて、何かの魔術が施されているみたいだ。
普通なら折れてしまうと思うんだよね⋯⋯建築はわからないけど、魔術的なにかで強化されているのかな?
どんな事するんだろう。訓練をするのだから広い場所の方が良いのはわかるけど⋯⋯
部屋の中央付近には既にイフリート様が待っていた。その手前には、アイセアさんとオンミールさんが立っている。
そこまで歩くのも時間がかかるよ。
「おはようございます! アイセアさん、オンミールさん」
「⋯⋯ございます」
「おはよう。来たな」
「おっはよーアーク。ついでにビビ」
「ついでだと?」
「はい! はい! アイセアさんとビビは喧嘩禁止!」
軽く睨み合う二人の間に割り込んで、視線を遮るように手を上げた。
「アークみたいな人間初めてなのよ。独占しないで」
「断る」
あらら。水と脂みたいな二人だな。助けてターキ! 僕に母様ポジションを教えて下さい。
僕はアイセアさん嫌いじゃないよ。だからビビも仲良くなれる筈なんだ。
「アイセア。後でいくらでも時間があるだろう。アークはイフリート様の所へ行きな」
「ありがとうございます。オンミールさん」
僕はオンミールさんに会釈をした。見た目は炎のカエルさんなんだけど、真面目でしっかりした人なんだよね。
アイセアさんはまだよくわからない。親しみやすい話し方で、とても綺麗なお姉さんなんだ。
体が帯電しているから、精霊さんだと直ぐわかるけどね。出来ればビビと仲良くして欲しいんだ。
「オンミールさん。二人をよろしくお願いします」
「わかってる」
睨み合う二人に聞こえないように、小声でオンミールさんにお願いした。その後直ぐにイフリート様の前へ移動する。
ドキドキするなぁ。イフリート様の顔怖いんだ。
「おはようございます! イフリート様」
「ああ、おはよう。良く寝れたか?」
「はい。朝までぐっすり寝れました」
「そうかそうか。はっはっはっは」
何気なく挨拶を返されただけなのに、イフリート様の威厳が凄い。高貴と言うよりは神秘的で、僕は軽く息を呑み込んだ。
きっと今でも力を抑えているんだろうね。生物として、根本的に何かが違うって言うのかな? 上手く説明出来ないけど、人間には手に負えない上位の存在なのかもしれない⋯⋯
自然とひれ伏したくなる⋯⋯傅いて、その偉大さを称えたくなってしまうんだ。
「イフリート様⋯⋯僕は強くなりたいです。守りたいものが沢山あります」
「⋯⋯精霊の力の使い方を教えると言ったのは私だ。契約をすれば、今よりずっと強くなれるぞ」
契約⋯⋯それがどんなものなのか知らないんだ。でも⋯⋯でも、
「それでイフリート様より強くなれますか?」
「ん? 私より⋯⋯だと?」
「はい。僕は誰よりも強くなりたいです!」
僕は真剣だった。誰よりも強くなりたい⋯⋯強くなって、父様と母様を超えたいんだから。
イフリート様は俯くと、獰猛な笑を浮かべる。
「はっはっはっはっは。私の力を借りたがる人間はいても、私より強くなりたいと言った奴はお前が初めてだ。アーク⋯⋯面白い人間だな。はっはっはっはっは」
その大きな笑い声に、ビビやアイセアさん達までがこちらへ振り返る。何かを言い合ってたみたいだけど、自然と口が止まったみたいだ。
「魔族でもない⋯⋯ましてや龍族でも勇者でもないただの人間が、私を超えたいと言うのか⋯⋯ふっ。だがそれは無謀だと思うぞ? 私は炎を司る最上位の精霊だ。火の神と呼ばれる事もある。本気で私を超えるつもりなのか?」
そんなの決まってるじゃないか。イフリート様より強くなれなければ、母様に追いつく事なんて出来ないんだから。
「強くなりたいんです。僕は⋯⋯誰よりも!」
「⋯⋯」
僕の顔を見たイフリート様から、さっきまでの笑顔が消えてしまった。
でもこれだけは譲れないんだよ。僕は──
「人間を捨てる気か?」
イフリート様が重く低い声でそう言った。
人間を捨てるってどういう事? よくわからないけど、それが⋯⋯
「必要なら」
「⋯⋯そうか。真剣なんだな⋯⋯ならその想いに応えよう。私はアークを本気で鍛える事とする。沢山の精霊を救ってくれた礼だ⋯⋯だが下手したら死ぬかもしれんぞ?」
死ぬかもしれない。その言葉が懐かしく感じるね⋯⋯冒険者ギルドで、僕はあの時泣いちゃったんだ。でも今なら覚悟は出来ているよ。
魔導兵、オーク、ゴブリン、僕は沢山の命をこの手で奪ってきたんだ。怖くない訳じゃない⋯⋯でも、それが僕の選んだ道なんだよ。遊びじゃないんだから。
足踏みしている暇は無いんだ。昨日より今日、今日より明日。僕は強くなり続ける。それが僕の夢に繋がっているのだから!
「お願いします」
*
side ユシオン
精霊界とは、神が精霊に創り与えた楽園だ。何人にも侵されず、勝手気ままに過ごせる場所。
気に食わないねぇ⋯⋯クックック⋯⋯ああ、気に食わない⋯⋯
何故そんな場所が与えられたのか⋯⋯それは、精霊が世界のシステムを維持するための存在だからだねぇ。
そのために割かれるリソースは大きい⋯⋯もう半端じゃなくねぇ。
自然の“気”の力が扱えるようになれば、きっとあの英雄様の手助けになる。解析する魔導具も持ってきたし、全てが上手くいっているねぇ。
あのイカれた小僧からもらったヘイズスパイダーは、ボクが精霊界の全てを手に入れるのに使ってあげるよ。
あのお方は神になれれば良いらしい。ボクはそんなものに興味なんかないけど、一応配下としての働きは見せなくちゃねぇ。
ここは精霊界の森の中にある開けた場所だ。開放的で気に入っているよ。
大きなソファーとガラスのテーブルがあり、その上には料理がズラリと並んでいた。
巨大な海老や、豪華なフレンチ料理⋯⋯はぁ、こんな料理は無駄なだけ⋯⋯この大きな海老一匹で十分だよボクは。
「如何なされましたか? ユシオン公爵閣下」
部下のアルフレッドが顔色を伺ってくる。
この男はハイスペックな魔族だ。料理、家事全般、攻撃魔術、剣術、何でもこなせる。役に立つ男ではあるけどねぇ⋯⋯
「ボクは無駄が嫌いなんだよねぇ⋯⋯海老以外下げちゃってよ」
精霊界に来たのはボクを含めて三人だ。ボクとアルフレッドと、
「食わねぇなら俺が食うよ」
「良いよ。好きにしなよ」
ロードに至った吸血鬼、レバンテス・フリードだ。戦闘面で言えば、魔族の中でもトップクラスなんだけどねぇ。
見た目は吸血鬼なだけあって、文句のつけどころが無い。少しガサツなところもあるけれど、馬鹿ではないので気は合う方さ。
「なあユシオン。あの親蜘蛛、もう何が何だかわからなくなってんな」
「ひぃっひゃっひゃっひゃ⋯⋯薬が強過ぎたのかねぇ」
「精霊界の世界コアはまだ見つかんねーのか?」
「場所はわかってるんだけどねぇ⋯⋯手に入れる前に、力を使わせなくちゃいけないんだ」
「力?」
何処から説明したもんかねぇ⋯⋯レバンテスの専門外だから、伝えるのが難しいねぇ。
アルフレッドがブランデーを用意して、ボクの後ろに控える。
「精霊界の世界コアは、自然の気の力で動いてるんだけどねぇ。今それを回収しちゃうと、力の使い方がわからなくなるかもしれないんだよねぇ。ボクの予想では、精霊を三割消滅させる必要があるんだよねぇ」
「三割⋯⋯そうすると?」
「その世界コアが、減った精霊を増やそうとするんだよねぇ。その時には膨大な力が解放される筈なんだよ。その解析が出来れば、後は精霊界を自由に出来ると思うんだよねぇ」
「なるほどな⋯⋯それであの蜘蛛か」
そう。精霊の存在を食べれるヘイズスパイダーなら、本来の面倒な方法に頼らずとも精霊を殺せるんだねぇ。
「ボク等はのんびり待ってれば良いよ。蜘蛛が後はやってくれ⋯⋯る?」
「?」
魔導具“リアルタイムバトルボード”の駒が、予想と反する動きを見せていた。この魔導具で、精霊四大国の状況は把握出来ていた筈だ。
なんだこれは⋯⋯おかしい。
現在、ウンディーネの国は五%、シルフの国は六%、ノームの国は十二%の精霊を狩れていた。
しかし、イフリートの国だけが異様に被害が少ないようだな。現在一%未満? ⋯⋯予想と全然違う⋯⋯それに⋯⋯
「動いているねぇ⋯⋯街が飛んでいるのかな?」
「飛ぶとかありか? 一度偵察には行ったが、そのようには見えなかったぜ?」
ふむ。やっぱり勢いだけでは難しいのかねぇ。レバンテスは魔導具をうたがったけど、ボクにそんな失態はありえない⋯⋯
「これは、ノームの国に向かってるんじゃねえか?」
「この動きなら有り得るねぇ。蜘蛛はまだ大量投入出来るけど、こうやって飛ばれちゃうとねぇ⋯⋯」
「仕方ねえな。俺とアルフレッドの二人で、ノームの国に行ってみるとするか」
「アルフレッドは連れていかないでよ。ボクの世話当番がいなくなるからね」
「わかったよ。じゃあちょっと行ってくる」
本気で言ってたわけでもないのだろう。レバンテスの顔が笑っていた。
「またね」
「おう」