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37朝がきた、人も来た

 朝、顔を洗おうと廊下を歩き洗面所へと向かう。

 ユリアンがいないから朝食を用意しないと。面倒だから外に食べに行くのもありかなあ。

 学生の町であるためか、朝食を提供してくれる飲食店が割りとある。だから最悪それでもいいんだけど、どうしようかな。

 廊下を歩いていて気が付く。食堂の方がなんだか賑やかだ。

 もしかしてリュシーが来てるのかな? 前もユリアンがいないとき朝来てくれて朝食を用意してくれたっけ。

 廊下を歩きつつなにかなと思いながら私は洗面所で顔を洗った。

 そして、眠い目をこすりつつ私は食堂へと向かった。

 扉を開けて中を見ると、椅子に女性が腰かけていた。

 紺色の服を着た、肩口までの金髪の中年女性……


「……お母様?」


 なんでこんな時間にこんなところにいるのよ。

 朝ですよ?

 だいぶ早いですよ?

 そして、その横に立つ、白い前掛けをしたリュシー。

 よかった。朝食の用意はしなくて済んだらしい。

 母とリュシーは私の方へと向いて、


「おはよう、エステル」


「おはようございます、お嬢様」


 とほぼ同時に言った。


「おはようございます……お母様、いつこちらに?」


 言いながら、私はお母様の向かい側の椅子に腰かけた。

 お母様は、頬杖をついて微笑んで答えた。


「昨日よ。リュシーの家にお泊まりさせてもらっているの」


「昨日……知らせてくれたらよかったのに」


「あらあ。言ったら『来なくていい』とか言って怒るくせにー。貴方の機嫌を損ねたくないから、あの人……セドリックだって表だって貴方に使者を寄越さなくなったのに」


 セドリックとは私の父だ。確かに使者は来ていない。そもそもリュシーがいるのだし寄越す必要なんてないだろう。


「お嬢様、お茶でございます」


 言いながら、リュシーが私専用のカップを私の前に置いてくれる。


「あ、ありがとう、リュシー」


「お嬢様、マティアス様はまだお休みでしょうか?」


「えぇ。たぶん」


 と私は曖昧に答える。


「お声をおかけしましょうか?」


 という言葉に私は首を振った。


「朝食の用意をしようと私が早く起きただけだから。あと少ししたら起きてくると思うわ」


 と、私は早口で答えた。

 リュシーはにこっと笑い、


「そうですね、お嬢様にしては起きるの早いですもんね」


 と言う。

 私はお茶の入ったカップを両手で持ち、それを口につけた。

 お茶は気持ちを落ち着かせてくれる。

 私は息をつき、そしてお母様のほうを向いた。


「貴方、外国の病にかかったんですって?」


 とお母様が言う。


「はい。最近この町で流行っていて」


「だから正直来ようかどうか悩んだんだけれど、用ができたからついでに寄ったのよ」


 あ、私の方がついでなんだ。

 いったい何の用があるのだろうか?


「用とは?」


「うーん、色々とね。それよりも私、貴方に話したいことがあるのよ」


 あ、何か誤魔化された。

 なんでこちらに来たのかは、話す気がないんだろうな。


「私に話とは?」


「あのね、この間から聞いたのよ。賭けの時の詳しい話」


 それは、私の婚約を賭けたあの噂の話かな?


「詳しい経緯は知らないと、お母様おっしゃってましたもんね」


「えぇ、そうなんだけれど……ずっと不思議だったのよ。セドリックが勝ったら子供を婚約者にするって話だったわけだけれど、ノエル陛下が勝っていたらどうなっていたのかしらって。聞いてもセドリックは答えてくれなかったんだけれど、貴方がマティアス殿下と暮らしているのがよほどうれしかったのか、あの日から飲んでこなかったお酒をたくさん飲んでねー」


「お母様、お父様がお酒を今まで飲んでこなかったという話は初耳ですが」


 夕食の時間に、うちでは食前食後にお酒を飲むのが当たり前で、お父様は赤い色の液体を飲んでいたと思うんだけれど。

 あれ、お酒じゃなかったの?

 お母様は首を横に振って言った。


「あれはお酒じゃないわ。あの賭け以来本当に飲まなくなったし。それでね、久しぶりに飲んで喋ったのよあの時何があったのかを」


 まあ、確かに謎だった。

 ノエル陛下が勝っていたらどうなっていたのか。


「酔っての勢いなんでしょうけれど、『俺が勝ったら獣人をひとり寄越せ』と言いだしたんですって」


 ……今なんておっしゃいました?

 私はお茶を一口飲んで言われたことを考えた。

 獣人を寄越せ。


「……いや、それはどうかと」


 思わず顔が引きつってしまう。

 お母様は呆れた顔をして言った。


「そうよねえ。酔った勢いとはいえどうかと思うんだけれど。それでね、セドリックは考えたんですって。あちらはフラムテールの国王だし、酔っているし、一度言いだしたら撤回なんてそう簡単にはしないでしょうって。なら自分が勝つしかないって。でも勝ったらどうしようかと思って思いついたのが……」


「私とマティアス様の婚約ですか」


「そうらしいわよ。あの人曰く、『獣人を賭けの対象にするなんてありえない。絶対に負けられない戦いだった』そうよ」


 確かに、獣人だって人だものね。奴隷じゃないんだから、ありえない賭けだ。でもあちらは国王陛下で、一度言いだしたら簡単に撤回なんてしないでしょうね。

 絶対に負けられない戦い。確かに負けられないよね。まあ、お父様が勝ったからよかったけれど……うん、勝ってよかった。


「酔っ払いって面倒ですね」


 と言うのが精いっぱいだった。

 お母様は何度も頷いて、


「そうよねえ、だからエステル、お酒を飲んでも飲まれちゃだめよ?」


 というありがたい忠告をしてくれた。

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