14知らなかったことがたくさん
その日から、マティアス様は私が仕事の日は送ってくれるようになった。
彼は週四日間仕事で、週の真ん中の一日と週末の二日間が休日だ。
一方の私は不定休。週によって休みの回数や曜日が異なる。
私をさも当たり前のように職場まで送っていくことに対して、ユリアンは特に疑問を抱いていないようだった。
朝、当たり前のように私たちを送り出す。
もちろん私が休みでマティアス様がお仕事の日があるのだけれど、ユリアンが当たり前のように私を追い出しにかかるため、なんとなく私はマティアス様を職場であるブノア商会まで送っていた。
そんな生活が始まり二週間ほどたったころ。私はふと現実に立ち返った。
なんでこんなことになっているんだろうか。
ほんの十分少々の道のりの間、私たちはいろんな話をしていた。
読んだ本の話や、劇や音楽の話。家族の話に、植物や星の話もしたりしている。
同じ劇が好きだと知った時はびっくりしたなあ。
一年に一度顔を合わせていたけれど、いつも何を話していたっけ?
他愛もない雑談をしていただけだったような。
好きなこととか、一年どう過ごしていたとかは話していたけれど、ここまで詳しく話はしていなかったような。
だからマティアス様と話をしていて、初めて知ることが多かった。
その日もマティアス様に送っていただき、教会に入ってお仕事を始める準備をしていた。
神官服に着替えて、身なりを整える。
すると、そこに事務員のナタリーさんがやってきて言った。
「エステルさん、あの方幼なじみなんですよね?」
何だろう、ナタリーさんの目がとても輝いて見える。
「え? えぇ、まあ」
一年に一度しか会っていませんでしたけど。
「婚約者とかではないんですか?」
「そ、そ、そンなことあるわけないじゃないですか」
出た声は明らかに動揺した声だった。
私の答えが不満だったのか、ナタリーさんの表情が一気に悲しげになる。
「お似合いなのに、もったいないですね。でも、一緒に暮らしているんですよね?」
「ユリアンも一緒ですし、ふたりきりじゃないですよー」
そもそもユリアンがいなかったら彼を家に住まわせる、なんてしなかっただろう。
「あ、そうか、ユリアン君がいますもんね。彼のお母様、まだ見つからないんですよね」
「はい、手がかりもなくて」
よし、話題が変わった。
ユリアンは教会のそばに住んでいたので、ナタリーさんなどの教会で働く人たちは皆知っている。
ナタリーさんの表情は一気に暗くなる。
「もう長いですよね。失踪なのか、誘拐なのかもわからないと伺いましたが……ユリアン君を置いていなくなるとは思えないのですが」
「私もそう思います」
「ユリアン君のお母様、とても珍しい毛色をされていましたからねえ。誘拐もあり得ると思いますが、でも大人の獣人がそう簡単に連れ去られるとも思えないですしねえ」
「そうなんですよねえ。獣人は皆魔法が使えますし、それに……」
って、え?
私はナタリーさんが発した言葉を頭の中で繰り返した。
珍しい毛色をしている、って今聞いたような?
私はナタリーさんのほうを向いて、首をかしげて言った。
「あの、珍しい毛色ってどういう……」
私が言うと、彼女は目を瞬かせた。
「え? あの、ご存じなかったんですか? 獣人は皆金とか茶色系の毛色をしていますけれど、ニコラさん……ユリアン君のお母様は耳や尻尾、髪の毛などが白いんです。とても美しい毛色をしていて。
ただ、太陽の光に弱くて、いつも肌や耳などは隠していらっしゃいましたけど」
だから長袖やゆったりとした服を着ていることが多かったのか。
私が昔で会った黒い獣人も、耳や尻尾を隠してゆったりとした服を着て人のふりをしていたしな。
じゃあ、その珍しい毛色が原因で誘拐されたのかしら?
でも大人の獣人が大人しく連れ去られるのは変だよねえ……
疑問を胸の奥にしまいこみ、私はその日の仕事をこなした。
仕事柄、花嫁と話すことは多い。
皆一様に幸せそうだ。
「エステルさんにはいい人いないんですか?」
なんて聞かれることもある。その度に私は首を振り、
「私はまだ見習いですから、恋する暇はないんです」
と答えている。
結婚かあ。
いつかはしたいな、とは思うけれど今はまだ考えられない。
「エステルさんと今一緒に暮らしてるかた、素敵な人じゃないですか。幼なじみなんですよね?」
なんてことを、今日結婚式の相談にみえた顔見知りの女性に言われた。
「そうですねえ。でもこちらにいるのは一年だけの予定ですから。それに、フラムテール王国の方ですから、契約期間が終わったら帰国されるんですよね」
そう、一年たったらマティアス様は帰る。
それまでに彼に諦めていただくのが目標なんだけれど。
最近少し自信が無くなってきた。
一緒に暮らし始めて一か月ほどが過ぎたわけだけれど、別に嫌なところが見えてくる、って事もないし。
ユリアンがすごくなついているし。
このままいったら私、ほだされそうな気がする。
いや、私は神官になりたいの。
神官になってこの与えられた力を使って人の役に立ちたい。
だから結婚なんて考えられないし、もちろんこの国を離れることも考えられない。
まずユリアンのお母さんを探し出して、神官になるのが私の目標だから。今、恋がどうとか結婚がどうとか言っていられない。