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46司祭様

 何度目かの、二人だけの朝がきた。

 目が覚めると、隣で眠るマティアスさんと目が合う。


「あ……おはようございます」


「おはよう」


 と言い、彼は私の額に口づけた。

 くすぐったい。


「あの、いつから起きていたんですか?」


「ずっと寝顔見てたから……よくわからない」


 いたずらっ子のように笑い、マティアスさんは私を抱き寄せた。


「ちょ……あの、苦しい……」


「もう絶対に離さないと言う、俺の決意表明」


 などとふざけた口調で言う。


「な、何を言っているんですか。離さないとか意味が……」


「だって、婚約を無かったことにって言われたの、けっこう衝撃だったから」


 そう言ったマティアスさんの顔は笑っている。

 本当に衝撃だったのだろうかと疑いたくなる顔だ。


「君、だまってどこかに行ってしまいそうでちょっと怖いから」


 それについては否定できないかもしれない。


「いや、あの、さすがの私でも黙ってどこかいくはさすがにやりませんから。私のいる場所は貴方の隣ですし」


「そう言ってくれるのは嬉しいなあ」


 と、本当に嬉しそうな声音で言い、また彼は私を力強く抱きしめた。




 空はよく晴れているけれど、日の光はとても弱くて、冬の訪れを感じさせる。

 吐く息は真っ白で、行き交う人たちはみな厚着をして足早に歩いて行く。

 教会に出勤し、私は、まだ寝てると言うデュクロ司祭の部屋に押し掛けた。

 彼は眠ってはいなかったけれど、かなり身体がお疲れのようで、寝間着のまま白い顔をして横たわっていた。


「いやあ、面白かったね、エステル君」


 私の顔を見るなり、寝台にうつ伏せで寝転がったまま、デュクロ司祭は本当に心底楽しそうな声で言った。


「いや、楽しくはなかったです」


 寝台に椅子を寄せて、それに腰掛けながら私は真顔で答える。

 貴重な体験ではあったけれど……楽しいとは言えない。

 正直あのまま帰れないのではないかと思ったし。本当にデュクロ司祭が殺されるのでは……と思いだすと怖くなる。

 すると、デュクロ司祭は顔をあげて、


「え!」


 と、本当に驚いたという顔をした。

 この方はどこまで本気なのかよく分からなくなるときがある。


「いや、だって殺されるところでしたよね? わかっていますか?」


 顔を近づけそう詰め寄ると、デュクロ司祭は苦笑して、


「自分の身くらい自分で守れるよー」


 とのんきな声で答える。

 何をおっしゃっているのだろうか、この方は。

 私があの場でどれだけ思い悩んだか。


「そういう冗談はいらないですから、とりあえずなんで私に色々と黙っていたのか話していただけますか?」


 そう問いかけると、デュクロ司祭はそっぽを向いてしまった。

 何これ、子供かな。


「話したら止めるでしょー」


 と、駄々っ子のような声音で言う。


「当たり前です」


「だから話さなかったんだよ。それに、君の目には迷いがあったしね」


 迷い、と言う言葉は私の心にぐさりと深く突き刺さる。


「そ、それは……否定、しないですが……」


 確かに悩んでいた。マティアスさんのこと。私が受け継いだ魔法のこと。

 デュクロ司祭は私の方へと向き直り、いつもの笑顔を浮かべて言った。


「女性にあの魔法を教えるのはどうかとは思ったんだよねー。女の子って子供を産めるじゃない? 僕が子孫を残すことを放棄するのは簡単なことだけれど、君みたいな若い女の子に命を削る魔法を使わせるのは残酷なことじゃないかなって」


「それは……」


 癒しの魔法を使えば使うほど使用者の命は削られていく。

 その分寿命は短くなるわけだから、子供の成長を見届けるなんてことができなくなることもあり得るわけだ。

 デュクロ司祭のように、三十過ぎでこんなに身体が弱ってしまったら子供を育てるとかできるわけがない。

 まあ、この方の場合は魔法を使いすぎなんだけれど。

 私はデュクロ司祭のようになんてなれない。

 共に生きたいと思う相手ができたし、子供は……どうかな、まだ考えられないけれど。

 きっと私は命を繋いでいくことを選ぶだろう。

 それを思うと私は余り癒しの魔法を使えないかもしれない。


「それでも私は……必要とあれば魔法を使います」


 そう、今は信念を持って答えられる。

 だってこの力があるから私は彼を助けられたし、ニコラさんを助け出すことができたと思う。

 するとデュクロ司祭は頬杖をついて足をバタバタさせて言った。


「何かあったの? 目に迷いがなくなってるけれど」


 何かあった。確かに色々あった。色々と。

 それを思い出すとたぶん何も話せなくなってしまうので、


「濃い数日間でした」


 とだけ答える。


「そうだねー。何年か寿命縮んだかも」


「それは洒落にもなってないですから」


「ははは、そうだね」


 本当にこの方は自分の命をなんだと思っているんだろうか?

 ちょっと心配になってくる。


「僕は笑って死ねればそれでいいんだよ。最高の人生だったって、僕は思っているから」


 そう思えるのって凄いな。

 私は後悔のない人生を送れるだろうか?

 デュクロ司祭のように、最高だったなんて言えるだろうか?

 その為にも、できることをやりたい。


「あの、デュクロ司祭」


「なんだい、エステル君」


「以前仰っていたじゃないですか。私たちが力を使わなくても済むように、医療は発達するって」


「うん、僕はそう信じているよ」


「その為にも、医療に携わる人を増やしていかないと、ですよね」


「うん、そうだね。国によって医療技術に差があるから、そういうのを共有できたらいいんだけど」


 たしかに国家間の格差は大きいでしょうね。

 医学の発達している国ってどこかな。

 そう言えば私は、そう言う情報を知らない。

 科学がとても発達している東の帝国かな、やっぱり。

 それとも西の王国だろうか?


「何を考えているんだい?」


「あの……どうしたら進んだ医療技術を取り入れられるのかなって」


「まあ自分たちで生み出す方が手っ取り早いよね。幸いカスカード公国は教育に力を入れているおかげで、優秀な人材が集まりやすいし、研究しやすい環境っていうのがあるといいんじゃないかなあ。まあ、そう言うのは当事者たちに聞き取るのがいいよね」


「そうですね」


 それには時間がかかるだろうけれど。いつかこの魔法がなくても誰でも医者にかかり、病気やけがが治せるようになるといいな。

 その為に私ができることってあるかな。


「ところでね、エステル君」


 デュクロ司祭はゆっくりと身体を起こし、寝台に腰かけて私の方を向いた。


「は、はい」


 どうしたんだろうか。

 窓から差し込む太陽の柔らかい光の中で、彼は優しく微笑んだ。

 ゆっくりと手を上げて、私の肩に置いた。

 弱々しく肩を掴み、そして彼は言う。


「君の結婚式では、僕が祝福できるといいな。だから結婚するなら早くしてね」


 真っ白な髪の司祭様の言葉を聞いて、私の頬を一筋涙が伝っていった。

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