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 日本史の教師が未成年の女と交際していた事実を職員会議で知らされた時の誠志は、自分の身にもいつか起こりそうな心境でいたから、決して他人事にはならず、腹の奥に軽い罪の痛みを覚えながら、校長が話す内容もろくに耳に入ってこないまま聞き流してしまうほどだった。

 日本史の教師は幸い、と前置きをして本校の生徒が相手ではなかったので、本人の希望もあり二、三ヶ月の停職に留めようかというのを、松田と誠志を中心とした数人の教師が、それでは示しがつかないと頑固に反対を続けた結果、校長も保護者からの追求を考えた末、日本史の教師を切ることでようやく話は纏まった。本人不在での決定になったが、学校のなかで誹りを受けながら過ごすほど面の皮の厚い性格ではなかった日本史の教師は、校長の下した処分に不服もなく退職していった。

 そのことがきっかけで学校中に援助交際のうわさが飛び交うようになっていた。

 大抵は根も葉もない、ただの嫌がらせでうわさだけが広まっていくだけのものだったが、うわさだけでも充分に他人を貶めるだけの効果はあったから、誠志達教師もそういった話題をきつく取り締まるよう言い渡されていた。

 うわさの対象になるのは女子のなかでも特別な存在ばかりで、恋敵やいじめの対象がほとんどを占めていて、うわさを広められ不登校になるものや、気の強い子はあえてうわさを否定もせずに正面きって登校していた。

 校内では同性からの人気もあった久美さえ、うわさの対象にされていて、誠志は無論信じるほどのことでもないとうわさの出所を探ることはしなかったが、久美に惚れている男子を好きな、恋敵の女子がそんなうわさで足を引っぱろうとしていて、それを毛ほども気に留めない久美のすました顔までが想像できるくらいに彼は安心していた。

 その週は久美と両親に遭うことを考え、外出は控えておいた。夕方に受け持ちの男子が

万引きで補導されたと連絡を受け、誠志は夕飯を食べ損ない、警察署から両親と生徒を見送った後、ファミレスに一人向かった。

 この界隈では若者の溜まり場となっていることは知っていたから、あまり気が進まないでいたが、そんなことを気にしている自分がかえって彼らを遠ざけているような気もしていたから、今時の若者を見物する構えで店内を見回すと、去年、一昨年に見た顔がちらほらと浮かんできた。特別に関わりがあったわけではない連中だったのもあり、彼らも特別には誠志を意識している様子ではなかった。

 家族連れの生徒は気恥ずかしそうに、気持ち俯き加減になっているようでもあった。

 そろそろ店を出ようかとしていた時カウンターに、空席待ちをしている久美と両親の姿を見つけると、誠志は反射的にトイレの方に身を傾けかけたが、まっさきに久美に見つけられると、何食わぬ顔をつくり、両親に挨拶をしに歩きだした。

 今日の不参加について両親が心配そうに訊ねてきたが、これといった訳があるではなく、ただそんな日もありますと答えたら、両親は信心というものは決してそういったいい加減さが前にくるようなものではありませんと、軽く窘められ、そこでさらに言い訳がましくしても、よけいこの場に引き止められるだけだと、その場は両親の言葉に素直に従い、誠志はそれから、すいませんを相槌に二人の宗教観を熱心に聞き入るふりをしていた。

 空席を待つ両親と別れ店を出た彼の後から、久美が当然のようについてきているのを、今更真面目ぶって突き放すのもくだらなく、後ろに聴こえる足音を取り合わないようにして、車まで歩く誠志の背中に、援交の誘いを受けた話を聴きたくないか、と久美が訊くので、教師として無視する訳にもいかず、はたして疲れた神経で彼女の話を最後まで落ち着いて聴いていられるものか、それが彼の煮え切らない態度に表れたから、久美が聞きたくないなら別にいいです、と立ち去ろうとするのを慌てて引き止め、結局彼の方から彼女に話を訊く形になってしまい、久美は先生がそういうなら、と図々しくも誠志に恩を売ろうという魂胆が見え透いて彼をいらつかせた。

 久美は、誰にどのようにして誘われたのかは言わず、まるで作り話でもしているかのように、彼女の話にでてくる人物には輪郭がないように誠志には思われた。

「――で、知ってますか? その子が言うには、わたしはランクが一番上なんですって。だから、ただ一緒に食事したり、腕組んで歩いたりカラオケ行って歌ったり、それだけであの子達よりも多くお金を稼げるんですって。容姿が悪い子は当然体を売らないと買い手がつかないけど、わたしみたいのになると、多少無理を言っても喜んで金をだしてくれる男はいくらでもいるから、楽して金を稼げるって誘われたけど、ちゃんと断わりましたよ。お金なんていらないし、そういうのってバカな子がやることだって知ってるから。あ、本人たちの前ではこんなこと言ってませんよ。そんなこと言ったらわたし酷い目に遭わされるだろうから。あの子達ってすぐに被害者ぶるからわたし嫌い。売春してるくせに変な理屈こねてやってること正当化しようとするし、群れるし――」

 それが誠志の如何にも好みそうなセリフだと思ってか、久美は自己否定でもするように同世代の彼女達を罵り続けている。誠志はずいぶん自分のことを軽く見積もってくれたものだと、健気に彼の気を惹く為に友人を批判し続ける久美を、子供の浅知恵で大人を騙そうとしているつまらないやり方で、自分が彼女に気を許すと考えている久美がいかに自分のことを誤って認識しているのかが、ただ腹立たしくって、そんなにまで自分を慕っているくせに、その程度の理解しかしていなかったことが、自分の一番の教え子が、あるときそれほど自分の教えを理解していなかったことを知った際の失望に似た心地がして口惜しく、唇の裏側を悟られぬよう噛みしめ聴いていた。


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