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23早く家に帰ったら

 午前中、私は結婚式の予定がある一つ年上の女性と打ち合わせをしていた。


「……で、当日の流れはこういう感じになります」


「朝早いんですねえ。起きられるかしら?」


 不安を口にする女性だけれど、その表情はとても明るく幸せそうだ。


「みなさん同じことをおっしゃいますが、遅刻される方は滅多にいないですよ」


 どちらかと言うとあまり眠れなかったと言う人が多い。


「そうなんですか? でも心配だなあ」


 これもいつもの流れだった。

 それに対しての私の台詞も大体一緒で、


「大丈夫ですって。ちゃんと寝て、当日最高の笑顔を見せてくださいね」


 そう声をかけると、女性ははにかんで頷いた。

 話をしながら、こんな風に私もなれるのかなあ、と自分に置き換えて考えるようになっていることに気が付き、戸惑いを覚える。

 女性が帰り、事務室に戻って私は自分の席に腰かけた。


「このままじゃあ、賭けに負けちゃうじゃないの私……」


 呟いて、私は机に突っ伏す。

 いっそのこと負けた方がいいのだろうか?

 いや、でもまだ何か月もあるじゃない。

 まだあきらめるのは早いと思うの。

 そんな葛藤を繰り返しているときだった。

 明らかに体調がおかしいと気が付く。妙に体温が低い気がする。

 こういう時は大体あとから体温がぐっと上がるんだ。

 これはまずい。


「……大丈夫?」


 神官のアンヌ様にそう声をかけられ、私は顔をあげて首を横に振る。


「大丈夫ではないと思います。これは……たぶん熱が出ます」


「た、たぶん?」


 アンヌ様が戸惑った表情をする。


「はい……今、とても体温が低い気がするのですが……そういう時って大抵一気に熱があがって高熱が出るんです」


「そ、そうなの? それなら早く帰った方がいいわ。風邪、流行っているらしいし」


 ちなみに、癒しの魔法で自分を癒すことはできない。なぜかはわからないけれど。


「そうですね……すみません、今日は帰ります」


「ええ、暖かくしてゆっくり休んでね。夜更かししてはだめよ」


 まるでお母さんのようなことを言うアンヌ様に頭を下げ、私は着替えて教会を出た。

 まだ熱は上がっていない。

 いつもと同じ感じなら、きっと夕方位に熱があがるだろう。

 こういう時はアンヌ様の言うように、暖かくしてさっさと寝るに限る。

 ユリアン、家にいるかしら? あと、マティアス様も。

 ユリアンが熱が出そうなときは酸っぱいものを食べるといいとか言っていたっけ?

 果物の果汁ジュースとかでいいのかなあ。

 私は帰る途中、露店で果汁ジュースを買うことにした。


「今日はずいぶんと早いんだねえ」


 顔なじみの店主のおじさんにそう言われ、私は苦笑してやり過ごす。


「顔色がよくないけれど、エステルさんも風邪かい?」


「もって……流行っているとは聞きましたけど、そんなに流行っているんですか?」


「流行り始めている、というのが正しいのかなあ。ブノア商会で扱っている薬が効くとかうちのが言っていたよ」


「そうなんですか」


 紙のコップに入ったジュースを片手に、私は道を急ぐ。

 お昼の時間が近いせいだろうか、料理屋さんに吸いこまれていく人が多かった。

 体調がよくないせいかお腹が空いたという感覚はあまりなく、私は料理屋さんにも他の露店にも目をくれず家へと向かった。

 見慣れた茶色の壁の自宅に入ると、耳慣れない声が聞こえてきた。

 どうやら来客らしい。

 誰だろうとかそういうことを考える間もなく、私は食堂へと向かった。

 いや、正確には向かおうとした。

 不意に居間の扉が開き、私の行く手が阻まれてしまう。

 出てきたのは普段着姿のマティアス様だった。

 彼は驚いた様子で私を見つめる。


「あれ、どうしたの?」


「熱が出そうなので寝ます」


 そう早口で伝え、私は彼の横をすり抜けて食堂へと向かう。ジュース飲んで、あと何か食べないとかなあ。薬を飲むなら何か食べないとまずい気がするけれど、まだ熱も出てないし、喉が痛いわけでもないしな……常備薬はあるんだけれど、何をのめばいいやら。

 そんなことを考えながら食堂に入り、立ったまま私はジュースを飲んだ。

 酸っぱい。

 一気には飲めないので少しずつ飲みながら食堂を見回し何を食べようかと考えた。

 けれど結局面倒になり、私は考えるのを放棄する。


「エステルさん?」


 私を追いかけてきたマティアス様が食堂に入ってくる。

 そして、食堂には入らず廊下にたたずむ黒い上下を着た若い男性の姿が目に入った。

 誰だっけ?

 どこかで見たような見ないような。

 明るい茶色の、ちょっと癖のある髪。深い緑色の鋭い瞳が私を観察するように見つめている。

 黒い長袖に黒いズボン。

 ……て、誰?

 記憶をたどるけれどいまいち思い出せない。

 私の視線がどこにむいているのか気が付いたらしいマティアス様は、後ろをちらりと振り返る。


「サシャ、なぜついてきた」


「エステル様にご挨拶を、と思いましたがどうやらそれどころでは無さそうですね」


 淡々と青年は言い、胸に右手をあてて頭を下げた。


「私はこれで帰ります」


「あぁ、ありがとう、サシャ」


 そして、扉が静かにしまった。廊下を歩く音がかすかに聞こえてくる。


「今の方……」


「サシャ=プエシュ。俺の……側近といえばいいのかな。小さい頃からいっしょにいるから、エステルさんも会ったことがあるはずだけれど」


 あー、だから見覚えがあるのね。


「珍しいですね、マティアスさんの国の方がくるなんて」


 初めてじゃないだろうか。たぶん。


「エステルさんがいらっしゃらない日に来ているよ。

 ユリアンのお母さんの書類を持ってきたのも彼だし」


 あ、そうだったのね。

 来客があっても言わなければわからないし、知らなかった。

 別に気にしないからいいけれど。

 それより私は早く横になりたい。

 私はジュースを飲み干し、ふらふらと歩き出す。

 すると、マティアス様が私の額に手を伸ばしてきた。


「熱い」


 あ、思ったより熱が上がるの早かった。

 言われて始めて、私は熱が出てることを自覚する。

 最近色々と考えているせいだ。

 たぶんきっと。


「すみません、私寝ますので失礼します」


 マティアス様から離れ食堂を出ようとすると、腕を掴まれた。


「部屋まで送らなくて大丈夫? だいぶ熱が高そうだけれど」


 振り返ると、マティアス様の心配そうな顔がすぐそこにあった。

 あ、そんなに熱が高いんだ。言われてみれば、身体熱いかも。


「自分の部屋にくらい行けますよー」


 そう言うと、マティアス様はすっと私から手を離した。

 そもそも私の部屋には入らない約束になっているわけだし。

 私は食堂を出て部屋へと向かった。

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