4賭け
商店街の外れ、といこともあり、通りを歩く人々の声が時おり聞こえてくる。私はそんなざわめきに時折耳を傾けて、マティアス様に言われたことを頭の中で繰り返した。
応接室で向かい合って座るマティアス様は、賭けの内容についてこう説明した。
「一年の間に君が俺に興味をもったら俺の勝ち。
君が全然俺に興味をもてなかったら君の勝ち」
というとてもわかりやすい内容だ。
でもなんか釈然としない。
「ですが、興味を持つもたないってどうやって伝えればいいんですか?
というかそれって私にいったいどんな利益が」
私にはなんの利益もないような。っていうのが最大の疑問だった。
賭けならやはり平等じゃないと。
「俺を利用して彼の母親探しするんでしょう?
べつに不利益はないと思うんだけど」
あ、下心ばれてる。
今、ここにユリアンはいない。
二階の部屋に戻っているはずだ。
母親を探すのを手伝ってほしいと言った時、ユリアンは驚いた顔をしていたな。
「警察でもないのにそんなことできるの?」
というしごくまっとうな疑問を口にしていた。
私や警察よりは役に立つと思うんだよね。
そもそもここはフラムテール王国との国境沿いにある町。
けっこう簡単に両国の行き来ができる為、犯罪者が双方に逃げ込むことがある。
そう言うときに捜査協力とかしているので、フラムテール側から何か情報が得られる可能性がある。
そもそもフラムテール王国に誘拐組織だか斡旋する組織があるという噂がある。
だいたいフラムテール王国がちゃんとそう言う組織を潰さないから、獣人の誘拐がちょいちょい起こるという話もあるんだからちょっとは責任感じてほしいと言うかなんというか。
マティアス様が警察機構とつながりがあるかは知らないけれど。
「まあ、約束だし協力はちゃんとするよ。
誘拐組織の噂は俺も知っているしね。
王国から他の国に運ばれているという話があるし」
フラムテール王国にいけば大陸横断鉄道なるものの駅があり、そこから荷物に紛れ込ませて他国に運ぶことが可能だと言われている。
獣人だけじゃなくって、人間の子供も売買されているという話があるから虫唾が走る。
「人脈と言うか、情報源はあるんですか?」
「その辺は大丈夫だよ。
まあ、そもそもそのために仕事するんだけどね」
なんて呟いて、マティアス様はお茶を口にした。
ん?
今なんて言った?
その為って何のためだろう?
困惑していると、マティアス様は私へと視線を向けた。
正確には、私の頭のほうに。
「髪の毛、切ったんだね。
短いのも可愛いね」
と、それはもう眩しい笑顔で言う。
以前、私の金色の髪は肩よりも長かった。
今は耳が何とか隠れるくらいの長さになっている。
「短い方が楽なので」
可愛い、と言われたことは聞き流し、私は視線をそらしてお茶の入ったカップを手にした。
ふつう、こんな面と向かって可愛いとか言いますか?
わけわかんないんですけど。
落ち着け私。
なんか私、彼に振り回されっぱなしな気がする。
こういうの始めてだ。
自分の思うように事が運ばないなんて滅多にないのに。
「と、ところで殿下は私より二つ上の二十一ですよね。
まだ学生では」
「休学して働くことにしたんだ。
ブノワ商会ってあるだろう。
そこが期限つきで事務員募集してたからちょうどいいかなって」
ブノワ商会はこの町に拠点がある大商人だ。
衣料品と医薬品を主に取り扱っていて、最近子供用品の扱いも始めたらしい。
事業拡大しているのに事務員が病気でひとりやめて、ひとりは産休中だか育休中だかですぐには戻ってこられず、臨時で人を募集しているときいたような。
「働くって本気で?」
「うん、ちゃんと採用されたよ?」
と言い、懐から一枚の紙を取り出す。
それはいわゆる採用通知書だった。
ブノワ商会の文字がたしかにある。
この王子本気だ。
「もちろん身分は伏せているけど」
そりゃそうでしょうね。
王子なんて言ったら採用されないでしょうし。
「でも私なんて相手にするくらいなら他の縁談すすめたほうがよほどいいと思うんですが」
「だから俺は君みたいな面白い子、簡単にあきらめたくないんだって」
「私のどこがおもしろいんですか?」
いや、本当に理解できないんですが。
面白いかな?
変わっているとは確かによく言われるけれど。
「小さい頃君、兄に隠れていた俺の腕を掴んで庭を歩き回って、この植物はなに? って質問攻めにしたじゃない」
そ、そんなことしたっけ?
私は視線を泳がせて記憶をさぐる。
そういえばそんなことあったような?
「そんなの答えられるわけないじゃない?
俺に君は『なんで知らないの?』なんて言って」
「すみません、本当にすみません」
あんまり覚えてないけど、何やってたんだ私は。
「人見知りで自分から前には出ていかなかったんだけれど、年下の女の子にバカにされたみたいで悔しかったんだよね」
そう語るマティアス様の表情はとても柔らかかった。
反面、私は今穴があったら潜り込みたい気分だ。
「昔から俺は君に振り回されてばかりで。
庭の植物のことを覚えて、あと湖にどんな鳥がいるかも覚えたっけ。
君に馬鹿にされたくなくって」
「もうやめてください。
なんだか耳と心が痛いです」
私が両手で顔を覆って言うと、彼の笑い声が響いた。
「べつに俺は気にしていないんだけれど。
おかげでいろんなことに興味をもてたし、楽しかったよ」
あーあー、聞こえない聞こえない。
王子相手に何していたんだ私は。
「まあ、そう言うことだから。
俺の使う部屋の用意だけはお願いします。
ちゃんと生活費は払いますから」
そう言って、私に頭を下げたマティアス様は現金を置いていった。