47お母様に聞きたい
デュクロ司祭の部屋を後にして、私は神官のアンヌ様に外に出ると伝えた。
行く場所は、リュシーの実家である町長の家だ。
今朝リュシーが家に来たとき約束を取り付けておいた。
お母様に会うために。
リュシーのお父様は警察の汚職が明るみになりかなり忙しいらしく、数日家に帰っていないとか。
まあそうなるよね。
町長の家に着くとすぐに客間に通され、間もなくお母様が現れた。
紺色のスーツを纏ったお母様は私を見るなり、笑顔で、
「貴方から会いたいなんて言ってくるなんて珍しいじゃないのー」
と言い、私の向かいにある長椅子に腰かけた。
侍女がお茶と焼き菓子を運んでくるのを横目で見つつ、私はお母様に尋ねた。
「で、お母様はこんな所で何をなさっているのでしょうか」
「え? 言ったじゃないのー。大公直属の捜査機関の課長になったのよー」
あ、本気の顔をしている。
課長って言うんだ。それって偉い人って事よね。
「お母様、なぜそんなことに」
「だって、暇なんですもの。子供は手を離れてしまったし。それにね」
と言い、お母様は侍女が運んできたお茶の入ったカップを手に取る。
「私たちの祖先は獣人たちと約束をしたのよ。彼らを守り保護すると。獣人の子供たちの誘拐には頭を悩ませていて、その手口は巧妙化しているのよね。しかも大陸横断鉄道の開通のおかげで輸送に時間がかからなくなったためか、年々増加傾向にあるのよ。獣人たちを守るために、外国の機関との協力は不可欠だし、町と国境を越えて捜査できる機関と言うのが必要だったわけ」
「よくお父様が許しましたね」
するとお母様は口角を上げてにやりと笑い、
「あの人が私がしたいと言ったことに反対するわけないじゃないのー」
と言いカップに口をつけた。
確かにそうですね。
「まあ、私には時間がたくさんあるし、やりたいようにやるわよ。ああいう誘拐組織は次から次へと生まれてくるものだけれど、撲滅に向けて尽力するつもりよ。約束を守るためにもね」
「約束……」
「ところで、二年でうちにかえってくるっていう約束はどうなるのかしら?」
にやにやと笑いながらそう言われましても、お母様、私の答え、わかっていらっしゃいますよね。
私はお茶のカップを手に取り、
「まだ神官になれていませんし、もう少しこちらにいたいかなーなんて思っていたりします」
と答え、お茶を一口飲んだ。
「あら、それだけなの?」
カップを机に置き、お母様はずいっと身体を乗り出してきた。
いたずらっ子のような笑みを浮かべて。
「マティアス様と一緒にいたいからじゃないの? 聞いたわよ。彼、こちらの学校に通おうとしているって。あと貴方指輪……」
「わ、私はあの、神官になるのが夢だし、マティアスさんとはその……いや、まあ……一緒に暮らしていきますけれど……」
指輪のこと、やっぱり気が付いていますよね。あぁ、恥ずかしくなってきた。指輪は今していない。なくしたら嫌だから家に置いたままだ。
しどろもどろになった私を、お母様は楽しそうな顔をして見つめている。
「貴方恋とか全然してこなかったみたいだから心配していたのよね。いろんなことをすっ飛ばして彼と一緒に暮らすとかどうなるかと思っていたけれど。あちらは本気だったのねー」
言いながらお母様は長椅子に戻り、嬉しそうに顔を緩ませた。
「孫はいつかしらねー」
「や、やめてください。私……もう恥ずかしいから」
顔があっつい。
今鏡を見たら私の顔は夕焼けよりも赤く染まっていることだろう。
あー、恥ずかしい。
私は恥ずかしさを誤魔化そうと、焼き菓子を次から次へと口に放り込み、お茶でそれを流し込んだ。
「私もお父様も、貴方が選ぶことに私は反対しないわよ。でも、一度家に帰ってお父様にちゃんと話すのね。自分の口で」
「はい、わかっています」
冬が終わったら一度実家に帰ってお父様と話をしよう、とは思う。
今はちょっとそんな気持ちにはなれないけれど、手紙くらいは書いておこうかな。
獣人を守るために賭けに勝ち、私をマティアスさんの婚約者にしたお父様。
てっきりろくでもない理由で私を賭けの材料にしたのかと思っていたけれど……ちょっと見直した。
「季節がめぐりまた春がやってくるわ。教会でたくさんの人を祝福してきたのでしょう? 私は貴方が祝福されるのを早く見たいなー」
「それはつまり……」
結婚って事よね。
私が結婚……いや、想像したことないわけじゃないけれどあの場に自分が立つのかと思うと不思議な感覚に襲われる。
「でも私、まだ見習いだし……」
「神官見習いでも結婚はできるでしょう?」
「いやまあそうですけど」
「デュクロ司祭が元気なうちにね」
元気、とは言い難いですよ、司祭様は。
あ、さっきデュクロ司祭に言われたことを思い出したら涙がこみ上げてきそう。
あの方に残されている時間はきっとわずかだから。




