第一話 始まりと共通ルート 星ノ宮ほのか編
「ワクワクして眠れない!!」
初めての登校を経験した翌朝。
胸の高鳴りとボクシングへの熱。
そして、まだ見ぬ恋人への抑えきれぬ欲望を感じ。
自らの部屋で目を覚ます。
ベットから勢いよく体を起こすと。
枕元にあった時計は、朝の3時を指しており。
外はまだ日が明けきっていないのか真っ暗だ。
「ふっ、どんだけ楽しみにしてんだよ学校を、遠足に行くんじゃないんだぞ」
そんな現実を理解した瞬間、俺は一人部屋で笑ってしまうが、目が覚めてしまったものは仕方がない。
軽くジョギングでもしながら、学校に行ってやろう。
ボクサーの朝は早い。
誰か部室に来てるかもしれないしな♪
「おはよ~母さん、って、流石に起きてないか……」
なので、ジャージ姿に着替えた俺は。
学生カバンに制服と荷物を詰め込んで、一階のリビングへと降りる。
だが流石にこの時間に起きている家族は誰もいないのか。
電気もついていない薄暗い一階を、俺は静かに進んで冷蔵庫を開け……。
《これを食べた者は死刑に処す! マリア大魔神より!》
と張り紙がされていた、メロンパンと牛乳を手に取りテーブルへ。
そしてその張り紙に何となくイラっとした俺は。
その紙を丁寧に鶴の形に折った後。
ゴミ箱にドーンッ!! っと捨ててやった。
なので簡単な朝食と、軽いストレッチを済ませた俺は。
朝の5時には家を出て、ゆっくりと学校へ向かう事に。
☆☆☆
「スゲー! 海だ~っ!」
真っ直ぐ学校に向かうと、5分もかからず着いてしまうので。
少し街を見物しながらジョギングする。
すると家の近くにコンビニや、公園を見つけたまでは良い。
だが住宅街を一つ二つと越えた先に広がる砂浜を見つけ。
もしやと思いそちらに駆けていくと、家のすぐ近くに綺麗な海を見つけた。
海の先にはいくつも島が見えて。
一番近い巨大な島にはバカデカい橋がかかっている。
そのあまりの雄大さと美しさに息を飲み。
早起きして良かったと、思わず笑みがこぼれた。
「よ~し母さん! 俺頑張るよ♪」
海に浮かぶ島々を眺めていると、故郷である石垣島をふと思い出し。
1月だというのに胸がポカポカしてきた。
「やっぱ、朝にジョギングしてると良い事あるね♪」
だがいつまでも景色に見惚れているわけにはいかないので。
俺は元来た道を戻り。
学校前の急な坂道を駆け上がっていく。
「ん? 何かこっちにも面白そうな場所が……」
すると坂の上に俺達の学校、世界高等学校はあるのだが。
その更に上、学校を少し超えた先に、広い高台の様な物を見つけ、そちらにも足を運ぶ事に。
「うわ~、綺麗だな~……♪」
その高台に向かうと、白いレンガ造りの広場からは。
先程俺が走ってきた街や、海が一望でき、キラキラと輝く青い海に、俺は思わず声を出してしまう。
「へ~、良い街だなホント。さ、ここで一汗流そうかな」
そしてこれからを過ごす街に、明るい笑みを浮かべながら背を向けた俺は、近くにあったベンチにカバンを置き、トントンと地面を跳ねながら足場を確認する。
すると白いレンガ造りの広場は、とても動きやすく。
ベンチや時計もあったので、ここで軽く練習していく事にした。
だってまだ時計は、5時を少し過ぎたあたりだったから。
きっとまだ部室には誰もいないだろうし。
下手したら閉まってるかもしれないしね。
それじゃあゆっくり、基礎の確認でもしますか♪
☆☆☆
「……よし、じゃあそろそろ、部室に行ってみようかな」
そして足のステップや、防御、基礎的な動作をひょこひょこと高台で確認していると、近くの広場にあった時計が6時を指していたので、ボクシング部の部室へと向かう事に。
誰か先にいてくれると良いんだけどな。
ボクシング部の朝練が何時か聞き忘れてたんだよ、遅刻じゃなきゃいいけど。
「おはようございま~す、誰かいますか~?」
そんな事を考えながら校門をくぐり、東館二階奥のボクシング部へやって来ると、俺は様子見な挨拶をしながら、扉をガラガラと開く。
すると中には誰も姿が見えなかったのだが。
何故か部室の電気は灯っており、扉も開いていたので。
これはラッキーだと早めに部室へと入り、練習を始める事に。
「でもおかしいな、電気もついてるのに……っつ!」
「んん~~! クソ~! 取れない~っ! この~っ!!」
なので、更衣室になら誰かいるんじゃないかと思った俺は。
誰もいない事に油断して、ノックもせずに更衣室の中へと入ってしまう。
すると、上下水色の下着を身に着けた金髪少女が。
更衣室中央に置かれた長椅子の下に顔を突っ込み、何かを必死に探していた。
その女の子は、お尻を突き上げる様にもぞもぞと動いており。
俺の目の前には、そんな女の子の白くて大きなお尻が。
「は~取れた、あたしのネコちゃん……って、誰?」
「ご、ごめんっ! まさか人がいると思わなくて!」
長椅子の下から、ゆるフワな金の頭を引き抜きながら、手に猫のキーホルダーを手にしたその少女は、背後にいた俺の存在に気がついたのだろう。
物凄い勢いで振り返り、真っ赤な顔で俺を睨みつけてくるので。俺も真っ赤になりながら顔を覆うのだが。
正直、見た事もない程綺麗なその女の子の下着姿に、釘付けになってしまう。
「見てないで出てけ!! って、ひゃあっ!」
「っつ! 危ない!」
その少女は、俺を更衣室から追い出そうとしたのだろう。
烈火の如く怒りながら迫ってきたのだが。
全部脱げばいいものを、膝の辺りまで下ろしていたスカートが足に絡み。
俺の前に倒れこんでくる。
なので俺は、そんな彼女に手を伸ばし受け止めてあげるのだが……。
「だ、大丈夫?」
「触んな~!!」
「あいた!」
だが鼻と鼻がつく程に近づいたその少女へ。
俺が真っ赤になりながら声をかけると。
少女はずり落ちたスカートをたくし上げながら。
俺のすねを思い切り蹴り上げ、俺を追い出すと。
自らは更衣室に戻って行った。
どうしよう。
警察に覗きとかで捕まんないよね?
だけどそれにしても、綺麗な子だった。
《……ギイ》
「さ、さっきはすみませんでしたっ! わざとではないんです~! わっさいび~ん!(沖縄方言でごめんなさい)」
「ふん、どうだか、ていうかアンタ誰よ? 見た事ない顔だけど、ひょっとして不審者?」
数分後。
更衣室の前で待っていると。
ジャージに着替えた金髪少女が出てくるので、俺は土下座して謝る。
「……おはよ、何してんのほのか」
するとタイミングよく、後ろから涼花さんが部室へ入って来るので、救いの眼差しを彼女に向けるが。
「涼花聞いてよ! 変態がいるの! マジキモいんだけど」
へ、変態……。キモい……。
その涼花さんの元へ、その金色の髪を揺らす女の子がスタスタ歩いて行くと、俺は大きな二人に見下ろされながら、シュンと小さくなる。
ていうかこの二人。
ホント身長大きいしスタイルも良いよな、芸能人顔負けだぜ。
「……水野君、何かしたの?」
「誰もいないと思って、その子の着替えてる更衣室に入っちゃったんだ。……ホント、すみませんでした~っ!」
ほのかと呼ばれた少女の言葉に、涼花さんまでもが少し不審な目で俺を見下ろしてくるので、興奮したが……。じゃない!
反省したので。
俺はもう一度、前世もあわせば10個も年下の女子高生達に向かって。
深々と土下座をする。
「で? あんた誰なの? うちのジャージ着てるみたいだけど、まさか新入部員って言うんじゃ……」
「……この人は、うちの新入部員だよ。まだ仮だけど」
「あのクソジジイ! 遂にボケやがったのね! 伝統ある世界高等学校ボクシング部に、こんな変質者を……」
「やめて! よっちゃん先生を悪く言うのはやめて!!」
すると涼花さんが、その少女に俺の簡単な説明をしてくれるのだが、あろう事か俺の入部を認めてくれた。あのおじいちゃん先生を悪く言い始める為。
俺は顔をあげ、烈火の如く言葉を続ける。
「さっきは本当にすまなかった。だけど悪く言うなら俺を悪く言ってくれ。俺の名前は水野大雅! 世界チャンピオンになる男だ!」
「変態の?」
「ボクシングの!」
すると、心底バカにした様な顔をしてくるその金髪女に。
俺は床に正座したまま怒る。
なんなんだよ変態の世界チャンピオンって。
パンツを頭から被って戦うのか?
いいだろう! やってやる!
お前のパンツを使ってなあっ!!
「……ほのか、この人意外と真面目だよ。この前だって、初めての部活だったのに、最後まで残って練習してたし」
「ふん、どうだか、まあ良いわ。あんた! うちのボクシング部が、超強豪校だって分かって来たのよね?」
「は、ハイ……」
涼花さんの言葉を鼻で笑い飛ばし、俺の目の前にグッと顔を近づけながら、金色の髪をなびかせる少女に、俺はうかつにもドキッとしながら、小さくうなずく。
「あたしの名前は星ノ宮ほのか。この世界高等学校ボクシング部で、マネージャーをしているわ。あんたみたいな気持ちの悪い変態、二度と部活にこれなくなるまでシゴいてやるから、覚悟しておきなさい?」
「っつ!?」
「返事は? この変態!」
「は、はいっ! お願いします……♡」
すると、そんなSっ気たっぷりの言葉を、まるで汚物を見るような目で言い放つほのかさんに、俺は思わずドキドキと胸が高鳴るのを感じる。
もしかして、これは恋?
いいえ、性癖です♪
「それが嫌だったら、早くボクシング部を辞める事ね、あんたが続けられる程甘い場所じゃないわ」
「……もう、ほのか! ごめんね、あの子慣れない人に、強く当たるクセがあって」
「そうなんだ。でも、完全に俺が悪いよ」
強く当たってくれた方が、俺としても嬉しいし♡
綺麗な金の髪をなびかせながら、颯爽と部室を出ていく美少女に、仲が良いのか、物静かな涼花さんが必死にフォローをするので、大丈夫だと頷き返す。
まあ冷静に考えたら、女子高生の下着姿を見て。
軽い説教くらいで済んだのなら、安いもんだろう。
前世でやってたら確実に捕まってるからなあ!!
ヒャー♪
「でも、昨日の部活にはほのかさんはいなかったのにね、もしかして、朝だけマネージャーしに来てるの?」
「……ううん、ほのかは、テレビにも出る様なモデルさんだから、昨日は雑誌の仕事で学校を休んでたの。ちなみに同じクラスの同級生なんだよ?」
「へー! あの子芸能人なの? どおりで綺麗なわけだ。同い年なのに身長も高いし、お尻なんて桃みたいに……」
「……ほのかのお尻、見たの?」
「さ、練習始めようぜ♪」
これ以上話すと墓穴を掘りそうだ。
俺がよいしょと立ち上がりながら口を開くと。
涼花さんまでスススと俺から距離を取るので。
俺は爽やかな笑みを浮かべて、朝の練習を始める。
すると徐々に部員達も集まって来て、皆一丸となって朝練に励んだ。
「ふんっ!! べ~~だ」
だが途中、部室に戻ってきたほのかさんに、文字通りギロリと睨まれたが、俺は彼女の事をS嬢だと思い、これはプレイの一環だと思う事で、その緊迫とした空気を乗り切った。
《S嬢》とは、サディスティックな役割をする女性。別名女王様♪
国を治めていない方の、ムチとかブンブン振り回す。
えっちな、女王様♡
☆☆☆
『ふぉっふぉ、それでは今日の練習はこれで終わりじゃ、夜も遅い、気をつけて帰る様にのう』
『『『お疲れさまでしたー!!』』』
そして朝練。放課後と。
ボクシング部の練習に参加すると、早いもので夜の7時。
おじいちゃん顧問。
もといよっちゃん先生のそんな言葉と共に、部活動は終了する。
「はちみつレモン作ってきたから! 皆食べなさい!」
『『『おお~、はちみつレモン俺好きなんだよな~』』』
すると、部員達が一斉に歩みを進める更衣室の前で。
金色の髪をゆらすほのかさんが、タッパーに入ったはちみつレモンを配り始める。
なので部員達が一斉に列を作る中。
俺は列の最後尾に並び、そのはちみつレモンにありつこうと、彼女の持つタッパーに視線を送る。
すると何十人もの部員達がいるからか。
多めに作っていたのだろう、まだ大分余りがある。
「それじゃあ俺も、はちみつレモンを♪」
「はあ? あんたにはあげないから」
「え~!? 何で?」
するとまだ、タッパーに沢山はちみつレモンが残っているというのに、俺の番になった途端、タッパーの蓋を閉じるほのかさんへ、俺は納得できないと声をあげる。
「人の着替えを覗いておいて、はちみつレモンにありつこうなんて虫が良すぎるのよ。それ以上近づいたら蹴るから」
「だからそれは、悪かったって! だけど、カギをかけないお前も、お前なんだぞ?」
「っつ!! だってそれは! これまであんな早い時間に来るの、涼花くらいだったし……」
タッパーを持って逃げようとする金髪JKへ。
俺が小さくそんな言葉を返すと。
ほのかさんは真っ赤な顔で振り返り、恨めし気な表情で見つめて来る。
でも確かにな。朝の6時に部室に来る奴なんて。
そうそういない。今日だって、初めは俺と涼花さんの二人で練習してたくらいだし。
「その、着替えを見ちゃったのは、本当に悪かったよ。もう二度とないように気をつける。だから、許してくれ」
「……むう」
だけど、ここはもう一度俺が折れておこうと。
改めてほのかさんに頭を下げる。
するとほのかさんは。
綺麗に整った顔を、少し赤らめながら……。
「もう、覗かないって約束出来るの?」
「うん。覗かない」
「じゃあ、これ……、食べていーよ」
そんなやり取りをした後。
はちみつレモンの入ったタッパーを差し出してくる。
なので俺は、飴色に染まったレモンを一つ手に取りながら、パクリと口に運んだ。
「ふふん♪ 感想は?」
「うん! めっちゃ美味しい♪」
「当り前よ、強豪校でマネージャーをするのも、甘くはないんだから♪」
するとはちみつレモンを口に入れた瞬間。
口の中に広がる柑橘系の香りと。
はちみつの深い甘みに、俺は思わず笑顔を返す。
そしたら俺の反応に気を良くしたのだろう。
自らもパクパクとはちみつレモンを食べ始めるほのかさんに、俺も安心した。
マネージャーをするのも甘くはないのよと言われた瞬間。
はちみつレモンは甘いのになあ!! ダッハッハッ!
と言おうと思ったが、怒られそうなのでやめておいた。
なのでその後。
更衣室で紺のブレザーに袖を通した俺は。
他の部員に交じり、はちみつレモンの余韻に浸りながら帰路についた。
それにしても、女の子の体を今日初めて見た気がするぞ。
初めてがしかも、あんな可愛い子なんて……♡
ダメだ。今日も眠れなくなりそうだ。
明日の為に、心頭滅却しながら家に帰ろう。
明日、何が待ってるか分からないからな♪
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