38来訪者は教会にも
お店の開店準備をする商店街のお店。物珍しそうに歩く観光客。
大きな欠伸をして歩く学生が、早開きの飲食店に入って行く。
空は灰色で、もしかしたら雨か雪が降るかもしれない。
吐く息は白くて、吹く風は肌を切り裂くんじゃないかと言うくらい冷たい。
なので今日は厚着して、足元も内側に毛皮がついている靴を履いてきた。
勿論手袋をして、マフラーもしている。
私は今日もマティアスさんと一緒に歩いている。
今日も彼はお休みらしい。
正直、彼と一緒に歩くのは落ち着かなかった。
指輪は朝家に置いてきた。なくしたら嫌だったし。
朝起きた時つけっぱなしだったから、たぶんお母様やリュシーは気がついただろうな。
なんにも言わなかったけれど。
「一年の中で初めて雪が降るのを初雪ってよぶんだっけ」
とマティアスさんが白い息を吐きながらいう。
「はい、そうです。それはずっと記録していて、気候の変化からいつ雪が降り始めるのか予測もしています」
例年なら雪は来月にならないと降らないはずだけれど、例外は有る。
夜はさらに冷えるから、雨が降ったら雪になるだろうな。
「あれ、車だ」
そう言って、マティアスさんが足を止める。
教会に続く坂のふもとに、黒い車が止まっている。
この辺りで車なんて乗るのは一部の富裕層だけだ。
中には運転手とおぼしき金髪の男性の姿が見える。三十代くらいかなあ。
「あれ、商会の車だ」
呟いて、マティアス様は首を傾げる。
「商会の、ですか?」
「うん、あの運転手知ってる。でも教会に用があるなんて……司祭様目当てかな」
デュクロ司祭がいらしていることは商会の方の耳にも入っているよね。昨日の騒ぎを考えたら。
たぶん司祭様は求められればその力を使うだろうな。
そう思い、私は拳を握りしめた。
坂を上り教会前につくと、何やらもめていた。
防寒着を着た中年と思われる明るい茶髪の男性が、アンヌ様と対峙している。
「そこをどうか……」
「ですから、司祭様は今日お帰りになられます。まだお休みになられていますし、商会の方とはいえ特別扱いは出来ません」
毅然とアンヌ様は答える。
これはいったい。
ブノワ商会がデュクロ司祭に用があるってことよね。
商会ならお金あるだろから病院にかかれるでしょうに。デュクロ司祭の力が必要ってことはよほどの重症なのかそれとも……
私の頭の中にある考えがよぎる。
「アンヌ君、大丈夫だよ僕なら。なにかお困りのようだし、大して時間はかからないだろうから行きますよ」
というデュクロ司祭の声が聞こえてくる。
これは、行けるかもしれない。ブノワ商会に。
私は押し問答を繰り返すアンヌ様たちに駆け寄った。
「あ、エステル……」
という、マティアスさんの声が背後から聞こえてくるけれど無視した。
「私も行きます!」
「え?」
と、アンヌ様と男性が言って同時に私の方を向く。
教会の中からこちらをうかがうデュクロ司祭は目を瞬かせてこちらを見ている。
「デュクロ司祭おひとりでは心配ですよね、アンヌ様。ですから私もついていきます!」
そう言って、私は拳を握りしめた。
「え、エステルさんが?」
「あの、こちらの方は……」
困惑顔の中年男性の方を向いて、私は言った。
「神官見習いのエステルです! 首都でデュクロ司祭にずっとお仕えしていましたので、必ずお役にたちます!」
「ははは。エステル君、いいのかい?」
壁に寄りかかり、腕を組んでこちらを見つめるデュクロ司祭が笑いながら言った。
「大丈夫です!」
「で、ですが主には、デュクロ司祭様だけをお連れするようにと……」
「レナルさん」
割って入って来たのは、マティアスさんだった。
レナルさんと呼ばれた中年男性は、ばっと振り返りマティアスさんのほうを見る。
「あ、ワトーさん? なぜここに」
「彼女、言ったら聞かないですから一緒にお連れするのが無難ですよ」
「お知り合いですか?」
「えぇ。いろいろとあって一緒に暮らしています」
とマティアスさんが微笑んで言う。
レナルさんは、私とマティアスさんの顔を交互に見た後、こくん、と頷いた。
「わかりました。急いでおりますので……デュクロ司祭様、お忙しいと思いますがよろしくお願いいたします」
とすがるような顔でレナルさんは頭を下げた。
デュクロ司祭が準備する間、私は廊下で待っていた。マティアスさんはすでに帰った。何か言いたそうだったけれど……アンヌ様の目もレナルさんの目もあるからか話しかけてこなかった。
私が何を考えてデュクロ司祭についていく、って言いだしたかわかっているだろうなあ。
止めたかったかな? それとも……でも私のしたいことに反対はしないって言っていたし。
危ないことはする気ないし。ただ中に入るだけだから。
デュクロ司祭を呼ぶということは、病院に連れていけない事情があるはずだもの。その事情が私の予想通りなら、もしかしたら、ユリアンのお母さんに会えるかもしれない。
そう時間はかからず、デュクロ司祭は出てくる。
黒い防寒着を纏い、マフラーをしたデュクロ司祭は杖を片手に持っている。彼は私を見るとにこっと笑い言った。
「何か目的があるの?」
「え? あ、えーと……」
思わず目が泳ぐ。
これでは目的があると答えているのと同じだ。
私が言い淀んでいると、デュクロ司祭は首を振った。
「別に無理に聞きだすつもりはないよ。とりあえず危なくなりそうなら逃げようね」
なんてことを言い、
「行こうか」
と言って杖で、こんこん、と床を叩いた。
「あの、杖なんていつから持ってらっしゃるんですか?」
「最近かな。折りたたみ式でさ、鞄の中にしまって忘れてた」
なんて言い、無邪気に笑った。
終盤突入




