表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/55

番外編 命を繋ぐ3

 結婚式当日。

 教会に着いたとき、私はふと空を見上げた。

 晴れた青い空を、一羽の大きな鳥が横切るのが見える。

 あの鳥、なんだっけ?


「エグルだ」


 隣に立つマティアスが空を見つめて呟く。


「とても大きな鳥ですね」


「うん、そうだね。鳥の中では最大級なはずだよ」


「そうなんですか」


「君のおかげで、鳥には割と詳しいんだ」


 その言葉で、私の黒歴史の扉がきしんだ音を立てて開かれる。

 私は耳を抑えて、


「やめてください私の恥ずかしい過去を思い出させないでください」


 と言い、彼に背中を向けた。

 幼い頃、私がマティアスに質問攻めをしたお陰で、彼は鳥とか花とかに詳しくなったらしい。

 ……いや、忘れたい。

 なまじ覚えているから恥ずかしくて仕方ない。

 昔の私の馬鹿。

 肩にそっと手を置かれ、ぐい、と身体を引っ張られ半ば強引に後ろを振り向かせられてしまう。


「別に、気にしてなんていないよ」


「いや、私は気にしますから、だから私は忘れることにします」


 そう、忘れることに……したいのにできない。

 彼は私を引き寄せ、


「行こう。準備しないと」


 と言って、なぜか私の頬に口づけた。




 大きな鏡の前に立ち、私は頭からつま先までまじまじと見つめた。

 このドレスを着るのは二度目なので、大して驚きとかはないのだけれど……やっぱり裾、長くないでしょうか?

 どこかに引っ掛けないかな、とか、転んだりしないだろうか? とかいろんなことが気になってしまう。

 化粧が濃い。

 口紅が紅い。

 鏡の自分は本当に私なのだろうか?


「結婚式の女の子はやはり華やかだね」


 弱々しい、静かな男の声が背後から聞こえ、私はばっと振り返った。

 振り返ると、鮮やかな青い祭服を纏ったデュクロ司祭が杖を手にし、壁に背をもたれて立っていた。


「デュクロ司祭」


 この服と踵の高い靴では走ることは出来ず、仕立屋さんの手を借りて私は彼に歩み寄った。

 真っ白な髪に、白い顔。

 優しく微笑み、彼は言った。


「その格好で歩くの、大変じゃない? 動いたら疲れてしまうよ」


「それはデュクロ司祭もいっしょでしょう。大丈夫ですか?」


「大丈夫だよー。ほら、式の前に挨拶をしておこうと思って」


 そんなのいいのに。

 という言葉を私は飲み込む。


「デュクロ司祭の祭服、初めて見ました」


「そうだよねー、僕も見慣れなくて変な感じがするよ」


 と言い、彼は下に視線を向けて祭服をまじまじと見た。


「今日のために仕立てたんだよー。似合う?」


 初めて晴れ着をきた子供のような笑みを浮かべて聞くので、私はこくこくと頷いた。


「はい、お似合いですよ」


 青い祭服の胸には金色の糸で紋様が描かれている。


「エステル……司祭様、やっぱり」


 少し慌てた様子で入ってきたのはマティアスだった。

 デュクロ司祭を見て、苦笑して言った。


「デュクロ司祭を教会の方が探していましたよ。勝手に抜け出したと言って」


「ははは、ごめんね、マティアス君。最近ずっと大人しくしていたからさ、今日くらいは好きにしたくて」


 大人しくしていたんだ。それは意外。


「司祭様」


 この声はルロワさんだ。

 紺色の祭服に身を包んだルロワさんは入ってくると、私の方を見て深々と頭を下げた。


「エステル様、マティアス様、本日はおめでとうございます」


「どうしたの、ルロワ君」


 慌てた様子のルロワさんはデュクロ司祭の方を向くと、安堵や心配が入り混じったような顔をして言った。


「デュクロ司祭様、捜しましたよ。何も言わずに部屋を出ますのは本当におやめください」


「ははは、それは悪かったね、ルロワ君」


「そう思うのなら、戻りますよ。

 エステル様、マティアス様、お騒がせして申し訳ございません」


 ルロワさんはデュクロ司祭の腕をがっしりと掴むと引きずるようにして部屋を出て行った。

 大丈夫かな、本当に。

 私とマティアスは顔を見合わせた。

 そして、彼は私の着ているドレスへと視線をおとし、にこっと笑った。


「一段と素敵だね」


「恥ずかしいので人前でそう言うことをおっしゃらないでください」


 人前で言われるのは本当に恥ずかしい。

 背後で仕立て屋さんや私に化粧を施してくださった方たちが、仲がよろしいんですねー、なんて呟いているのが聞こえてくる。


「お客さんが来たから連れてこようと思ったんだけれどいいかな」


「客、ですか?」


 客、と言ったら参列者の誰かだろう。

 でも誰だろう。

 マティアスは部屋を出てその客人を連れてすぐに戻ってきた。

 やってきたのは、灰色のスーツを纏ったユリアンだった。

 彼は破顔して私に抱き着こうと言うそぶりをして停止した。


「あ、まずいよね、抱き着いたらまずいよね」


「えぇ、まずいと思うわよ」


 あまり聞き覚えのない女の子の声がその後ろから聞こえてくる。

 現れたのは、明るい茶色の髪に濃い茶色の毛並みの三角の耳がのぞく、獣人の女の子だった。

 晴れた空のような青い瞳、薄紅色のドレスから濃い茶色の尻尾が見える。


「リーズ……ちゃん?」


 ユリアンが片想いしているリーズちゃんだ。

 彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめ、頭を下げた。


「おめでとうございます、エステルさん」


 あれ、ユリアン、リーズちゃんと一緒ってことはこれはもしかして、告白したのかな?

 私はユリアンの方を向いて問いかけた。


「告白したの?」


「わーわー!」


 と大声を立ててユリアンは慌てだす。


「お、俺たち別に付き合うとかそう言うんじゃなくてその……」


「ユリアンが首都に行くと言うので、私ついていきたいってお願いしたんです」


 ふたりが早口でそうまくしたてた。

 そして、ふたりは視線を合わせ、真っ赤な顔をして俯いてしまう。

 これは……リーズちゃん、脈ありじゃないでしょうか。

 なんだか甘酸っぱい気持ちになるのは何故だろうか。


「でも、ふたりきりで来たの?」


「ううん、保護者がいるよ!」


 保護者、という言い方がなんとなく引っかかるなと思ったら、リーズちゃんの後に続いて入って来た人物がいた。

 黒いスーツを纏った、黒い髪に黒い三角の耳が見える獣人……黒い獣人のアレクシさんだ。

 え、彼が保護者?


「ほら、うちのお母さんさすがに赤ちゃん抱えて旅に出られないし、リーズのところも仕事があるから難しいって言って。どうしようってなった時、連れて行ってくれるってアレクシさんが言ってくれたんだ」


 アレクシさんは監禁されていた後また旅に出たと聞いたような。

 いつの間にかプレリーに戻っていたのね。

 彼は軽く私に会釈すると、


「騒がしくて、申し訳ございません。

 おめでとうございます、マティアス様、エステル様。

 その節はお世話になりました」


 と言って、今度は深く頭を下げた。


「い、いえ、私は何もしていませんし」


「そんなに大したことはしていないし」


 私とマティアスさんが交互に言うと、アレクシさんは首を振った。


「助けられたのは事実ですから……司祭にも、あのままでしたら私は人を殺していました」


 いや、あれは殺したとしても仕方がないような。

 思わず私とマティアスは顔を見合わせる。


「ねえねえなんか難しい話?」


 ユリアンのあっけらかんとした声で、一気に場の雰囲気が変わる。

 私は笑って首を横に振り、


「ううん、なんでもない。遠くまで、ありがとうございます」


 と言って、アレクシさんに向かって頭を下げた。




 教会の鐘が鳴る。

 いつ入って、何をしてって説明はされたし練習はしたけれど、本番となると緊張してしまう。

 私の隣を歩く予定の父は、すでに涙目だった。


「エステル……結婚なんてできないんじゃないかと心配していたが……本当によかった」


 そんな父を見ていると緊張感が薄らいでくる。


「お酒の勢いで婚約者決めといて何を言ってるの」


 呆れ顔で言うと、父は首を振り、


「だって、獣人渡したくなかったし。だったらエステルを婚約を決めてしまえと思って。あれは絶対に負けられない戦いだったんだから」


 と訴えてきた。

 負けられない戦いと言うとかっこいいけれど、でも酔っ払いの賭け事ですよね。

 そんな話をしているうちに、鐘の音はやみ、オルガンの音が聞こえてきた。

 礼拝室に入る茶色の扉がゆっくりと開かれる。

 さあ、式が始まる。




 マリエール大司教の言葉で式はすすめられていった。

 聖歌を歌い、聖典が読まれ、そしてその時がやってきた。

 背後で人々がざわめくのが聞こえてくる。

 

「いらないよ、それ」


 なんていうデュクロ司祭の呟きのあと、彼が私たちの前に立った。

 真っ白になった髪、青い祭服。彼の背後にある花の紋章が描かれた窓から差し込む日の光を浴びたデュクロ司祭は、なんだかこの世のものとは思えない、儚い存在に思えた。

 デュクロ司祭は杖を持たず、背筋を伸ばし私たちを見つめた。

 あれ、こんなに威厳のある方でしたっけ。

 なんだか別の人に感じるのは服装と場の雰囲気のせいだろう。

 

「マティアスさん、汝は女神の導きによりエステルさんを妻とし、死がふたりを分かつまで愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」


 普段飄々と話すデュクロ司祭が、凛とした、はりのある声でマティアスに問いかける。


「はい、誓います」


 少し緊張を感じる硬い声で、マティアスが答える。

 デュクロ司祭が私の方を見る。彼は微笑んで私に問いかける。


「エステルさん。汝は、女神の導きによりマティアスさんを夫とし、死がふたりを分かつまで愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」


「はい、誓います」


 私の唇からでた声は案の定震えていた。


「では、指輪の交換を」


 デュクロ司祭が、ルロワさんから渡された指輪台を私たちに差し出した。

 銀色の指輪が二つ、それにのっている。

 私がしている白い手袋を付添人が回収していく。

 マティアスは私の手を取ると、受け取った指輪を薬指にはめた。

 あ、本当に夫婦になるんだ。変な感じだった。

 賭けで婚約者を決めるなんてありえないと思っていたのに、その相手と私、結婚するんだ。

 私も、手渡された指輪を彼の薬指にはめる。

 このあと待っているのは誓いの口づけだ。

 恥ずかしいから嫌だと拒否したのだけれど……するだろうな……

 私の視界を覆っていたベールがあげられ、肩に手を置かれたかと思うと、そっと唇が触れた。

 あ、やっぱり口にされた。

 額と言う案も出したのに。

 私たちはデュクロ司祭に促され、列席者のほうを振り返る。

 たくさんの、人、人、人。

 こんな人数の前で口づけしたのかと思うと恥ずかしさで顔が熱くなるところだけれど、それ以上に緊張して足が震えた。


「今ここに、女神の前でふたりが夫婦になることを宣言いたします。マティアス、エステル、ふたりに女神様の祝福がありますように」


 デュクロ司祭は私たちを祝福した後、そのまま礼拝室を後にした。

 結婚証明書への署名をすませ、式は終わり私たちは皆に祝福されながら礼拝室を後にした。

 神官見習いとしてたくさんの結婚式を行ってきたけれど、私がこんな風に皆に祝福されるのは不思議な気持ちだった。

 私は、幸せな顔をしているだろうか?

 私が見てきたたくさんの花嫁と同じように。

 いや、きっとしているんだろうな。

 だって、私、彼と一緒にいるのが嬉しいと思っているから。

 私は、マティアスと繋げていきたいと思う。

 次への命を。

ありがとうございました

感想とか評価とか頂けると嬉しいです

お付き合いくださりありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ