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31デュクロ司祭

 「手を貸すよ」


 マティアス様がそう申し出ると、デュクロ司祭は、


「ははは……初対面なのに申し訳ないです。少し疲れただけですから」


 と笑顔で答えた。


「では早くお部屋に。日が暮れると冷えますし」


 とアンヌ様が言う。

 私とマティアス様はデュクロ司祭を挟むようにして立ち、彼の身体を支えつつ坂を上り、教会へと入って行った。

 中に入ると待っていた他の従業員たちが一様に驚いた顔をする。

 アンヌ様が、


「デュクロ司祭はお疲れと言うことなので客間にお連れするわ」


 と伝えると皆わかりましたと言い、玄関前からそれぞれの持ち場へと散っていった。


「司祭様、お飲み物をご用意してお持ちいたしますね。お夕食は外でいただかれたいとのことですが」


 アンヌ様が言うと、デュクロ司祭は頷いて、


「ありがとう。食事はできれば外で食べたいなと思っているけれど。とりあえず横になります」


 と答えた。

 この様子では外に行くのは厳しいのではと思うけれど、私は黙っていた。


「エステルさん、ワトーさん、すみませんが司祭様をお願いいたします」


 そう言って、アンヌ様は台所の方へと向かって行った。

 途端に静まり返る教会内を私たちは、ぎいっと足音を立てて歩く。


「本当に情けないよね。

 以前ならあれくらいの坂、どうってことなかったのに」


「体力ないんですから、無理はされない方がいいですよ」


「そうだねえ。鍛えたほうがいいのかなあ」


「そういうのはいいので、とにかく休みましょう」


 鍛えるって本気じゃないよね。

 デュクロ司祭は真顔で冗談を言う方なので、どこまでが本気なのかがわかりづらい。

 そんなことを話している間に、客間の前についた。

 マティアス様が扉を開く。

 客間はたいして広くはなく、寝台と机、椅子、小さな収納があるだけの部屋だ。

 窓の外に町の景色が見える。

 夜になると家の明かりや街灯の光で綺麗な夜景が見えるんだよね。

 私とマティアス様はデュクロ司祭を寝台に座らせる。

 すると彼は防寒着を脱がず、そのままごろんと寝転がってしまった。


「あー、こうしていると落ち着くんだよねー」


 と言い、大きく息を吐く。

 そして、デュクロ司祭はマティアス様のほうに視線を向けて、


「本当にすみません。貴方様のような方に、こんなことをさせてしまって」


 と言った。

 あ、ということはマティアス様が何者なのか、お母様に聞いているのね。

 マティアス様は首を振り、


「いいえ。癒しの聖人にお会いできて光栄ですよ」


 と答えた。


「ははは。聖人とか神とか、皆好き勝手に僕のことを呼びますけれど、そんな大層なものではないですよ。僕には癒しの魔法を使うしかできないから使うだけですし」


 いや、その代償を知っている身からすると、それがすごいことなんですけれど。さすがにマティアス様の前でそんなことは言えなかった。

 普通の魔法は自分の寿命を削りなんかしない。

 精神力を消費して魔法を使う。魔法を使うと疲れはするけれど、しばらく休めば回復するし、一晩寝れば全回復だ。


「その力を求めて、色んな国の司祭や国王が貴方のもとを訪れたと聞きましたけれど」


「医療技術は日々発達しておりますし、僕の力なんていずれいらなくなりますよ。

 お医者様のほうがいろんな病気を治せるのも事実ですから」


 確かに、時間とお金を掛ければお医者様のほうがいろんな病気を治せる。

 けれど、癒しの魔法を使えばすぐに病気を治してしまう。

 どんな病気もってわけではないけれど。


「だから、僕になんか構わないでよい医者を増やしてくださいって皆に言ったんですよねー。時間はかかるけれど、その方がいろんな人に医療がいきわたるでしょ?」


「確かにそうですね。フラムテールでもまだ医者の数は少なく、病院のない村などもありますが、そういう場所には週に一度医者が立ち寄れるよう整備しています」


 私の国がプレリーという学校の町を作った理由のひとつが、医者を増やすことだった。

 医者になるには医療について学ぶ学校が必要で、その為には大きな施設が必要だし、優秀な人材を集める必要がある。

 だからフラムテールとの国境にあるプレリーに大きな学校を作り時間を掛けて教育の町として発展させて、人材を国内外から集めているんだよね。

 そのおかげか、医者は確実に増えている。カスカードにも、フラムテールにも。

 癒しの魔法を使うには素質が必要だし、癒しの魔法の素質を持つ人って滅多にいないらしい。だから医者を増やす方が手っ取り早い、というのは確かだった。


「フラムテールは大きな国ですものね。羨ましい限りです」


「あの、デュクロ司祭」


 私は寝台の横にしゃがみ、彼の顔を見つめて言った。


「なんだい、エステル君」


「そんなにおしゃべりをして大丈夫ですか? 予感がするので私たちはお暇しますから、ゆっくりお休みください」


「予感……あぁ、そういうことかー。そうだねー。あまり長時間は休めなさそうだけれど、うん、寝るよ」


 そう言って、デュクロ司祭は大きな欠伸をした。

 私は何のことかわからずきょとん、とするマティアス様を引っ張って客間をでた。


「予感……て、何?」


 廊下に出てすぐ、マティアス様が言った。


「嫌な予感、と言うのは適切ではないと思うのですが……デュクロ司祭は孤児院に行き、癒しの魔法を使われたとおっしゃっていました。

 噂と言うのはすぐに広まるものです。しばらくしたら、この教会に病人が集まると思います」


「あ……そういうことか」


 マティアス様の表情が険しくなる。


「でも、司祭はだいぶ身体が弱っているようだけど?」


「そんなこと気にせず魔法を使われますよ。さっきおっしゃっていたじゃないですか、デュクロ司祭。

 自分にはそれしかできないからって」


「あぁ、だから聖人と呼ばれているわけだよね。決して拒まない。分け隔てなく癒しの魔法を使う」


「デュクロ司祭の前では、身分も性別も種族も関係ないですから。私も心配なのですが……でも言って聞く方ではないですし」


「確かに、強い信念があるようだし。でも、今会わないと会えなくなるかもしれないって意味が分かったよ。デュクロ司祭はまだ三十代だよね? あの髪色と言い、顔色もよくないし……もしかして……」


 その先の言葉を、マティアス様は飲み込む。

 何を言いたいのかはわかる。

 先が長くない。と言いたいのだろうな。

 確かに長くないと思う。

 そう思うと、自然と頬を冷たいものが伝う。


「……エステルさん?」


「あ……」


 それが涙であると気が付いた瞬間、目からあふれ出てくるのを感じた。


「えーと……あーと……外に行こうか」


 慌てた様子のマティアス様に連れられて、私は裏口から外に出た。




 冬が近いせいか、日はすでに傾きあたりは夕暮れ色に染まろうとしている。

 吹く風は冷たくて、涙で濡れた頬がひんやりとする。

 ちなみに、廊下を歩いているときにアンヌ様とすれ違い、マティアス様に泣かされたと誤解された、と言うこともあったけれどその誤解はもちろん解いてない。

 裏口から少し離れた地面に座り込み、私はひとしきり泣いた後大きく息をついた。

 泣いている間何も言わず、マティアス様は隣にいた。

 私の肩を抱いて。

 私もそれを拒絶しなかった。まあそれどころではなかったからだけれど。

 

「すみません、涙があふれてどうにもならなくなりました」


「落ち着いた?」


 優しい声音で言うマティアス様に対して、私は頷きながら眼鏡を外し、涙を指でぬぐう。


「覚悟はしていましたが、デュクロ司祭の姿を見たら……」


「あぁ……そうだね、俺も驚いた。まだ若いのに……なんであんな風に」


 それについて私は答えることができず、ただ首を横に振る。

 わからない、と言ったら嘘になるし。

 そう思うと心が痛む。


「ご無理はしてほしくないですが……やりたいと思ったことはやらないと気が済まない方なので」


「そうみたいだね。体調がすぐれないのに、孤児院の子供たちの為に何時間もかけてここに来たわけだよね。すごい、としか言えないよ」


「そうですね……私には真似できないです」


 きっと誰も真似できない。デュクロ司祭は私にとって師匠で、目標で、憧れ。

 

「しばらくしたら、噂を聞きつけた町の方が集まると思うんですよね」


「そして、そのすべてをデュクロ司祭は受け入れるんでしょう?」


「はい……決して断りはしないので」


 そして、私はばしん、と両手で顔を叩いた。これからの為に気合い入れないと。


「あー! 泣いたらすっきりしました」


 そう言って、私は寄り添うマティアス様のほうを見る。


「それならよかった」


 さすがにデュクロ司祭の前で泣くわけにはいかないしね。

 きっと、僕の前では笑っていてほしいとか言うだろう。

 僕が死ぬときは笑顔で送り出してほしいとか、平気で言う人だし。


「マティアスさん、ありがとうございました。アンヌ様を運んでくださったり、お庭の掃除やデュクロ司祭まで……お世話になりっぱなしですね」


「充実した休日かな。でもまだ今日は続くわけでしょう?」


「まあ、そうですけど……」


「俺も手伝うよ。あんまり役に立たないかもだけれど」


「いや、さすがにそれは……帰り、何時になるかわからないですよ?」


 さすがにこの後も手伝ってもらうわけにはいかない。

 マティアス様は首を横に振り、


「ユリアンが泊まりで出かけると言っていたし。ひとりで何時に帰るかわからない君を待つのも嫌だから」


「いや、そこはさっさと寝るべきだと思いますが。さすがに悪いですよ。お礼とか私何もできないし……」


 すると、マティアス様は目を瞬かせた後、私の頬に手を当てた。

 顔が近づいたかと思うと、一瞬、唇が触れた。

 驚きのあまり固まる私の視界に、満面の笑みを浮かべたマティアス様の顔が映る。

 眼鏡をかけていなくても、はっきりとその表情はわかる距離だ。


「お礼はこれで十分かな」


「……って、ちょっと何しているんですか!」


「だって、眼鏡を外していたから」


「それは理由になりません!」


 そんなやり取りをしていると、私の名前を呼ぶ声が遠くに聞こえてきた。


「……エステルさん! あ、いた! 大変ですー!」


 この声は事務の女性の声だ。きっと人が集まってきたんだろうな。

 マティアス様がすっと私の肩から手を下ろす。

 私は眼鏡をかけて立ち上がった。

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