9お出かけをしよう
翌朝。
マティアス様より早く起きようと頑張ったものの、そもそも朝が苦手な私には無理なことだった。
だからユリアンが朝食作ってるんだけどさ。
正直朝顔を洗う時に顔を合わせるのは気まずいんだけれど、一週間以上たつとだんだんどうでもよくなってくる。
それでも朝食の前に着替えて化粧を済ませるように頑張ってはいるけれど。
「姉ちゃん変なの。前はご飯のとき化粧なんてしてこなかったじゃない」
朝食の時、ユリアンは私の顔をまじまじと見つめて言った。
「私だって気にするのよ」
「気にするって何を?」
乙女心がよくわかっていないユリアンは、私にあれこれ言ってくる。
それをマティアス様は笑ってみていた。
「だって姉ちゃん、今日休みだろ? なのにそんなに化粧してどっか行くの?」
そう、私は今日お仕事お休みだ。だけど化粧をして、ちゃんと着替えているのがユリアン的には不思議らしい。
マティアス様が来る前は、休みの日なんてユリアンが起こしに来るまで起きなかったしなあ。
おかげで眠いんだよね。
「そう言うわけじゃないけど……」
「予定ないんなら、皆で出かけようよ!」
そう言ったユリアンの尻尾が勢いよく揺れている。
「町の散策しようよ! 俺、行ってみたいところあるんだ」
「あぁ、この間話していたところ?」
マティアス様が言うと、ユリアンは嬉しそうに頷く。
「うん、シュテル湖の近くに鍾乳洞っていう洞窟があるんだって。そこに行ってみたいんだ」
シュテル湖は町はずれにある湖だ。鍾乳洞の中にある地底湖がとても幻想的らしい。
「なんで鍾乳洞なんて……」
と私が呟くと、ユリアンは頬を紅く染めてそっぽを向いた。
あ、わかった。
鍾乳洞は若い男女がお出かけするのに人気の場所だ。
恋が実る、なんていう噂まである。
きっとそこにユリアンが気になっている獣人の女の子を誘いたいんだろうな。きっとその前に下見に行きたいんだろう。
「リーズちゃんを誘って行きたいんでしょ?」
と私が言うと、ユリアンは顔を真っ赤にして小さく頷いた。
「リーズが行ってみたいって言ってて。だから誘う前に自分の目でどんなところか観に行きたくて……」
「そんなことしないでさっさと誘ってふたりで行けばいいのに」
するとユリアンは首を横に何度も振った。
「お、俺だってそうしたいけどでも、下見してからじゃないとなんか自信持てないと言うかなんというか」
うん、私には理解できない考えだけれど。
まあユリアンが言うなら私は断るつもりもなくって。
「鍾乳洞なんて見たことないから見てみたい」
などと言いだすマティアス様を止める理由も見当たらず、私たちは町の散策がてら湖まで行くことにした。
シュテル湖は馬車で三十分ほど離れた場所にある。
だから行こうと思えばいつでも行ける観光地なんだけれど、近すぎてなかなか足を伸ばさない。
私も行ったことがないのでちょうどいいはちょうどいいかな。
私は幅広のズボンに桃色のシャツを着て、白い帽子をかぶった。
それに斜め掛けの鞄に財布や水筒、おやつを詰め込む。
ユリアンは黒いズボンに紺色のシャツを着て、黒い鞄を背負っていた。
「楽しみだなー。なんだか家族旅行みたい」
無邪気に笑ってユリアンが言う。
「家族ってどういう意味よ」
「マティアスさんがお父さんで、エステル姉ちゃんがお母さんで、俺が子供!」
ふだん子供扱いすると怒るくせに、何言ってるんだろうかこの子は。
「いや、あなたが一番年上じゃないの」
ユリアンは二十四歳でマティアス様より年上だ。
黒いズボンに灰色と黒の縞模様のシャツを着たマティアス様が、目を瞬かせて驚きの声を上げた。
「え、そうなの?」
「俺、二十四歳だからね」
あっけらかんとユリアンが言うと、マティアス様彼をまじまじと見つめる。
「獣人と人の成長速度は違うと聞いているけれど……そんなに違うんだね」
「マティアスさんは二十一歳だっけ? 俺と大して変わんないじゃん」
人間で三歳離れてるは結構な差だと思うけれど。
そもそも獣人と人間では寿命の長さもかなり違うから、年の差の感覚は人とはだいぶ違うんだろうな。
「そうそう、だから親子はないでしょ、親子は」
私が言うとユリアンは声を上げて笑った。
「ははは。そうだね。ほら、早く行こうよ、姉ちゃん、マティアスさん」
そして、ユリアンは私の腕を掴んで引っ張った。