第一話 始まりと共通ルート 宮本さち編
「ヤバい! 学校があるのを……忘れてた!!」
2020年1月9日、午前10時。
昨日の如く、やる気、元気、性欲が暴発し。
朝の三時に目が覚めてしまった俺は、学校に行くまでの間。
街中をランニングして時間を潰す事にした。
だが街中をグルグルとランニングをし。
ふと何かを忘れた様に自宅へ帰ると。
綺麗な母親に『学校は?』と不思議そうな顔で聞かれ。
自らの過ちに気が付く。
そう俺は、自らが華の男子高校生。
DKに生まれ変わったのを、すっかり忘れていたのだ。
でも、仕方ないじゃん!
ランニングを一生懸命頑張ってたら。忘れたんだよ。
『気をつけて行くのよ? 送って行こうか? 知らない人にお菓子あげるって言われても、ついて行ったらダメよ』
「それくらい分かってるから! 行ってきます」
朝から7時間に及ぶランニングをし、学校の存在を忘れて帰ってくるという、狂気の沙汰を終えた俺は、心配そうに見送ってくる母に大丈夫だと笑うと、学生カバンを肩に担ぎながら、ゆっくりと学校へ向かう。
時刻は既に、10時を過ぎていた。
何をど~~~~~~急いでも! 遅刻だ。
時をかけるか、タイムマシンでもない限り。
俺が登校時刻に間に合うだなんて奇跡は起きないだろう。
なので、俺はもういっその事開き直って。
のんびりと登校する事に。
☆☆☆
「はあ、それにしても、自分が高校生だって事を忘れちまうだなんて、あーやだやだ、年は取りたくないもんだな」
「うん……しょ! うん~♪ しょ!」
すると、自宅から学校へ真っすぐに伸びる通学路を進み。
そろそろ待ち受けるだろう学校前の急な坂を見上げると。
今まさに坂をのぼり始めたのだろう。
学生カバンを両手に抱えながら、息も絶え絶えに坂をのぼる。
黒髪ツインテールの小さな女の子を見つけ、思わず足を止める。
「はにゃあ~、根性~~~!!」
その少女はあまりに小さく。
大きな学生カバンと急な坂に苦戦しているのか。
スカートも気にせず、ヨロヨロと坂を進んで行く。
「ふえ~、もう限界……、にゃっ!?」
「危ない!」
そんな一生懸命な子の横を。
スタスタと追い抜くわけにもいかず。
三歩後ろを歩きながら見守っていると。
急な坂に遂に体が言う事を聞かなくなったのだろう。
学生カバンを抱えながら俺の方へ倒れこんでくるその少女を、俺は慌てて受け止めてあげる。
「だ、大丈夫?」
「……??? ふにゃ~~、ありがとうございます♪」
な、何だこの可愛い生き物は!!?
受け止めた少女の顔を覗きながら。
不器用ながらも一つ声をかけると。
俺の腕の中にいた少女は、猫の様に可愛らしい目をパチクリと見開き、ツヤツヤとした黒髪の間から、赤い顔でジッと見上げてくる。
少女が俺の顔を見上げると。
学生がよくつける様な、柑橘系の甘いシャンプーの様な香りが鼻をついて、そのあまりに甘く幼い香りに、助けた俺まで真っ赤になってしまう。
「カバン、持ってあげようか?」
「え? でも……」
「大丈夫、俺も同じ学校だし、一緒に行こ?」
そして勇気を振り絞り。
その子猫の様な少女に声をかけると。
少女は一瞬戸惑った様な顔を見せたが。
俺の手にポスンと学生カバンを預けてくれる。
「でもわたし、歩くの遅いから、遅刻しちゃいますよ?」
「それなら心配いらないよ、もう10時だし、今からいくら遅れたって変わらないから」
だが、その少女のカバンを手に取り。
ゆっくりと彼女のペースにあわせて坂を進んでいると。
心配したような顔で俺の顔を覗き込んで来る為。
俺は気にするなと笑顔で答える。
それにしても、小さくて可愛い子だ。
一年生? 後輩かな?
だが急に『ねえねえ君いくつ? どこに住んでるの? 髪綺麗だよね』なんて言った日には、不審者感が半端ない。
ここはひとまず。
少女の可愛らしい横顔を眺めるくらいで我慢しておこう。
「先輩は、今日はどうしてこんな……」
「な!? なんで俺が先輩だって分かったの?」
「え? だってネクタイの色が、青ですし」
俺が少女に対する異常なまでの興味を心の中に封印していると、俺の隣をチョコチョコ歩いていたその少女は、俺の胸元で揺れる青いネクタイを指さしながら答えてくれる。
なんでも、一年生がピンク。
二年が青、三年が白のネクタイやリボンを身に着けているという。
なので少女の胸元をジ~っと見てみるが。厚いコートとマフラーに隠れ。リボンが何色か見る事が出来ない。
「そういうのでも学年が分かるんだ、俺は二年の水野大雅、君は?」
「わたしは、一年一組の、宮本さちです」
よし! 今のは自然な流れだっただろう!
少女は寒がりなのか、完全防備といった様子でモコモコと厚着をしていたので、これじゃあ先輩か後輩かも分からないと、優しい声で尋ねてみる。
するとピンクの可愛らしい唇をもむもむと動かしながら、恥ずかしそうに自己紹介してくれる少女に、俺は心の中で全力のガッツポーズをする。
だが……。
前世も合わせれば、10才以上も年下の女の子に。
名前を聞くだけでどれだけ手こずってるんだ! 俺は!
まあいい、これで一歩前進だ。
童貞が女の子に名前を聞くのがいかに困難か。
2時間に渡る講義を開きたいと思うが、面倒だし気色が悪いのでやめておこう。
「えっと、じゃあ……、さっちゃんって呼んでも良い?」
「……ど、どうぞ」
なのでここまで来てしまったら、言ってしまえと。
言っちゃえ言っちゃえ♪ ヤッちゃえヤッちゃえ♪
と心の中のマリアが叫んでいたので、俺は真っ赤になりながらその少女を、さっちゃんと呼ぶ権利を得る。
突然のあだ名命名に、少女は一瞬驚いた顔をしながらも、コクコクとうなずいてくれるさっちゃんに、俺は心底キュンとしてしまう。
うわ~俺、女の子をあだ名で呼ぶとか憧れてたんだよ~♪
大人になると誰かをあだ名で呼ぶ機会もなくなるからさ~。
「それで、その、先輩は、どうして今日こんな遅くなったんです?」
「俺? 別に答えても良いけど、引かないか?」
そしてさっちゃんは、先程言いかけていた話題へ。
一生懸命に口を動かしながら戻してくれる。
なので俺はその少女へ。
今朝起こしてしまった、狂気的事件を告白する。
「その、自分が高校生だって事を忘れて。朝の3時から7時間ランニングしてたら、こんな時間になっちゃった……」
「ふっ♪ 頭おかしい人じゃないですか♪」
「笑うなあっ!! 先輩のうっかりを」
すると、ホント猫の様な可愛らしい顔をした後輩に。
思いっ切り鼻で笑われ、俺は真っ赤になって声をあげるが、全く腹が立たない。
何故だろう?
年下の手の平で、コロコロされてる感じがたまらない♡
「じゃあさっちゃんは? 何でこんな時間になったの?」
「わたしは、その……、体が弱くて。たまに調子の悪い日は、家を出るのも遅くなっちゃって、この坂にも負けちゃうんです」
なので今度は、隣で笑うさっちゃんへ話を振ると。
少し複雑そうな表情を浮かべながら。弱々し気に呟く少女に、これは何か事情があるんだろうと察した俺は。
それ以上詮索せず、うんうんと頷き返す。
「そかそか、まあ俺も、昔は体が弱かったから、少しは気持ちが分かるよ。この間まで入院もしてたし」
「え~~? 朝から7時間も街をプラプラ出来るのに?」
「イジるなあ!! 先輩の朝を! それにプラプラじゃない練習してたの! ロードワークって言って心肺機能を……」
「わたし、難しい事わかんにゃいです♪」
すると俺の言葉に、ニヤニヤとした表情を浮かべたさっちゃんは、大きな目をパチパチと見開きながらも、こちらの様子を伺う様に可愛らしく見上げてくる。
全くこの子は、年上をイジるのが上手いというか。
大人しいのかと思いきや、意外と面白そうな子だな。
「元気になったんだよ、それに、俺は体鍛えてるからな」
「……そうなんですか。はあ、ふう」
すると坂の中腹辺りまでのぼり、そろそろ我らが世界高等学校の校門も見えてきた所で、肩で息を始める少女に、俺は大丈夫かと足を止める。
「ど、どうしたの? 先生呼んでこようか?」
「……はあ、息が切れただけです。少し休めば治るので、先輩は先に学校へ行って下さい」
さっちゃんはそう言うが。
こんな状態の女の子を一人にするわけにもいかず、俺は少し考えた後。
これはいいと手を合わせ。
彼女の前に背中を向けてしゃがみ込みながら、行くぞと声をかける。
「俺がおぶって行くよ、大丈夫、俺ボクシングしてるから、体力には自信があるんだ」
「でも、この間まで入院してたんじゃ……」
「治ったんだよ、全部な。そうじゃなきゃ、朝から7時間もランニング出来ないだろ?」
俺の提案に、さっちゃんは少し不安げな声を漏らすので。
俺は大丈夫だと、彼女の方を振り返りながら笑って見せる。
「……うん」
すると黒いツインテールを揺らす少女は、遠慮がちではあったが、俺の背中に体を預けてきたので。
俺は彼女の体を両腕で支えながら、学生カバンは指先で持つという、何とも不安定な体制で立ち上がるが……。
めっさ柔らけ~!!!
女の子ってこんなに柔らかいの!!?
ふ、服越しで……???
という、幸せな感想で頭がいっぱいだったので。
特に疲れを感じる事もなかった。
それにさっちゃんの体って小っちゃくて。
めっちゃ軽いから。
俺がこの子を守らないとって力が湧いてきたんだよね。
正直、連れ去りた……じゃない! 守りたくなる♡
「さっちゃんってめっちゃ軽いよね、体重何キロ……」
「ガブ♪」
「だあああああ~っ!? やめろ! 噛むな!」
なので、坂をのぼりながら世間話的に体重を尋ねると。
俺の背中に乗っていたさっちゃんが、俺の首元に可愛らしく噛みつき始める為、俺はその場を絶叫しながら謝る。
「ふふふ♪ 先輩って、何だか面白い人ですね」
「うっせ、誰でも急に噛みつかれたら叫ぶわ」
俺の反応が面白かったのか、先程まで息も絶え絶えに肩で息をしていたさっちゃんが、俺の背中で楽しそうに笑うので。
ひとまず大丈夫そうだと安心する。
☆☆☆
「えっと、一年生は俺達と同じで西館だっけ?」
「あ、わたしは、その、保健室登校なので、東館の一階です……」
「あ~、そかそか……」
坂を上がり、無事に校門をくぐると。
さっちゃんに言われるがまま東館の校舎に入り。
彼女を保健室まで送り届けてあげる。
保健室登校という言葉を、弱々しく口にする彼女へ。
うんうんと頷きながら校舎を歩いていると。
俺の肩をギュッと握りしめる少女の手に。
何か深い、事情を察する。
なので……。
「なあ、さっちゃん?」
「……何ですか?」
「どんな事があっても、きっといつか、元気に笑いあえる日が来るよ。俺が、そうだったから……」
「……っ」
体が弱く、保健室登校だと言う彼女へ。
純粋な思いを持って声をかける。
すると背中にいる少女は何も答えなかったが。
俺の肩を握る小さな手が、優しく添えられている事に気がつき。
少し安心する。
『あ、宮本さん! 先生心配したんだよ?』
保健室の前に行くと。
クリーム色のセーターを着た、線の細い男の先生が迎えてくれるので、俺は背中からさっちゃんを降ろした後、軽く頭を下げる。
「すみません、いつもの坂で遅れちゃって、でもこの先輩が、助けてくれて」
『そうだったの? ありがとう親切に。僕は宮本さんの担任だよ。二年の先生には後で僕が言っておくから安心して』
「いいえ、そんな、俺もどうせ遅刻でしたし」
すると少女がその先生へ。
事の顛末を説明してくれると。
その線の細い先生からペコペコと頭を下げられるので。
俺は気にしないでと首を振る。
『じゃあ、中に入って、早速プリントでもしようか……』
そしてその先生は、保健室の扉をガラガラと開くと。
いそいそと中へ入って行った。
それもそのはず、保健室の中を覗くと。
壁に立てかけられた時計は、11時を指していた。
一年の担任という事は、次の授業も控えているのだろう、保健室の机に大慌ててでプリントを出す先生を見ていると、初めからさっちゃんを背負ってあげればよかったかなと、苦笑してしまう。
「それじゃあ先輩……今日は、本当にありがとうございました!」
「ううん、また何かあったらいつでも言ってね?」
そして、俺のかたわらにいた少女が、クルリとこちらを向いたかと思うと、黒のツインテールを揺らしながら頭を下げる少女に、俺は気にするなと笑い返す。
「はい。あと……、わたしもこれからどんどん元気になりますんで、心配、しないでくださいね?」
「うん、分かった」
別れ際、俺のかけた言葉が気になっていたのだろう。
顔を赤く染めながらも。
嬉しそうな笑みで言う、その少女の言葉に。
俺も何だか嬉しくなって。
バイバイと手を振りながら、俺は自らの教室に向かった。
☆☆☆
『もう、こんな重役出勤を許すのは今日だけよ?』
「はい。気をつけます」
するとさっきの先生が連絡してくれたのか。
三時間目からの登校という大遅刻にも関わらず。
我らが担任、北村先生は。
軽く諭すくらいで許してくれた。
まあ、学校を忘れて大遅刻した時はどうなる事かと思ったが。あんな可愛らしい少女を助けた事で、結果的にこんな良い事が待っていた。
やっぱり良い事をすると。良い事が待ってる物だね♪
明日は遅刻しないように、気を付けよう♪
最後までご覧頂き、誠にありがとうございます!
明日は残るメインヒロイン! 清水氷華さんの登場です♪
そこのお兄さん♪ ナイスバデーなJK、うちにいますよ♡