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32あれはなに?

 その後、想像通り教会には多くの人が教会に訪れた。

 病気の方が多かったけれど、本人は外に出ることができない、という方も多くいくつものお宅を訪問することとなった。私とマティアス様は患者さんの家族から家の場所と病状を聞きだし紙にまとめた。

 患者さんの多くは幼い子供やお年寄りだった。

 大半は流行の風邪を患い重症化しているそうだ。

 人数は十数人なのでさほど多いわけではないけれど……大丈夫かな、デュクロ司祭。

 私も手伝いたい、と言ったら怒られるだろうか?


「私もついていきます!」


 そう主張すると、デュクロ司祭はじっと私を見つめた。


「いいの?」


 とわけのわからない問いかけをしてくる。

 体調がよろしくないデュクロ司祭をひとりで行かせるわけにはいかないもの。

 私ができることはやりたい。


「お願いです、お手伝いさせてください!」


 と言うと、デュクロ司祭は肩をすくめた。


「僕一人でだいじょう……」


「この町、初めてですよね? 私、案内します!」


 言葉を遮り私はデュクロ司祭に近づき訴える。

 駄目とは言わせない。

 デュクロ司祭はちらりと私の背後へと視線を向けた後、私を見てにこっと笑った。


「だめと言っても聞かないよね」


「はい、聞きません!」


 そう、聞くわけがない。

 私だって神官見習いで、デュクロ司祭から魔法を教わった唯一の弟子だもの。

 ついていくに決まっている。


「そうだね、エステル君。じゃあ、行こうか。ごめんね、マティアスさん、アンヌ殿」


 私はマティアス様を振り返り、


「そういうわけでマティアスさん、今日は遅くなりますので家のことはよろしくお願いします!」


 と言い、私はマティアス様の手を掴んで目を見つめた。

 彼は、私の手と顔を交互に見た後優しく微笑んだ。


「君がしたことに、俺は反対しないよ」


 そう言いながら、マティアス様は私の手にその手を重ねる。

 私より大きく温かい手だ。

 マティアス様は私の手を握り、


「家で君を待ってるから」


 と言った。

 家で待っている。

 当たり前の事なのに、心にずしんと来るのは何故だろうか。

 いいや、そんなことを気にしている時間、今はない。

 私は握られた手を握り返し、


「行ってきますね」


 と答えた。




 疲れたから、とか時間が遅いから、ということで断ることは一切せず、デュクロ司祭はそのすべての家を訪問し、癒しの魔法を使い人々を治していった。

 風邪、というと軽く見られがちだけれど普通の風邪とは全然違う。

 幼い子供が病気で苦しむ姿を見ると心が痛む。

 通りを歩いているときに、私はデュクロ司祭に尋ねてみた。


「あの、私が魔法を……」


「使うのはせめて二十歳をすぎて、ちゃんと覚悟ができてからのほうがいいと思うよ」


 私の言葉を遮り、デュクロ司祭はきっぱりと言った。

 彼は私を見て微笑み、


「君はまだ若いもの。まだ僕がいるのだし、わざわざ命を削って力を使うことはないよ」


 そう言われると何も言い返せない。


「迷いがあるなら使わない方がいいよ。誰もその魔法を使うことを強制はしないから。君にしかできないことだけれど、医学は確実に進歩しているし、できるなら君がその魔法を使わなくて済むようになるといいんだけれど」


「迷いなんてありません」


「ははは、そうかー。僕には君が迷っているように見えるけれど」


 その言葉にどきりとする。

 頭をよぎるマティアス様の顔。私は首を横に振り、頭に浮かんだ画像を消した。


「でも君はそうと決めたら曲げないしねー。それは僕もか」


「そうですよね、いろんな方に外出を止められているのにこっそり教会を抜け出しては怒られていましたよね」


 そして私はそれに何度も付き合った。


「教会の皆さん、よくここに来るのを許しましたね」


「え? 何も言ってないよ?」


 そうですよね。知っていました。

 デュクロ司祭はいたずらっ子のように笑って言った。


「だから黙って出てきたんだ。流行の外国の病気に興味あったし」


「そちらでは流行っていないんですか?」


「うん。今のところは。でも、ここでこれだけ流行しているとなると、いずれニュアージュでも流行るだろうからね」


 たしかに、病気は旅人や動物を介して徐々に広まっていくものだ。

 今は流行っていなくても、来年はニュアージュでも流行するかもしれない。

 私たちは話しながら夜の町を歩き、途中露店で軽食を購入して食べながら、患者さんの待つ家を回って行った。

 すべての家を回り終えたとき、町は人通りが途絶え静けさがつつんでいた。

 街灯の淡い光が心もとなく町を照らす。

 私は呪文を唱え、魔法の明かりを出してあたりを照らす。

 夜の町を歩くことなんてないので不思議な感じだった。

 日が暮れると寒さが増す。冬はそこまできていると、嫌でも実感する。


「大きな建物だねー」


 私の肩につかまりフラフラで歩くデュクロ司祭が、ブノワ商会の建物を見上げて言った。


「ブノワ商会の屋敷ですね。確かに大きいですよね。私の家より大きいかも」


「ははは。そうかもね」


 表からブノワ商会の建物の全容なんてわからないけれど、たぶん私の家より大きいと言うのは間違っていないと思う。

 こんな大きなお屋敷、何人で住んでいるんだろうか?

 そう思いながら私は屋敷を見上げた。


「……え?」


 三階の片隅の部屋に何か見えた気がする。

 そう、あれは真っ白な人影……

 って、え?

 白い影……

 それから連想する言葉が頭をよぎり、私はデュクロ司祭の服をぎゅっと握った。


「エステル君?」


「デュクロ司祭、あの、幽霊はいませんよね?」


 動転してるみたいで、私は自分でも何を言いたいのかよくわからなかった。


「幽霊? そうだねえ、いるとも言えるし、いないとも言えるし。でもなんで突然そんな事を聞くんだい?」


「い、今あの……あそこに白い影が……」


 指差した先、ブノワ商会の建物の三階の一画には何も見えない。

 いた、よね? 気のせいじゃないと思うんだけど……

 そう思ったら、心なしか身体が震えだす。吹く風は冷たくて寒いけれど、この震えは寒さのせいじゃない。


「まあ、幽霊がいたらそこらじゅう幽霊だらけだよね」


 そうだ。確かにそうだ。そうじゃなくちゃ、私、事件のあった家なんて買ってないもの。幽霊はいない。そう、いるわけないじゃない。

 私はしつこく自分に言い聞かせた。


「き、きっと気のせいです! 早く教会に帰りましょう!

 お休みにならないと、司祭様倒れちゃうから!」


 恐怖を打ち消そうと近所迷惑をかえりみず、私は大きな声を出した。


「ははは、そうだね、エステル君。今日は付き合ってくれてありがとう。君も早く帰ってあげてね。待っている人がいるのだから」


 待っている人……マティアス様。そうだ、今日はユリアンがいないんだっけ?

 久しぶりのふたりだけの夜。

 そう思うと自然と顔が熱くなっていく。

 教会に戻り、足取りもおぼつかなくなっているデュクロ司祭を部屋に送って身支度をして教会をでる。

 すると、裏門の前にマティアス様が立っていた。

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