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24熱を出して

 身体が重いなあ。

 いくら癒しの魔法が使えても、自分には使えないってとっても解せない。

 高熱が出ても病院に行ってお薬をいただいて寝てるしかないのよね。

 私はゆっくりと目を開けてあたりを見た。

 ぼんやりと視界に映る部屋の内装に違和感を覚える。

 あれ、私の部屋じゃない、ここ。

 匂いも違う。

 この匂いは……


「あぁ、起きた?」


 ぱさり、という紙の音と男の声が聞こえてくる。

 私が眠る寝台のすぐそばに簡素な机と椅子あって、その椅子に誰か座っている。

 金色の髪の、私より大きな人。

 マティアス様だろう。

 眼鏡をかけていないのでぼんやりとしか見えないけれどきっとそうだ。

 って、なぜ私、マティアス様の部屋で寝ているの?

 

「あの、なぜ私はここに……」


 と言って起き上がろうとすると、マティアス様がたち上がり寝台に近づいてきた。


「動かない方がいいよ」


 そしてマティアス様は寝台の横に膝立ちで座り、私の額に手を当てた。

 冷たい。


「さっきよりは熱、下がっているけれどまだ高いね」


「いや、あの、私がここにいる理由を知りたいのですが」


「覚えてない?

 ふらふらだから部屋に送ると言ったら断られたんだけれど、階段の前でぴたっと立ち止まってしまって。階段を上るのが辛い、というから俺の部屋で寝るか聞いたら頷いたんだけれど」


 言われて私は記憶をたどる。

 うーん、思い出せない。部屋に送ると言われて断ったところまでは覚えているけれど……

 でもそれだけ熱が高いって事よね。


「医者曰く、流行りの病気のようだから薬を飲ませたけれど。数日は寝ていないとかな。ユリアンが教会に伝えに行ってる」


 私が寝ている間にお医者様まで呼んでくれたんですか?

 よく来てくれたなあ。


「ありがとうございます」


 私は掛布団をぎゅっと握りしめてお礼を言う。

 

「水持ってこようか」


 そして、マティアス様は立ち上がる。

 私は、言われて初めて熱のせいで口の中が乾いてることに気が付く。

 立ち上がり部屋を出るマティアス様の背中を見送り、私は自分の額に手を当てた。

 いつもよりだいぶ熱い。

 頭もぼうっとするし。

 こんな熱を出すのは何年振りだろうか?

 子供の頃、熱を出した時はお母様や侍女がつきそってくれたっけ。

 果物を食べさせてくれたり、水を飲ませてくれたっけ。

 今ここにお母様も侍女もいない。

 この国の公女として生まれて人に世話をしてもらうのが当たり前だったけれど、今の私はそんな身分を離れて人の為に働き、自分のことは自分でやる生活をしている。

 ひとりきりだったらこんな熱を出しても自分でなんとかするしかなかったんだな、と思うとマティアス様やユリアンの存在をありがたく思う。

 しばらくして、カップを持ったマティアス様が戻ってきた。

 椅子を寝台横に近づけてそこに座り、私にカップをさしだした。


「飲む?」


「飲みます」


 と答えると、マティアス様はカップを寝台横に置いてある台に置き、私に手を伸ばしてきた。

 彼に支えられつつ身体を起こした私に、マティアス様は台に置いたカップを手に取り私に差し出した。

 こんな風に甲斐甲斐しくお世話されるとなんだか気恥ずかしい。

 けれど今の私にそんなことを気にする余裕はあまりなく、されるがままにマティアス様からカップを両手で受け取り水を飲んだ。

 乾いた口にはただのお水もおいしく思える。


「ありがとうございます」


 半分ほど水を飲んだ私は、マティアス様にコップを返しながら言った。


「リュシーさんが来ていて、食欲はあるかと言っていたけれど、どう?」


「あまりないです」


 正直お腹が空いたという感覚はない。

 でも何か食べないといけないとは思うのだけれど、無理そうだ。


「わかった、伝えておくよ」


「お願いします……あの、私、ずっとここで寝ているわけにも行きませんし、部屋に戻りますが……」


「え? あぁ、別に気にしなくていいよ。あとでユリアンが連れて行くと言っていたし」


「でも……」


 人の部屋、しかも男性の部屋の寝台にいつまでも寝ているのはなんとなく落ち着かないのですが。

 戸惑う私に対して、マティアス様は首を横に振り、


「だから寝てて大丈夫だよ」


 と言って笑ったようだった。

 眼鏡をかけていないのでよく見えないけれど。

 私はこれ以上話してもマティアス様は意見を変えはしないだろうと思い、そのまままた寝台に寝転がった。

 この人王子様なのになんでこんなことまでしてくださるんだろうか。

 王宮で自由気ままに生きて行けるだろうに。


「あの、マティアスさん」


「何?」


「私が婚約はなかったことにと申し出たのに、なぜ一緒に暮らそうなんて言い出したんですか?」


「告白もする前に振られるなんて嫌だったから」


 こ、こ、こくはくってなんでしたっけ?


「最初、父から許嫁がいると聞かされた時は驚いたけれど。前にも話したけれど相手がエステルさんでよかったと思ったんだよね」


「で、でも、一年に一回しか会ってなかったんですよ?」


「一年に一度しか会っていなかったから、会わない間に色々思ったなあ、エステルさんのこと」


 そう言って、マティアス様は視線を上に向けたようだった。何かを思い出すかのように。


「なんで一年に一度だけ、ほんの数時間君と会わされているのか不思議だったけれど、君は会うたびに変わっていって、そのことが俺には魅力的だったかな」


「そんなに変わってましたか? 私はそんなつもりは全然なかったのですが」


「自分では、自分の変化ってわからないものだよね」


 まあ確かにそうですけど。


「学校で誰か気になる人はいないのかと聞かれたとき、初めて自覚したかなあ。君の顔しか思い浮かばなくて」


 そんなに記憶に残るようなことを私がしていたということだろうか。できるならすべて消し去りたい。子供の私って怖いもの知らずだったんだなあ。


「マティアスさんは最初はお兄様の陰に隠れていましたけれど、いつの間にかふたりで話すのが平気になりましたよね」


「それは君が俺を引っ張りまわして質問攻めにしたからだよ」


 言われて私は幼い自分が何をしたのか思い出し、顔が真っ赤になるのを感じ思わず布団をばさっとかぶった。


「やめてください、それは私の黒歴史です」


 自ら恥ずかしい思いをする話を振ってしまった。

 穴があったら埋もれたい。


「黒歴史って……あぁ、恥ずかしいってこと? だから俺は気にしていないよ。

 君は? 俺が許嫁だと知ったときどう思ったの」


 マティアス様が許嫁だと知ったのは、十八歳になるときだった。

 父に呼ばれて、そう言うことだからとか言われて。

 詳細を母から聞かされて。

 なに馬鹿なこと言っているんだろうって思った。


「フラムテール王国とうちではあまりにも格が違うので……分不相応な話だと思いました」


 布団をかぶったまま、私はそう答える。

 マティアス様にはいろんな縁談があることを聞いていたし、その多くは大国の貴族のお嬢様とか商人の娘とかだったと思う。

 一方私は小さな国の公女。フラムテールの王子と結婚できるような身分じゃないことくらい自覚している。


「分不相応?」


「はい、だって、フラムテールは大陸でも上位に入る国力ですし。あまりにも格が違いすぎますよ」


「そういうの、気にするんだね」


 気にしますよ、そりゃあ。

 しょせん田舎の公女ですよ私は。

 幸い国内や近隣諸国は安定しているから政治の道具として結婚する必要はなさそうだから、家を離れて自立して神官として人の為に生きようって決めたんだもの。

 せっかく与えられた力があるんだから、使わなくちゃもったいない。

 私にしかできないことがあるから、私はそれをやりたいんだもの。


「俺は無理強いをするつもりはないから、せめて一年の間俺を見て判断してほしいなって思ったんだ。俺たち、お互いによく知らないでしょう?」


 確かにお互いのことをよく知らない。だから私は婚約を無かったことにって言えたんだ。

 よく知っていたらいろいろ気にして言えなかったと思うし。

 ゆっくりと布団がめくられ、すぐそこにマティアス様の顔が見える。

 この距離なら嫌でも表情がわかる。

 彼はにこっと笑い、


「俺にはいくつかの目的があってここにいるけれど、一番の目的は君だから」


 なんて言ったあと、額にわずかに唇が触れた。

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