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19良くも悪くも慣れてきた

 その日の夜、帰って来たユリアンにお母さんの毛色について尋ねたら、


「うん、白いよ?

 知らなかったの?」


 なんて言われてしまった。

 ええ、知りませんでした。気にしたこともなかったし。


「それってやっぱりいなくなったことと関係あるのかなあ」


 それについては確定できないけれど、世の中珍しい毛色の動物を集めたがる人はいると聞くし。

 あり得なくはないでしょうね。

 警察も信用できないみたいだけれど、証拠もなしに警察を糾弾するわけにはいかないし。

 でも悪いことしていたら必ずその痕跡はあるはずよね?

 お父様に話してことが大きくなったら嫌だしなあ……

 それでユリアンのお母さんが危険な事態になる可能性もあるし。

 今、私にできることは思い付かない。せめて手がかりを掴めたらいいのに。




 それから一ヶ月以上が過ぎた。マティアス様がここに来て四ヶ月近くになる。

 そこまでくると流石に私も色々と開き直り始め、朝食の席に頑張って化粧して着替えていく、というのを諦めていた。

 一方のマティアス様は日によってスーツだったり寝間着だったりとバラバラだった。

 よくも悪くもお互いに馴れてきて、悪いところも目につくようになったかなあと期待しているのだけれど……だからといって態度に変化はあまりないような。

 送ってくれるのはいつもだし、日によっては迎えにまで来るようになった。

 最初は戸惑いしかなかったけれど、さすがに慣れてしまい完全に習慣と化していた。

 その後、ユリアンのお母さんの話は聞かなかった。

 ユリアンは何も言わないけれど、内心寂しいのではと思う。

 やたらと三人で出かけたがるし、


「親子みたい!」


 とよく口にするし。

 ユリアンの方が年上なのにと釈然としないことが多々あるけれど、私たちが一緒にいることはごく当たり前なことのように周囲に受け入れられるようになっていた。


「でも、恋人とか婚約者とかではないのよねえ」


 私が休みでマティアス様が仕事の日。

 お昼過ぎに買い物に行くと、八百屋さんのおばさんが残念そうな顔をして言った。

 私とマティアス様は幼なじみで、一年だけ一緒に暮らす、という話はそこそこ知られている。

 最初のうちは夫婦だとか恋人だとか言われたけれど、最近ではさすがにそう言う風に言ってくる人はいなくなっていた。

 私は苦笑して、


「えぇ、まあ……」


 と曖昧な返事をする。


「彼、ユリアン君とよく買い物に来るけれど、一緒にご飯作ったり家事をしたりしているんですって? 今時貴重よ? そんな男性。あ、でも神官だと結婚とかできないとかあるの?」


「いいえ、そう言うのはないですよ。アンヌ様だってご結婚されていますし」


 私に癒しの魔法を教えてくれた司祭様は結婚されていなかったけれど。

 私が知る限り、神官や司祭に結婚している人は多い。


「そうなのね。ならいいじゃない、ワトーさんにがしちゃだめよ」


 そんなつもりは今はないのだけれど……とは言えず、私は笑ってその場をごまかした。

 いくら家事ができても、彼はフラムテール王国の王子だし、自分で家事をする必要のない人。

 私も家に帰れば大公の娘だから……普通なら家事をすることはないのよね。

 でも私はこのまま町で生きていきたいと思っているし、家事はそこそこできるようにはなったし。

 まあ、朝は苦手だけれど。

 この癒しの魔法を使える日が来るのかなあ。

 この力なんて必要ないような、そこそこ平和な世の中なのだけれど。

 私に魔法を教えてくれた司祭様はお医者様にかかるのが難しい貧しい人たちや、死の淵に立つ人の痛みを和らげたりとかしているんだよね。

 私もそんな風に力を使いたい。


「でも紛争が起きている国で命を救うのもありかな……」


 それは選択肢としてもあるけれど、でもな……


「紛争?」


 買い物袋をぶら下げて道の真ん中で考え事をしていると、背後から声をかけられた。

 振り返ると、行き交う人の中にスーツ姿のマティアス様がいた。

 って早くない?

 夕暮れにもなっていないのに。

 驚きのあまり口をパクパクさせていると、彼は手を振って言った。


「今日は早く終わったから」


 早すぎませんか?

 マティアス様は私がもつ袋に視線を向ける。


「買い物? 持つよ、それ」


 と言い、手を差し出してくる。


「いや、あの、大丈夫ですよ。そんなに重くないですし」


 そう答えて首を振ると、彼は少し残念そうな顔をした。

 そして、ふっと笑い、


「そっか。君がそう言うなら従うよ。ところで、君に少し話がしたかったんだ」


「話ってなんでしょうか?」


「来月、ユリアンが誕生日だと言っていたのだけれど」


「あ」


 言われて思い出す。

 私がユリアンと暮らし始めたのは彼の誕生日のあとだったので、一緒にお祝いをしたことはない。

 私の誕生日は年末で一緒にお祝いをして、その時にユリアンの誕生日もお祝いしようと話をしていた。


「彼の尻尾や耳って機嫌を表すでしょう? 誕生日の話をしていた時、彼の尻尾が激しく揺れていたから楽しみで楽しみで仕方ないんだろうな、と思って」


「そうですね、ユリアン、わかりやすいですからね」


 大人なら尻尾や耳で感情を表すようなことはしないのだけれど、ユリアンは子供だからそのへんの抑制ができない。

 買い物客が多く歩く商店街を、私たちは並んでゆっくりと歩く。


「誕生日のお祝いって何をするの?」


 誕生日のお祝いの仕方は国によって違う。

 友達みんなを集めて踊りを踊ったり、贈り物を二つ贈ったりする国があるらしい。

 私の国では九歳と十八歳が特別で、特に十八歳の誕生日には生まれた年に作られたお酒を飲む習慣がある。

 それ以外は普段より少し豪華な食事を食べてケーキを食べる。八歳までは子供と一緒にお出かけをして、九歳からは贈り物を上げるようになる。

 国によってはケーキにろうそくをさして火をつけるところもあるとか。


「獣人の習慣はわかりませんが、ごちそうを食べてケーキを食べるくらいかと。あとは贈り物をあげます。まあ、ユリアンは二十五歳になるのでそんなに特別なことはしなくていいと思いますが」


「あ……そうか、俺たちより年上なんだよね、つい忘れちゃうけれど」


「そうなんですよね。でも中身は子供ですから」


 そんなユリアンに贈り物って何あげたらいいのだろうか?


「贈り物とか要らないから、沢山一緒の時間を過ごしたいそうだよ」


 なにその発言。ちょっとうるってきちゃうんですけど。

 先月も今月も、私とマティアス様で休みを合わせてちょっとお出掛けをした。

 来月もお出掛けをするのだけれど……正直一日だと行ける場所も限られるのよね。

 あれ、そういえばリーズちゃんは誘えたのだろうか?

 誘えたら尻尾振って報告に来るだろうから、まだ言えてないんだろうな。


「それで考えたんだけれど、エステルさんは観覧車を知っている?」


「観覧車、ですか?」


 名前だけは知っている。

 フラムテールにあるという、大きな車輪にいくつもの巨大な籠のような形をした座席がついている乗り物だ。電気で動くらしい。


「うん、職場でもお勧めされたんだよね。国は違うけれど隣町ではあるから日帰りはできるし、どうかなと思ったんだ」


「観覧車か……」


「他にも回転木馬があって大きな滑り台とかもあるし露店も多いから楽しめるんじゃないかな」


 回転木馬も知っている。木でできた木馬がぐるぐるとまわる遊具だ。

 それは乗ってみたい。

 さすがフラムテール王国。電気で動く乗り物が多いらしい。私の国は電気で動く乗り物は少ないんだよね。


「でもユリアンは獣人ですから、たとえ隣町でも隣国ですから目立ちますし……」


「そこなんだよねえ」


 八百屋の後お肉屋さんに寄り夕食の材料を購入する。

 すっかり顔を覚えられている私たちは冷やかされながらそれを苦笑しつつかわして、お肉屋さんを後にした。

 なお、お肉屋さんで購入したお肉は、マティアス様がもってくれた。


「日帰りとなると場所が限られてしまうからね。帰ったら本人に聞いてみよう」


「そうですね」


 人々の流れに逆らいながら、私たちは家へと向かった。

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